第3話

文字数 1,210文字

後ろで常連さん達が口々に
「こんばんは、マダム」とあいさつしてる。

「もうお休みになったと思ってました」
カウンターのお兄さんが言うと

「フクちゃんがオーロラが出てるって
教えてくれたの」と『マダム』。

よく見るとマダムはお腹だけ真っ白の
ペンギンみたいな黒猫を抱いている。

『フクちゃん』もじっと
オーロラを見上げていた。

「オーロラはね年中出るんだけど
夏の終わりから秋の始まりに大きなものが
出やすいそうよ」
そうマダムは言って、こう続けた。

「でも『これ』はあなたのおかげよね」

その言葉にみんなが止まった。
多分驚いたんだろうけど、僕は違った。


どこかでそうなんじゃないかって思ってた。


「子供の頃父さんと見たことがあるんです。
ウチの近所の河原で」

父さんはいつもフラッと出かける人で
夕飯前は必ず母さんに「探してきてー」と
頼まれてた。
ほんっとフラフラする人で
ベンチでおじいちゃんと将棋してたり
河原でリトルリーグのノックしてたり
肉屋でコロッケ試食して客寄せしてたり。
でも僕はそこを探し出すのがたまらなく
楽しくて。
まるで街中使った探偵ごっこみたいだった。
父さんは僕が見つけると必ず
『見つかったかー。時生は凄腕だな』と
言って笑った。

そしてある日河原で父さんを見つけた時
父さんはいつもの台詞じゃなくこう言った
『時生。見てみろ』。

父さんの指差す先、空の上には
見渡す限り緑のオーロラの光が広がっていた。

よくよく考えればありえない事なんどけど
父さんはそんな事には驚かないで
『お前と一緒にオーロラ見られるなんて
俺の人生最高だなぁ』
ってさ。こっちがびっくりしちゃうほど
素直に喜んでたんだ。

「だから俺にもこれが人生最高の思い出
なんです」


語り終わった時、カウンターの常連さんは
みんな泣いていた。

「なんだよ兄ちゃん!いい話じゃねーかっ!」
「やだ、泣けてきちゃうっ」
「生前の親父さんとの思い出か…」
「お前の親父さんみんなに慕われてたろ?」
「今も慕われてますけど」

・・・

「え?生きてるの?」
「え?死んでないの?」
「はい。元気いっぱい、今度は市議選に
出馬するらしいです」
「なんだよそれ!泣いて損したわ!」
「急に胡散臭い話になったな、マダム」
「そうねぇ。胡散臭い話というより…」

ギャーギャー騒ぐ常連さんが
急に静かになってマダムの言葉を待つと、
マダムは一言…

「すこしだけ(S)不思議(F)な
お話かしら、ね」

「なんだそれー!」
「ドラえもんじゃん!」
「藤子不二雄の名言ですね」
「マダムこわっ!SF話の時いなかったのに」
「いつから俺たちの話聞いてたんだよー」
再び騒ぐ常連さん達を尻目に
マダムはいたずらっぽくウフフと笑うと
僕の隣でオーロラの空を楽しんだ。

そんなマダムに
「お待たせしました」と
カウンターのお兄さんが置いたカクテルは
「シティコーラルでございます」

オーロラと同じ揺らめく様な緑色。そして
ロンググラスに波打ち際のような塩の泡。
凄く華やかなのにどこかのんびりした
そんなカクテルだった。
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