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文字数 2,473文字
それから彼はぶらぶらと歩道を歩いた。
彼が前を通ると街灯が次々と消え、通り過ぎると灯った。
だけど道路を走る車には影響は無いようだった。車は何事も無かったかのように彼の近くを走り抜けていったのだ。
ただしオートバイやスクーターやオープンカーは違っていた。
エンストしたのだ。
ともあれ、これらの車両はそのまま「ボボボ」という音を立てて惰性で走り、彼から二十メートル程離れると「ブスン」と音を立てて再びエンジンが掛かり、二、三度ぎくしゃくしてからそのまま加速していった。
エンストするのはスパークプラグに火花が飛ばなくなったからだと考えられる。これも電気現象には違いないのだ。
線路の近くを歩いた時は電車も停電した。
電車が停電というよりは架線の電気が止まったという方が正しい。ちなみにこういうのを「デッドセクション」という。
もっともデッドセクションは、彼の近くに限局したものであったようで、電車は強力な惰性でそのままどんどん走るから、あまり影響はないようだった。
いずれにしてもこれまでの状況をまとめると、彼の周囲の概ね半径二十メートルが停電するようだった。ただし正確に二十メートルという訳でもなく、例えば彼のマンションではドアを挟んで中と外で点いたり消えたりしていた。
つまり、概ね二十メートルだが、同時に「キリのいい所」で点いたり消えたりしているようだった。
それと車両については、彼が「乗っている」かどうかが問題のようだった。彼が乗っていなければ停電~エンストという現象は起こらないようなのだ。
ところがオートバイ等は、運転者が彼同様「屋外」にいるからエンストするらしい。オープンカーも同様だ。
これらは一体全体どういうメカニズムで起こるのか、皆目分からない。福の神の魔法が何らかの誤作動をしているという点だけは間違いないのだが、ここでそのことについて詳しく考察しても始まらないのでもうやめる。ともあれ、彼は「停電魔人」になったのだ。
そうこうしているうちにファミレスに着いた。
もちろん彼が店に入るといきなり停電した。店内から悲鳴があがった。
しかし彼は腹が減っていたので、店員に何か食わせろといって暗闇の中でしばらく押し問答となったが一向に電気が点かないので、「大変申し訳ありません。このような事態ですので、本日はお引取り下さい」と言われ、彼は店を追い出された。
だが彼が店を出るとパッと電気が点くのが見えた。そこで彼はダッシュして店に戻ったが、無論また電気が消え、もう一度彼は追い出された。ところが、彼が出るとまた電気が点いた。
そこで、ダッシュして戻るとまた消えてまた追い出された。そして外に出ると…
(あああああ、頭にきた! 腹もへった! 畜生! 何か食いてえ!)彼は空腹と立腹で爆発寸前だった。(ええい! ファミレスはあきらめた。コンビニだ!)
勇んでコンビニに入ったがいきなり停電した。あたりまえだ。自動販売機もダメだった。
(そうだ。屋台だ!)
それから彼は(我ながらいいアイディアだ!)と、勇んで歩き始めた。
そして彼はあちこちの街灯を消したり点けたりしながら、はるばる歓楽街まで歩き、ようやくラーメンの屋台を見付けたのだが、彼がのれんをくぐるといきなり停電した。
ガソリンエンジン式の発電機がエンストしたのだ。早速、屋台のおやじがエンジンを掛け直そうとするが、全く掛からなかった。
お手上げだった。
そしてとうとう屋台のおやじに「あきまへんわ」と言われ、仕方なく彼は屋台を出た。
ところが彼が屋台を出たところで屋台のおやじは気を取り直し、もう一度トライしたところ、見事、発電機のエンジンが掛かった。
ブルルン! ドドドドドドドドドドドドドド・・・
「お客さぁ~ん。待ってぇな。掛かりましたでぇ~、お客さぁ~~ん!」
もちろん彼はそのまま冷たくすたすたと歩いた。
たとえ引き返したところで結果は分かりきっている!
