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文字数 2,427文字

 実は彼の「活躍」で、全国にドーム球場建設ブームが起こっていたのだ。
 そして、彼の所属する球団でもドーム球場建設計画が持ち上がった。そもそも、これだけ多くの試合をノーゲームにすること自体、とんでもないことだ。入場料の払い戻しもばかにならない。
 球団のお偉いさんたちはむしろそのことを問題にしていたのだ。もちろんお偉いさんたちは彼のことを本気で「水魔神」だと思ってはいなかった。「最近の異常気象」が原因だと、本気で思っていたのである。
 かくしてドーム球場建設計画はとんとん拍子に進んだ。そして、いよいよドーム球場が完成する前年の十月、彼は戦力外となった。ドーム球場に「雨男」など無用だもんね。

 その夜彼は、少しばかり上等な1500CCの乗用車が止めてある、そこそこに豪華なマンションのリビングで、まあまあのビニール張りのソファーに腰を下ろし、頭を抱えていた。
 彼の傍らには100インチとはいかないが、25インチのハイビジョンテレビがあった。
 彼の年収からすれば、このくらいの「贅沢」は許されるのではないか。
 なんたって彼は「スタープレーヤー」だったのだ。今日までは…
 そんな彼は、絶望的な気分に浸りながら、今後のことを考えていた。
(また戦力外にされちゃったよ。親父の借金もまだ少し残っている。あの時みたいに田舎へ帰って同級生チームでのんびり野球と言っても、僕は雨男で、しかも問題は就職口…)

 かつて彼は「暴力魔」というレッテルを貼られ、就職に難儀した経験があった。その上今度は「雨男」ということまで全国に知れ渡っている。
(そんな自分を雇ってくれる会社など、あろう筈もない…)
「スタープレーヤー」から。いきなり「戦力外」へと突き落とされた彼は、マイナス思考へと爆走を始め、自分を追い込んでいたのだった。
 客観的に見れば干ばつ時に農家からの「雨男」の需要も細々とあったであろうし、そこそこ有名な訳だから、多少はタレント活動も出来たかもしれない。例えば、ニュースのお天気コーナーなんかに、最近ではウェザーニュースなんか…
 だけど、極度のマイナス思考の彼に、そのような柔軟な発想など望むべくもなかったようだ。
 ともあれ彼は、ビニール張りのソファーに座り、絶望していたのだ。

 と、そのとき、「ボン!」という音とともに煙が上がった。またあの人だ。
 いや「人」ではなかった。
「なんじゃなんじゃ、情けない顔をしおって。またクビになったのじゃな。水魔神さん」
「はぁ。なんでも来年からドーム球場になるんです」
「えらい手際よくドームを作るようじゃのう」
「既存の球場に屋根を付けるだけだからサクサクと、シーズンオフには出来ちゃうんだそうで…」
「もう他に屋根の無い球場はないのか?」
「あの球場が屋根の無い最後の球場だったんです。やはり日本は雨が多いですから」
「その大雨を降らせとったのはどこのどいつじゃ!」
(勝手に他人を「大雨男」に仕立て上げたのはどこのどいつじゃ!)
「それはまあそうなんですけど。だけど親父の借金はまだ少し残っているし、一度こんな優雅な生活を味わっちゃうと、普通の生活には戻れませんよ。就職口だって簡単には見付からないだろうし…」
「お前さんから見れば優雅かも知れんが、どう見てもこれは平凡な中流じゃな。しかしお前さんの『普通の生活』というのはどういうレベルなのじゃ?」
「僕にとっては、これで十分優雅です!」
「わかったわかった。それでじゃ。お前さんが困っておるじゃろうと思うてな。わしも新しい魔法を考えたのじゃ。結構しょぼい魔法で申し訳ないが、これで『何とか魔人』とかいって、しばらくは食いつなげるじゃろう。親父さんの借金の残りくらいなら返せるんじゃないか」
「でも、ドーピングじゃないですよね!」
「違う違う。それに水魔人と比較しても、はた迷惑さでは五十歩百歩じゃろう」
「はた迷惑さでは、五十歩百歩?」
「もちろんお前さんにも大した迷惑は掛からんと思うが。まあ、多分じゃが」
「多分…、何だかいいかげんだなあ」
「そう言うな。やむをえんじゃろう」
「やむをえない…まあそうですよね。とりあえず僕、ピンチだから」

 客観的に見ると、それほどのピンチでもなかったのだが、マイナス思考の彼はピンチと思い込んでいた。
 ちなみに福の神がどう思っていたかは知る由も無い。
「それって、どんな魔法なんですか?」
「ともあれ、ゲームが続行不能となってしまうという魔法じゃ」
「ともあれ、ゲームが…、確かにしょぼいですね」
「まあいいではないか。これはワンポイントリリーフの魔法と思え」
「ワンポイントリリーフの魔法?」
「あ~、実はこの魔法の為に、わしは最近、魔界の『電気工事士』の資格を取ったのじゃ」
「今度は電気工事士ですか。で、電気の神様とか何とかの神様とかの所は?」
「ワンポイントリリーフの魔法じゃから、神様の所へは行かんかった」
「ああそうですか」
「まあ、あまり大した魔法ではないのじゃ。期待するな」
「まあいいです。ぜいたくは言いません。期待もしません。だって僕、ピンチだから」

 客観的に見れば、さほどピンチではないはずだ。
 雨男とタレント活動(ウェザーニュースとか)で細々とやっていけるはずだけど…、だけど彼はそうは考えていないようだった。
「それじゃ、お願いします」
「わかった。それじゃいくぞ!」
 福の神はそう言うと、彼の顔に手をかざし、またしても訳のわからない呪文を唱え始めた。

消去、

……〉
「よし。これでOKじゃ。まず、水魔神の魔力は消した」
「はい」
「そして新しい魔力を授けた。ただしこの魔法はナイトゲーム限定じゃが」
「ナイトゲーム限定?」
「そうじゃ。まあよい。それじゃ達者でな。わしは行く…」
「ねえねえ、で、今度は一体どういう魔法なんですか?」
「知りたいか?」
「もちろん!」
「あ~、お前さんが登板するとドームが停電するのじゃ」
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