1. 鬼門の廊下

文字数 1,200文字

「おい、なにしてんだ」
 自動販売機から帰ろうとして、秋月は迷っていた。
「迷いました」
 秋月は真顔で答え、鬼怒川は黙り込む。
「お前の部屋はこっちだ」
 鬼怒川は秋月を部屋に送り届けるべく歩きだした。
「あの……もしかして、全部、覚えてらっしゃるんですか?」
 部屋の前に来て、秋月は問う。
 だが、鬼怒川は黙って戸を開け秋月の背を軽く押しながら、自分ごと中へと進む。
「荷物をまとめろ」
「へ?」
「トイレに行くだけで迷子になられても困る。こっちの部屋に来てもらう」
 秋月は真顔で鬼怒川を見る。
「さっさとしろ」
 促されるまま、秋月は返事もせずに鞄を手に取った。

 一行が宿泊する扶桑館なる旅館は、度重なる増改築により、消防法に抵触しないのが不思議がられるほど入り組んだ造りになっている。
 鬼怒川に付き従う秋月は、何処をどう歩いているのかまるで分からないまま、ただ鬼怒川につき従って進む。
 おそらく、そのまま進めば行きどまりであろう廊下を中ほどまで進み、鬼怒川は踵を返す。
 その廊下には、微かながら外国語の会話が漏れていた。
 鬼怒川はやや足早に順路へと向かい、相棒の待つ部屋の戸を開ける。
「迷子になられても困るから連れて来た」
 不知火は鬼怒川と秋月を見遣り、黙って視線を手元に戻す。
「事情は大体把握出来た。明日はナッツに気を付けろ。アレルギーを起した時にはそいつに連絡係を頼め」
「あぁ」
 鬼怒川は言いながら腰を下ろす。
「明日は早い。今の内に寝ておけ」
 ネグリジェ代わりのワンピース姿で立ち尽くす秋月にそう言って、鬼怒川は目を閉じた。
 不知火はタブレットに接続されている小型のヘッドフォンを外し、壁の向こう側へと思いをはせた。
「しかし、あちらの国の言葉は英語以上に言葉の数が少なくて、当たり前の会話が暗号だな」
 


「秋月、荷物用の昇降機は足が速い。移動するなら絶対に階段を使え」
 早朝というには早すぎ、深夜というには遅すぎる、午前三時過ぎ、車は港へと向かう。
「鈴木は赤竜(せきりゅう)のエスとグルだ。あちらはミナミのエスからタイを奪って戻る算段だろう。今、赤竜はミナミと険悪で、合衆国対応にキタとも疎遠だからな」
「当のタイは日の丸の下に親半島のエージェントが居るんで、安心しきってミナミに行けると思っている様だ。赤竜の関与は認識していないだろう」
 午前四時。北中港の魚市場が営業を始め、人の出入りが既に増えている頃、一行は表側から備品管理の業者のふりをして進む。
 目指すは、裏手の船着き場。
 外国船舶の停泊する港にほど近い場所だ。
「熱暴走している場合は緊急停止の許可を得ている。被害があった場合は本部に連絡して、専門のエンジニアを呼んでくれ」
 その言葉の意味を秋月は知っていた。
 対象が事を起した時には、どんな手段を使っても良いのだ、と。
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