3. 暁の闇へ融け合う様に

文字数 1,889文字

 秋月を残し、鬼怒川と不知火は走り出す。
 通路の先にあるのは昇降機(エレベーター)
「エスを押さえろ!」
 不知火は最後尾をゆく鈴木の上着を掴み、引き倒す。
『行って!』
 鈴木の悲鳴に、キムは二人の女性を昇降機へ放り込む。
 鬼怒川はドアに手を伸ばすが、閉じられるまでには間に合わなかった。
 そして、引き倒された鈴木は拳銃へと手を伸ばす。
「不知火!」
 鬼怒川が叫んだ時には鈴木は拳銃を手に振り返っていた。
 不知火はそれを承知の上で鈴木の手首を掴む。
 発砲音とほぼ同時に、鈴木の手首に激痛が走った。
 だが、鈴木は悲鳴一つ上げず、激痛に任せて掴まれた手首を振り払い、階段へと走った。
「秋月!」
 不知火は振り返って声を上げる。
 これからが本番だと言わんばかりに。
 そして秋月は、危険物を使用する人物が居なくなった廊下の先へ、台車を押して走り出す。
“修理道具”を満載した台車を。



 人払いされた階上。
 鬼怒川は外付けの非常階段の踊り場で狙撃銃を構える。
 遠く望む海のその向こうには、おそらく巡視艇が浮かんでいる。
 昇降機を通じて外に飛び出した外国人三人は、接岸に使われないはずの場所へと向かう。
 不知火が不審な小型船の存在を報告したのは数分前。
 ――逃がしてはならない。
 鬼怒川は不審な小型船の中に狙撃手が居る事も考えていた。
 しかし、取り逃がすわけにはいかなかった。
 鬼怒川の銃口が不審な外国人に向けられた時、不知火は無作法に銃を構えた。
 まるで、獲物を見つけた狩人の様に、彼の銃口は、緑色の作業服の男へと向けられ、放たれた。

 その銃声が響く少し前。
 階段を伝って階下へと走った鈴木は、海に面した荷物置き場で絶望のままに跪き、屋根を支える柱の梁に力なくもたれかかった。
 待っていたのは、一人の男。 
『何故キムと彼女達だけを外に出した!』
 黄竜国の工作員(エス)の一人、シンは雪山国(ミナミ)工作員(エス)を陸上で行動不能にし、黄竜国へ連行する為に東和国へ派遣されていた。
『公安に気付かれたのよ! マークされているとは思ってなかった! それより、なんであなたが此処に居るの』
『連合国の船が和国海域に向けて航行していると、昨日の夜中に連絡が有った。予定の航路では拿捕されるのが目に見える航路でだ。それでキム・ジュンを確保し、脱出船を公船で護衛する計画になった』
『何故教えてくれなかったの!』
『貴様がしくじらなければ、船に乗り込むタイミングでこちらがキム・ジュンを確保した。しかし、お前が同行しなかった所為で、キム・ジュンは予定よりも早く出てきた。後五分遅くなければ、まだ納入業者の車両が帰ってないと言うのに!』
『さっき気付かれたのに、どうしろというの!』
『合法的に発砲出来るなら、そうすりゃよかったんだ。公安の方こそスパイだと……なのに、お前、銃まで奪われたのか?』
『撃ったわよ! でも、あの命知らず、防弾チョッキに命中させればいいとでも思ったのか』
『もういい、お前には黙ってもらおうか』
 シンは力なく跪いた鈴木へと歩み寄り、素早くその背後に回り込む。
 鈴木の首を肘で捉え、首をへし折ろうとした。
「いや! やめて! いやぁ!」
 無様なほどに悲鳴を上げ、鈴木はもがいた。
 しかし、痛む手首には力が入らず、振りほどこうとして、そこら中へ無意味に足を出す事しか出来ない。
 その最中、二人は屋根の外へと出てしまった。
 その悲鳴を聞きつけた狙撃手が居る事を考えもしないまま。

 一発目の銃声に続き、僅かな間を開けて別の方向へも銃声が響いた。
 それも、二発続けて。
 鬼怒川が捉えていた雪山国(ミナミ)工作員(エス)は黄竜国の工作員(エス)が狙撃された銃声をきき、即座に地震の拳銃を取り出した。
 その拳銃を認めた瞬間が、審判の時だった。
 飛び散る赤い物に二人の女性は腰を抜かし、互いに縋り合う。
 停泊する小型船に乗り込めば、もう一人の雪山国(ミナミ)工作員(エス)が船を出すはずだった。
 だが、二人は止めて、撃たないでと錯乱した様に叫ぶ事しか出来ない。
 船を出す為に派遣されていた雪山国(ミナミ)工作員(エス)、イルは自身の狙撃を恐れ、反撃の為に外へ出る事すら出来ずに居た。
 しかし、銃声が響いた以上、警察官が来るのは時間の問題であると判断し、船を出した。
 逃げおおせる事が出来れば、黄竜国の公船と合流し、帰投出来るだろう、と。
 最大速力で巡視艇が迫ってきている事も知らずに。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み