第2話

文字数 1,340文字

 雪菜のボディソープに張り付いたピンク色。
青いボディソープのパッケージのせいで嫌味なほど際立つサーモンピンクのそれの正体を知った時、雪菜は思わず息ができなくなり、頭が真っ白になった。心臓が絞られる。血管が一気に収縮して、血が通わない。歯がガタガタと音を立てて、不協和音を口内に奏でた。身体中の内臓がグニャリとスコップで抉られる。

「痛い、痛い、ねえ、痛い、嫌だ。助けてよ。嫌だよ。なんで、、、。なんで。なんで、みや。私、え、なんで、どうしよう。いやだ。無理。」

次の瞬間、様々な憶測が頭を駆け巡る。
雅の笑顔が脳内でドロンと溶けて雪菜の膝に零れ落ちた。
雪菜はそれを必死に拾い、元に戻そうとするが溶解は止まらない。
この事実を受け止めることができずに、まさに放心状態となった。
ゴミ箱をぼーっと見つめていると、どこか遠くの方でサザエさんのエンディングが流れるのが聞こえた。日曜日の夕方。家族団欒のオレンジ色の時間。

今日はサザエさん、グーを出したのか。あれ、みやは?まだ帰ってないのか。なんて伝えようか。もう何も考えたくないや。

「はあ、外少し風あるよ〜お待たせ、ただいま。」
雅の気怠いハスキーボイスが雪菜の脳内にドンっと響き、同時にこめかみのあたりに鈍痛が走る。
気がつくと、雪菜の目は真っ赤に腫れあがり、ピンク色の頬には涙の跡がいくつも残っていた。
目の前にいるのはいつもの優しい雅だ。
それに間違いはない。
それでもあのゴミ箱にあるものは優しい雅からは想像も付かないほど悍ましいものだ。
雪菜は虚ろな目で雅を見上げた。 

「え、なに!?どうしたの?」
慌てふためく雅の声は雪菜には届かない。

「あ、あれ。ねえ、みやはさ、私のこと、、、。」
雪菜は自分が何を言いたいのかさえ、よく分からなかった。
雅は咄嗟に雪菜をを抱きしめた。雅の腕の中で雪菜は訳も分からずワンワン泣いた。
雪菜は嗚咽を繰り返し、なぜこんなことになったのか分からない雅は必死に雪菜の背中をさすりながら狼狽していた。
ある程度泣き尽くすまで50分ほどかかった。
雪菜はようやく話せるようになった。

「ねえ、あのゴミ箱の中のピンクのやつ何?」
雅はゴミ箱を見て、あっとだけ言った。
そして下を向く。その行動が全ての答えだ。
雪菜は全てを理解した。そうするともう体に湧き上がるのは絶望だけで、雪菜はペタンと尻餅をついた。

「何で何も言わないわけ?なんでみやの部屋のゴミ箱にあんなのがあるの?いつ使ったの?」
雅は何も答えない。雪菜は声を荒げた。
「隣人が神経質だからウチでしかしないよね?私たち。なのになんでみやの部屋に使い済みのゴムがあるわけ?あれはいつの?なんで何も言わないの?」
雪菜は目に一杯の涙を溜めながら訴えた。

「ごめん。」かぼそく消えてしまいそうなほど小さな声で雅が呟いた。

雪菜は咄嗟に吐き気を催し、トイレに駆け込むと嗚咽しながら、昼のサンドイッチを全て戻した。

汚い、気持ち悪い、ふざけんな、きっしょ、ああ無理無理無理。

トイレから出ると雪菜は鞄を掴み、雅の家から逃げるように飛び出して、駅の方に歩いていた。

あの雅が?あの雅が浮気?おかしい。そんなこと世界がひっくり返ったって起こりそうになかった。だって雅は、、、。

果たして雅は本当に私を愛していたのだろうか?


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