第3話

文字数 1,607文字

 次の日、雪菜は初めて会社を休んだ。
体調不良ということにした。
この会社に勤めてからこんなことはなかった。
周りの人はきっと驚いただろう。
新卒で入社してから二年間、雪菜はそれなりに仕事が好きだった。
何より働いている時の自分が好きだった。
仕事は辛かったけどなんとかやって来れたのは好きな業界に就職できたからだと雪菜は思う。
ただ一番の苦痛は社内の人間関係であり、仕事自体に不満は少なかった。
朝のニュースが終わる。こんな日でも雪菜の睡眠時間は五時間だ。

雅からは話がしたいというLINEが来ていたが、雪菜はまだ返していない。

何もする気が起きず、とりあえず天井を仰いだ。
昨日の夜泣き腫らしたせいで目が腫れ上がり思うように開かない。
冷蔵庫を開けると金麦と氷結のグレープフルーツ味がこちらを覗いていた。
ふと目が合う。雪菜はおもむろに氷結の方を掴むと三分の一ほどまで一気に飲み干した。
自分は何をしているんだろう。男に裏切られ、会社を休み、朝から飲んだくれている。こんなことはありえない。雪菜の人生ではこんなことは起こるはずがなかった。なぜなら雪菜はそれなりにモテてきたし、大抵の男は自分を大切にしたからだ。
常に別れを切り出すのは雪菜の方だった。
雪菜は自分が惨めで、情けなくなり、またも泣いた。泣いても泣いてもキリがなく、一生分の涙が枯れるのではないかとすら思えた。
昼過ぎまで泣くと雪菜はむっくり起き上がりシャワーを浴びた。
昨日の夜は風呂にすら入っていない。

もう、みやとも終わりだ。
地元の友達が言ってたっけ。一度浮気する奴は何度でもするって。みやはそこらへんの煩悩の塊みたいな男の一人だったわけだ。知らないのは私だけで私は勘違いしてて、あっちはよろしくやってたわけだ。あーあ。馬鹿みたい。さっさと終わらせよ。

雪菜は二本目の金麦を飲み終わっていた。一気に飲んだせいかかなり早くアルコールが回る。

朧げな足取りでベットに飛び込むとiPhoneを掴み取り、通話ボタンを押す。

「あ、もしもし。話って?」
雪菜はぶっきらぼうに投げかけた。
「ごめん。その、昨日はごめん。」
「何がごめんなの?みやはさ、何に対して謝ってんの?というか相手は誰?なんで?いつから?何回やったわけ?」

無意識のうちに雪菜は尋問のように質問攻めをしていた。ほろ酔いだったせいかナチュラルハイになり、先程で泣き叫んでいた女とは思えないほど冷たく落ち着いた低い声で淡々と質問を投げかけていた。

「もう、正直に話してよ。」
「お店のそのアルバイトの女の子、一度だけだよ。迫られて断れなかった。それ以降はもうない。」
「アルバイト?はあ?馬鹿じゃないの?名前は?」
しばらく沈黙があり、小さな声で
「佐伯さん、、、。」
という返答が来た。雪菜は無性に腹が立った。アルバイトということは歳下だろう。
それでいて名前を言うことに躊躇い、あえて苗字を述べたことが余計に雪菜の癇に障った。

どんなに繕ったってあんたたちのしたことは汚いじゃない。なのに今更何が佐伯さんよ。
それ以降はもうない?何それ。回数なんてどうでもいいわ。

「俺は雪ちゃんのこと、好きだよ。」
「何言ってんの。やめてよ。もう終わり!さようなら。」
雪菜は一方的に電話を切ると枕に顔を埋めて再び泣いた。
その後も何度も雅から電話があった。

私と付き合うまで大した恋愛経験もなかったくせに。素人童貞だったくせに。調子にのっちゃってさ。私がいなきゃ、あんたなんて、、、。

雪菜は思い出したかのようにiPhoneのInstagramの画面に飛ぶと、雅のアカウントからひたすら佐伯というフォロワーを探した。
こういうことをするのは子供っぽいと思わないでもないが、相手の女が気になった。

ああ、いた。
Saeki Hina
佐伯ひな、ね。
SNSというのは知りたいことは、大抵教えてくれる。相手が馬鹿であればあるほどにだ。
幸運なことに佐伯ひなはInstagramを公開していた。



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