エピローグ

文字数 949文字

 大学を卒業して三ヶ月。なんとか明はロッキン・パンダでの仕事を続けていた。おとといの夜は、佐伯と有名漫画家との対談の立会いと、写真撮影。昨日の昼は、フリーペーパーに載せるコラムの作成。そして今は、会社の近くの喫茶店で百二十ページのカタログを十二ページのパンフレットにする作業の真っ最中だ。


 稲森は結局内定を辞退して、実家に帰ってしまった。
「本当にやりたい仕事なんて、なかったんだ。だから、大事な家族の元に戻るよ」
 卒業式の打ち上げのときにつぶやいた彼の言葉が、印象的だった。一番に内定が出ていたというのに、結局実家に戻ることが決まり、沢村先生は非常に驚いていた。
 松木は、結局秋採用を全部蹴った。就職をしない進路を取ったのだ。大学院に進むわけでもなく、他大学で新たに勉強するわけでもない。今度は彼が世界一周をしたいと言っている。そのため、アルバイトをしながら費用を貯める毎日だ。最近会える時間は少ないが、先日はこんなことを喋っていた。
「やりたいことを先延ばしにはしないさ。気づかない振りして、年をとっていくのだけは嫌なんでね」
 どこかで聞いたことのある台詞だったが、忘れた。


 テーブルに置いていた携帯が、騒がしく震える。急いで通話ボタンを押すと、電話の相手は佐伯だった。
「お疲れ様です。今、やってますよ――えっ? それって、佐伯さんの仕事ですよね? 明石さんにばれたら、シャレになりませんって。あ、ちょ、ちょっと!」
 切れた。佐伯は面白いこと大好き人間だ。それはいい。いいのだが、たまに仕事中に私事までやりだしてしまう、厄介な人だ。今も、趣味でやっているバンドの詞がなかなか浮かばないから、自分のものだったはずの仕事を明に押しつけたところだ。
 電話を閉じ、眉間を押さえてから、自分のノートの一番後ろのページを開く。
 なんで面白いことが大好きなやつは、問題ごとも多く運んでくるのだろう。しかも本人は無自覚だし、全てのものごとを楽観的に考えている。そうして、周りに苦労させるのに、最後に笑っているのは当人だ。
 くそう、こうなったら自分もなってやる。楽観主義者ってやつに。
明はノートに走り書きした。

『楽観主義者が最後に笑う』

                                     【了】
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