血が吸えない

文字数 1,773文字

 その日、私は一人の男子生徒と一緒にいた。

 その生徒はブラドフィリア家の領地の近くにいるレウド伯爵家の次男で、名前はロイ。
『ロマファン』の中にそういう人物はいなかったはずなので、オリジナルキャラクター(って言い方も変だけど)だろう。

 そのロイに呼び出されて、私はお昼休みに校舎の裏手を訪れていた。

「僕と付き合ってほしい」

 私が来るなり、ロイはそう言ってきた。
 まあそうなんだろうなと予想した通り。

 正直これはあまり嬉しくない。

 あ、いや「告白とかウゼーわー」みたいなやつじゃないですよ。
 そうじゃなくて、はっきり告白されると、はっきり断らなきゃいけない。

 そうなると、いざというときに血を吸うために、とりあえず仲良くしておく、というのが難しくなってしまう。

 ……うわ、これ言い訳してもけっきょく私最低なやつみたいだな。

 しょうがないの!
 そうでもしないと、死ぬかもしれないんだから!

 で、ロイさんですけど。

 私、この人のことよく知らない。
 クラスが違うし。
 何クラスか合同でやる魔法の実習でも一緒だったことはないはず。

 なので、うーん、付き合うとかはちょっとないかな。
 ええと、無難に友達から始めましょうって言っておこう。
 もしかしたら仲良くなることもあるかもしれないし。

 と、告白に返事をしようとしたときだ。

「ぐっ……!?」

 突然すごい目眩が私を襲った。
 貧血のときみたいに頭がフラフラして、ちょっと吐き気もする。
 そしてすごくお腹が空いている。

 すごく動揺したけど、私はすぐに理解した。

 これ、吸血衝動だ。

 めちゃくちゃ血を吸いたい。

 吸わないと、今すぐにで死ぬんじゃないかって恐怖感がある。

 こんなふうになるなんて聞いてない!
 お父様もお母様も行ってなかったから、個人差があるのかな?

 ヤバいヤバいヤバい。
 このままじゃ意識失ってぶっ倒れる。

「あ、あの、大丈夫?」

 心配そうに問いかけてくるロイ。
 私は彼に、呼吸も荒く答える。

「あの、悪いんだけど、血を吸わせてもらえる?」

 ロイは一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに嬉しそうな表情で頷いた。

「ももも、もちろん!」

 彼も、ブラドフィリア家の吸血鬼の習慣を知っていたんだろう。
 だから、私が血を吸いたいと告げたことの意味も理解した。

 残念ながら私には、彼と生涯を共にしたいという気持ちは全然ないんだけど。
 それを説明している余裕はなかった。

 彼の頷きを見るなり、私は彼に飛びかかった。
 まるで押し倒す勢いだ。

 ロイを地面に突き飛ばし、その上に馬乗りになって、彼の制服の襟をひっぱり首筋を露出させる。

 うわ、うわ!
 もうちょっとお淑やかにやれよ、私!
 そう思うけど、身体は衝動のままに動いてしまう。

 口を開けて、普通の人間よりちょっと鋭い犬歯でカプっ。

 …………うっ!?

 今まさに食らいつこうとしたところで、強烈な吐き気に襲われた。

 さっきの空腹感のついでに感じたようなものとは全然違う。

 血の気配を感じたとたんに襲ってきた、明確な嫌悪感。

 え? なにこれ? え?

 動揺しながら、私はロイの上から転がるようにどいた。

「う、え、おえ……」

 なんだこれなんだこれなんだこれ。

 血を吸いたくて吸いたくてたまらないのに、目の前の男の子の血を吸うことを想像しただけで気持ちが悪くなる。

 強烈な吸血衝動と強烈な忌避感がぶつかり合って、私の脳をグワングワン揺さぶってくる。

 それに耐えきれなくなって、

「おうええええええええええええええ!」

 やってしまいました。

 最悪。

 同年代の男の子の目の前で、盛大にゲロってしまいました。

「うっわー…………」

 って、え? ちょっと?

 そんな私を見たロイは、すごく嫌そうな顔をして立ち上がると、そそくさと立ち去ってしまった。

 はああああ!?

 いや、助けろよ!
 心配とかしろよ!

 信じられない!
 なんだあの男!
 血吸わなくてよかった!

 よかったけど……これはピンチだ。

 どうしよう、もう意識を保ってもいられない……。
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