それから少し歩くと公園があったので、彼はそこのベンチに座った。
(寒い。腹へった。頭にくる。情けない…)
ひとり彼は絶望した。だがそのとき、
「
リヤカーを引いたおじちゃんの焼き芋屋だった。少し「か細い」声だった。
ハンドマイクが役に立たないからだ。
でも彼の地獄耳には、おじちゃんの肉声がはっきりと聞こえた。
彼は涙が出るほど嬉しかった。
リヤカーの焼き芋屋。
電気とは全く無縁の「人力と炎のシステム!」
「おじちゃん、寒いね。焼き芋、ええとええと、五千円分!」
「ほんまかいな。そらえらいおおきに!」
もはや停電魔人となった彼は、水魔人だった頃の蓄えで、ついに温かい焼き芋を手に入れることができたのだ。
つまり彼は、電気という文明から完全に見放されたということだ。
エアコンも電子レンジもテレビも、何たって電灯さえ点かないマンションで、彼は五千円分の焼き芋で数日間食いつないだ。
それと「自然解凍」された冷凍食品も食ってみたが酷い味だった。
そして彼は重大な決断をした!
マンションも、もはや彼にとって「小屋」としての機能しかない少し高級な1500CCの乗用車も、25インチのハイビジョンテレビ等の家財道具一式も、とにかく全財産を売り払うことしたのだ。
その際のいろいろな手続きやお金の受け渡し等は、気心の知れていた球団広報部の人に頼むことにした。
もちろん彼は、その人に今度は自分が「停電魔人」になってしまったと正直に話したのだ。
するとその人は「そうですかぁ。それはそれは大変お困りでしょう…」と、いたく彼に同情し、親切に一切合切を代行してくれたのだった。
ともあれ彼は、全財産を現金化することが出来た。
それから彼はその人に、「大変申し訳ないですがもう一つお願いできますか?」と言ってお金を渡し、テントや寝袋や飯ごうや、つまりキャンプが出来る道具一式とそれからサイクリング用の自転車を買ってきてもらい、それらを受け取るとその人に見送られ、彼は旅に出た。
彼が前を通ると街灯が次々と消え、通り過ぎると灯った。
だけど道路を走る車には影響は無いようだった。車は何事も無かったかのように彼の近くを走り抜けていったのだ。
ただしオートバイやスクーターやオープンカーは違っていた。
エンストしたのだ。
ともあれ、これらの車両はそのまま「ボボボ」という音を立てて惰性で走り、彼から二十メートル程離れると「ブスン」と音を立てて再びエンジンが掛かり、二、三度ぎくしゃくしてからそのまま加速していった。
エンストするのはスパークプラグに火花が飛ばなくなったからだと考えられる。これも電気現象には違いないのだ。
線路の近くを歩いた時は電車も停電した。
電車が停電というよりは架線の電気が止まったという方が正しい。ちなみにこういうのを「デッドセクション」という。
もっともデッドセクションは、彼の近くに限局したものであったようで、電車は強力な惰性でそのままどんどん走るから、あまり影響はないようだった。
いずれにしてもこれまでの状況をまとめると、彼の周囲の概ね半径二十メートルが停電するようだった。ただし正確に二十メートルという訳でもなく、例えば彼のマンションではドアを挟んで中と外で点いたり消えたりしていた。
つまり、概ね二十メートルだが、同時に「キリのいい所」で点いたり消えたりしているようだった。
それと車両については、彼が「乗っている」かどうかが問題のようだった。彼が乗っていなければ停電~エンストという現象は起こらないようなのだ。
ところがオートバイ等は、運転者が彼同様「屋外」にいるからエンストするらしい。オープンカーも同様だ。
これらは一体全体どういうメカニズムで起こるのか、皆目分からない。福の神の魔法が何らかの誤作動をしているという点だけは間違いないのだが、ここでそのことについて詳しく考察しても始まらないのでもうやめる。ともあれ、彼は「停電魔人」になったのだ。
そうこうしているうちにファミレスに着いた。
もちろん彼が店に入るといきなり停電した。店内から悲鳴があがった。
しかし彼は腹が減っていたので、店員に何か食わせろといって暗闇の中でしばらく押し問答となったが一向に電気が点かないので、「大変申し訳ありません。このような事態ですので、本日はお引取り下さい」と言われ、彼は店を追い出された。
だが彼が店を出るとパッと電気が点くのが見えた。そこで彼はダッシュして店に戻ったが、無論また電気が消え、もう一度彼は追い出された。ところが、彼が出るとまた電気が点いた。
そこで、ダッシュして戻るとまた消えてまた追い出された。そして外に出ると…
(あああああ、頭にきた! 腹もへった! 畜生! 何か食いてえ!)彼は空腹と立腹で爆発寸前だった。(ええい! ファミレスはあきらめた。コンビニだ!)
