第1章-9 絶対守護絶体絶命

文字数 3,220文字

「皆、作戦”アステロイドインパクト”に従事中ですけど」
 伊吹大佐の副官マリア・ゲッパート大尉が、冷徹に事実を口にした。
 38歳、黒目黒髪で地味な容姿の伊吹大佐とは対照的に、32歳のゲッパート大尉は金髪ショートヘアで碧眼を持つ華やかな雰囲気の美女である。
 伊吹大佐は2年半前に結婚。
 子宝に恵まれ長女が1歳半のパパであり、妻は妊娠7ヶ月で男の子だとわかっている。
 ゲッパート大尉は約4年前に結婚。
 伊吹ラボの所為で、危うく婚期を逃すところだったとの本人談。ゲッパート大尉は子供好きで、早く自分の子供が欲しいと公言している。しかし仕事のストレスで子供が授かれないのではと、伊吹ラボ内で噂されている。
「もう一度言うけど、よ・そ・う・ど・お・り・すぎて、すぅーーーっごく退屈だね。ならば、実験項目を増やしても問題ない。うん、全く問題ないね。となれば、リソースを遊ばせておく訳にはいかないじゃないか」
 本人良い笑顔と思っている表情を浮かべたが、周囲からは邪悪漂う表面的な笑顔と云われているのだが・・・。
 まずゲッパート大尉が、正論と苦言で、伊吹の発言の撤回を求める。
「実験ではなく、戦争中ですよね? アステロイドインパクトは全体の戦況を左右する重要な作戦です。それに皆、作業中ですけど」
「その作業にボクの指示は必要ないのさ」
「それは・・・そうですが。余裕がなくなれば、不測の事態に対応できなくなります。その時、将兵が命を落とすリスクが増加はします。予め、危機を回避する行動を選択するべきです」
「そうだ、幾つかの小惑星を海に落とせばいいんだ。そうすればボクにも仕事ができる。不測の事態が起きたら、中止すればいいのさ。ボクだって将兵の命を最優先に考えてる。それにねゲッパート大尉。予め危機を回避できないから、不測の事態なんだよ。そして、ボクは暇なのさ・・・」
「作戦目的に沿って作業をしているのに、伊吹大佐の仕事を作るため作戦目的を変更するのは、本末転倒です」
「現場裁量の範囲内で権限を行使するなら、全く問題はないのさ。海なら作戦に支障はないし、予定外の実験データも収集できる。これこそ、まさに後方部隊である研究開発本部がボク達を戦場に送り込んだ意義だよ」
「それは建前で、早乙女元帥と伊吹大佐が結託した結果というのが事実ですよね?」
「建前は重要さ、ゲッパート大尉」
 嘆息してから呆れ果てたと態度で表し、ウンザリしたとの表情を浮かべる。
 軍隊という厳然たる縦社会で、部下が上官に対して取るべき振る舞いではない。
 しかし、ここは伊吹が主宰しているラボであり、彼は自由闊達な意見交換から画期的なアイディアが生まれるとのことを信条としている。
 伊吹ラボは鬼才、異才、奇才という才能を引き寄せる変人集団である。ゲッパート大尉のようなマジメな秀才タイプは、転属届を提出するか、自己を解放し伊吹ラボに染まるかのどちらかだ。
 ゲッパート大尉は伊吹ラボに染まった方だった。
 仕事はマジメに、言いたいことは我慢せず、物事を斜めから確認するようになった。つまりゲッパート大尉は性格が少し歪み、毒舌を吐くようになってしまったのだ。
「CAIコール、実行命令。カナガワ艦内に緊急通達」
 司令官席から立ち上がり、伊吹大佐は大型輸送艦の独自発想人工知能”カナガワ”に命令した。
〈畏まりました。マイマスター〉
 瞬時に、カナガワは伊吹大佐の全身をカメラで撮影し、声を指向性マイクで拾い、艦内放送を開始した。
「野郎どもっ! シラン本星5つの大海に、小惑星9天体をブッ込むぞぉおおお、おぉおぉおりゃあーー」
 伊吹大佐は右手を突き上げ、小ジャンプまでしていた。
「いいかっ、参加は早いもん勝ちだ。無論、今の担当作業は継続すんだぞ! なお、いつものように報奨はオレの取って置きの酒のみ。オセロット王国軍軍内での評価、勲功は一切ない。余裕のあるヤツ、余裕なんざなくてもヤリ切るヤツ、どうしても参加したくて完徹上等のヤツ。えーっと、9天体だから・・・先着27名だ!」
