第2話

文字数 1,209文字

 劉秀が北州を転戦している間、聖通がどこにいたか正確にはわからないが、おそらくは真定にとどまっていたであろう。いつどこで誰と戦いになるかわからないのが劉秀の仕事なのだ。
 だが聖通は、ただ安全な場所で隠れていたわけではない。
 劉秀の妻として、夫の重要な根拠地の一つとなった真定を守ることが彼女の仕事であった。
 そもそも城邑にこもっていることが安全とは限らない。いつ、どこから、誰に攻め込まれるかわからないのが乱世であり、いつ、どこで、誰が裏切るかわからないのも乱世なのだ。
 聖通とていつ殺され、いつ人質にされるかわからない。
 そのような危機を未然に防ぎ、夫の仕事をとどこおらせないことは、重要で難しい仕事だったが、聖通は母譲りの胆力と機智と指導力とをもってやりぬいた。


 そして夫である劉秀もまた、彼の仕事をしっかりとやってのけた。
 王郎を滅ぼし、北州の平定を果たしたのだ。
 が、劉秀の行動はそこからさらに突き抜けた。建武元年(西暦25)、皇帝に即位したのである。
「そうしなければ生き延びられぬのでな」
 即位後しばらくして、聖通は苦笑交じりの夫に説明された。
 皇帝といっても前漢皇帝のような絶対的な存在ではない。この時期、他に幾人もの自称皇帝は存在しており、劉秀はその一人に過ぎなかった。


 劉秀は更始帝の臣下として北州へやってきたが、彼の存在は皇帝にとって大きくなりすぎた。
 力ある臣下の簒奪を恐れた皇帝がその臣下を殺すなど珍しくもなく、現に劉秀の兄・劉縯(りゅうえん)は、有能であるがゆえ更始帝に殺害されている。
 だからといって他の自称皇帝たちに身を寄せても、彼らにとって劉秀が力ある臣下であることに変わりはない。
 劉秀は生き延びるために、自らが立ち上がるしかなかったのだ。
「ご賢明かと存じます」
 聖通は劉秀の説明を聞くと、静かに賛意を示す。聖通自身、夫に言われるまでもなく、彼の立場の危さは理解していた。
 聖通は政治的な見識や感性も持ち合わせていたのだ。


 最初劉秀は聖通にそれらの能力があることに驚いたが、それは彼にとって思いがけない幸運でもあった。
 劉秀は二人で部屋にいるとき、あるいは寝物語として、聖通に抱えている問題について語ることがある。それについて聖通は彼女の考えを伝える。
 聖通は母の教育で学問も修めていたため、閨房で女が政に干渉する害悪を知り抜いていた。それゆえあくまでも控えめに、自分の意見を伝えるだけで、その考えを劉秀に強要したことはない。
 もちろん聖通の考えがすべて正しいというわけではない。だが劉秀は聖通の意見に女性ならではの視点や斬新さを感じ、そこに見るべきものがあるときはあらためて検討しなおし、臣下に相談を繰り返して、至らぬところを見つけ、対処をしてきた。
 劉秀にとって聖通は非公式の相談役であり、ただの妻女とは違う重要さを持ち始めていた。
 そして聖通もまた、そのような自分に独特の誇りを抱き始めていた。

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