勇んでコンビニに入ったがいきなり停電した。あたりまえだ。自動販売機もダメだった。
(そうだ。屋台だ!)
それから彼は(我ながらいいアイディアだ!)と、勇んで歩き始めた。
そして彼はあちこちの街灯を消したり点けたりしながら、はるばる歓楽街まで歩き、ようやくラーメンの屋台を見付けたのだが、彼がのれんをくぐるといきなり停電した。
ガソリンエンジン式の発電機がエンストしたのだ。早速、屋台のおやじがエンジンを掛け直そうとするが、全く掛からなかった。
お手上げだった。
そしてとうとう屋台のおやじに「あきまへんわ」と言われ、仕方なく彼は屋台を出た。
ところが彼が屋台を出たところで屋台のおやじは気を取り直し、もう一度トライしたところ、見事、発電機のエンジンが掛かった。
ブルルン! ドドドドドドドドドドドドドド・・・
「お客さぁ~ん。待ってぇな。掛かりましたでぇ~、お客さぁ~~ん!」
もちろん彼はそのまま冷たくすたすたと歩いた。
たとえ引き返したところで結果は分かりきっている!
それから少し歩くと公園があったので、彼はそこのベンチに座った。
(寒い。腹へった。頭にくる。情けない…)
ひとり彼は絶望した。だがそのとき、
「
い~~~しやぁ~~~~きぃ~~~もぉ~~~~~~~~
」リヤカーを引いたおじちゃんの焼き芋屋だった。少し「か細い」声だった。
ハンドマイクが役に立たないからだ。
でも彼の地獄耳には、おじちゃんの肉声がはっきりと聞こえた。
彼は涙が出るほど嬉しかった。
リヤカーの焼き芋屋。
電気とは全く無縁の「人力と炎のシステム!」
「おじちゃん、寒いね。焼き芋、ええとええと、五千円分!」
「ほんまかいな。そらえらいおおきに!」
もはや停電魔人となった彼は、水魔人だった頃の蓄えで、ついに温かい焼き芋を手に入れることができたのだ。
つまり彼は、電気という文明から完全に見放されたということだ。
エアコンも電子レンジもテレビも、何たって電灯さえ点かないマンションで、彼は五千円分の焼き芋で数日間食いつないだ。
それと「自然解凍」された冷凍食品も食ってみたが酷い味だった。
そして彼は重大な決断をした!
マンションも、もはや彼にとって「小屋」としての機能しかない少し高級な1500CCの乗用車も、25インチのハイビジョンテレビ等の家財道具一式も、とにかく全財産を売り払うことしたのだ。
その際のいろいろな手続きやお金の受け渡し等は、気心の知れていた球団広報部の人に頼むことにした。
もちろん彼は、その人に今度は自分が「停電魔人」になってしまったと正直に話したのだ。
するとその人は「そうですかぁ。それはそれは大変お困りでしょう…」と、いたく彼に同情し、親切に一切合切を代行してくれたのだった。
ともあれ彼は、全財産を現金化することが出来た。
それから彼はその人に、「大変申し訳ないですがもう一つお願いできますか?」と言ってお金を渡し、テントや寝袋や飯ごうや、つまりキャンプが出来る道具一式とそれからサイクリング用の自転車を買ってきてもらい、それらを受け取るとその人に見送られ、彼は旅に出た。