 話ながらルーラーリングの認知拡張で、カナガワと説明用作戦概要と作戦詳細計画をまとめた。そして、その結果を視覚拡張でクールグラスに表示させ、内容の確認まで終えたのだ。
 作戦名は適当に”大海衝突実験”と決め、参加要領をルーラーリングのテンポラリー領域に作成した。
「CAIコール、実行命令。オレのルーラーリングから作戦名”大海衝突実験”を視覚拡張共有領域にアップロード、公開しろ」
〈視覚拡張共有領域”045”に情報公開しました〉
「大海衝突実験の参加要領は045で確認しろやっ。参加希望はいつもんとこで、作戦開始は5分後だ、以上!」
 元々、伊吹大佐は艦内放送している姿が素であった。
 軍の公報で、若き参謀本部のエース”早乙女琢磨”と、軍事大学の参謀候補”伊吹蒼羽(いぶきあおは)”との対談が組まれた。ライターが苦労に苦労を重ね内容をそのままで、当たり障りのない表現へと変更し記事としたのだ。
 対談で意気投合した琢磨と伊吹は、その後も連絡を取り合うことになる。
 そうして琢磨に対する理解を深めていった伊吹の胸の内は、共感から感嘆へと変化したのだった。人生にも多大な影響を受け、軍事大学の参謀課程を卒業後、伊吹は研究開発過程の受講を強く希望した。それは前代未聞のことで、前例がなかった。
 しかし前例がなければ、最初の例にしてしまえば良いとばかりに、頭の柔らかい軍事大学校長と、早乙女琢磨の口添えで、軍事大学始まって以来の3年次からの研究開発過程への入学が許可されたのだ。
 自己主張と周囲の理解、実力者の口添えで道の選択を変更した伊吹とは逆に、早乙女琢磨の前にはレールがあった。早乙女家への入り婿である琢磨には、家の方針で参謀本部から艦隊司令官へ、元帥に昇進の後、総司令部に配属されるというレールがある。
 琢磨はオセロット王国で一番の大学に通い、早乙女揚羽に出会った。研究に生涯を捧げる予定だった琢磨の心に入り込んた揚羽によって人生設計に狂いが生じてしまった。結婚した揚羽が、オセロット王国国王を輩出する四大王家の一つ早乙女家の一人娘であった為に・・・。
 ただ唯々諾々と早乙女家の方針に従うつもりはなく、琢磨は総司令部に配属後に研究開発の道へと進むための布石を打っていた。布石は過剰なまでの数に昇り、琢磨が行動した時には、あの早乙女家の威光をもってしても、変更できない状況に陥っていた。
 早乙女琢磨は、自らの道を己の手で切り拓いたのだ。
 最初に琢磨が研究開発の道に戻る予定だと聞いた時、伊吹は不可能だと考えた。その状況を硬軟合わせた布石によって、見事に有言実行したのだ。
 この時、琢磨への感嘆が、伊吹の心中で尊敬の念へと変わった。
 尊敬する人に近づくには、真似るところから始めるのが手っ取り早い。琢磨の行動、話し方、考え方など諸々を真似ている内、様々な能力が向上していき、伊吹自身のものとしていった。しかし、自分のものにしていく過程で、話し方だけは場面場面で使い分けるという、変な癖がついてしまったのだが・・・。
 琢磨と出会ってから十数年が経過したが、今回が初めて一緒の戦場への出陣となった。
 伊吹としては、作戦以外で何かしらの貢献をしたいという気持ちがあったのだ。
 そんな回想と感情の整理に5秒ぐらい費やすと、大海衝突実験の参加27名枠が埋まった。27名の参加者名簿を見て、作業担当を割り振ることに15秒費やしてから、口を開く。
「よーっし、約4分後に大海衝突実験を開始すっぞ。各自担当の作業を確認せよ。カウントダウン0で実験開始だ!」
「CAIコール、実行命令。4分のカウントダウンを開始」
〈畏まりました。マイマスター〉
 伊吹の現場裁量によるシラン本星への”大海衝突実験”は、ソウヤの勘が正しかったことを証明し、琢磨に有益な情報と苦悩を齎したのだった。
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