天弓
文字数 1,763文字
開店十分前に並んだので、すぐ席に案内してもらえた。パスタとシフォンケーキのセットを頼んだ後、私は窓の向こうを眺める。
また雨が降ったのか、道路にドット模様が出来ていた。薄雲の透かしが入っているだけで、空は晴れているのに。
「君に伝えたいことがある。指輪を手放したよ」
「まさか、捨てたんですか?」
「いや、買い取ってもらった。未使用だったから、思っていたより多くお金が戻ってきたよ」
柚樹くんはテーブルの上に手を組んで、スッキリした表情で笑う。このお店に来られるくらいになったんだものね。
「トパーズだったら、私が引き取っても良かったんですけど。勿論、出世払いで」
「駄目だよ。縁起でもないものをセラちゃんには譲れない」
そんなものを売ったのは、柚樹くんですよ。柚樹くんは、優しい眼差しを私に向ける。
「セラちゃんには、ブルートパーズを買ってあげる」
「今は指輪よりも別のものが欲しいですね。タブレットとか、靴とか」
柚樹くんは瞬きをしてから、クスッと笑う。私は気まずさを感じて、水の入ったグラスを手に取った。
「それを資金にして、夢を買おうと考えている」
「ひょっとして、宝くじ?」
「正解。手元に残らない方法で浄化させたくてね。夏の分は間に合わないから、秋に買うつもり」
「一等が当たったら、どんな風に使うんですか?」
「旅行。気になる国は片っ端に行きたい」
柚樹くんは、キラキラと目を輝かせる。一等は三億円だから、世界一周クルーズが簡単に出来そう。
「イタリアでおいしいものを食べたいし、フランスやスイス、ベルギーもいいな。ドバイで豪遊とか、アフリカでサファリツアーも体験したい」
「私だったら、オーストラリアやニュージーランドに行きたいな」
「一緒に行こうか」
「ううん、未来の恋人と楽しむべきです」
ここで、注文した料理がやってきた。湯気がもうもうと立ち、見るからに茹でたてと分かる。
生パスタはモチモチで、ベーコンとしめじのクリームソースは、コクがあるけど味は濃過ぎない。冷めないうちに、熱々のパスタを黙って食する。柚樹くんはフォークだけを使って、器用に麺を巻き付けていた。
お店を出ると、また雨がパラついている。どうせすぐやむし、ミストみたいなものと思えばいい。でも、柚樹くんは折り畳み傘を広げて、私を中に入れる。
「私は濡れても大丈夫ですよ」
柚樹くんは、静かに首を振る。店前から少し移動して、足を止めた。
メインストリートから外れているので、お祭り目当ての人はうろついていない。これからどこに行くか、柚樹くんに尋ねようとした。でも、何かを堪えるような表情だったので、私は口を閉ざす。
「セラちゃんって、鈍感ではないよね。分かっているんでしょう?」
触れて欲しくなかったところに、直球をぶつけられた。伝えたいことがあると言われた時、告白されるのではないかと焦った。一瞬、期待と畏れがせめぎ合った。
「強引な人は苦手と言っていたから持久戦を覚悟したけど、限界だね」
柚樹くんは私を見上げて、愛しむように微笑む。その先を聞きたいけど、これまで柚樹くんと築いた関係を壊したくない。私は小さく首を振ったのに、柚樹くんは言ってしまった。
「好きだよ」
一気に、顔が熱くなった。強く、大きく、鼓動が体内に響く。
私は、柚樹くんが好きだと思う。でも、これは友愛と違うものなの? 柚樹くんがモーションを掛けなかったら、こんなにも意識しなかった。
愛に溺れるのも怖いけど、冷めてしまう可能性だってある。柚樹くんが去るかもしれないし、私が泣かせてしまうかも。
ごめんなさいとお断りすれば、友達関係は持続出来るだろうか。柚樹くんは大人だから、私が恋愛から逃げても責めはしない。でも。
「ここでも、柚樹くんのアドバイスを実践していいですか?」
「えっ」
「私は柚樹くんに恋をしているのか分からないけど、付き合ってみたいと思う。こんな曖昧な気持ちでも、かまいませんか?」
「うん。恋人にするならば、セラちゃんしか考えられないよ」
柚樹くんは左手を伸ばして、私の頬に触れる。サラッとした感触の掌は、私の頬より温度が低いようだ。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
女の子達の歓声が聞こえたので、何だろうと傘から顔を出す。スカイブルーを背景に、大きな虹が出来ていた。
また雨が降ったのか、道路にドット模様が出来ていた。薄雲の透かしが入っているだけで、空は晴れているのに。
「君に伝えたいことがある。指輪を手放したよ」
「まさか、捨てたんですか?」
「いや、買い取ってもらった。未使用だったから、思っていたより多くお金が戻ってきたよ」
柚樹くんはテーブルの上に手を組んで、スッキリした表情で笑う。このお店に来られるくらいになったんだものね。
「トパーズだったら、私が引き取っても良かったんですけど。勿論、出世払いで」
「駄目だよ。縁起でもないものをセラちゃんには譲れない」
そんなものを売ったのは、柚樹くんですよ。柚樹くんは、優しい眼差しを私に向ける。
「セラちゃんには、ブルートパーズを買ってあげる」
「今は指輪よりも別のものが欲しいですね。タブレットとか、靴とか」
柚樹くんは瞬きをしてから、クスッと笑う。私は気まずさを感じて、水の入ったグラスを手に取った。
「それを資金にして、夢を買おうと考えている」
「ひょっとして、宝くじ?」
「正解。手元に残らない方法で浄化させたくてね。夏の分は間に合わないから、秋に買うつもり」
「一等が当たったら、どんな風に使うんですか?」
「旅行。気になる国は片っ端に行きたい」
柚樹くんは、キラキラと目を輝かせる。一等は三億円だから、世界一周クルーズが簡単に出来そう。
「イタリアでおいしいものを食べたいし、フランスやスイス、ベルギーもいいな。ドバイで豪遊とか、アフリカでサファリツアーも体験したい」
「私だったら、オーストラリアやニュージーランドに行きたいな」
「一緒に行こうか」
「ううん、未来の恋人と楽しむべきです」
ここで、注文した料理がやってきた。湯気がもうもうと立ち、見るからに茹でたてと分かる。
生パスタはモチモチで、ベーコンとしめじのクリームソースは、コクがあるけど味は濃過ぎない。冷めないうちに、熱々のパスタを黙って食する。柚樹くんはフォークだけを使って、器用に麺を巻き付けていた。
お店を出ると、また雨がパラついている。どうせすぐやむし、ミストみたいなものと思えばいい。でも、柚樹くんは折り畳み傘を広げて、私を中に入れる。
「私は濡れても大丈夫ですよ」
柚樹くんは、静かに首を振る。店前から少し移動して、足を止めた。
メインストリートから外れているので、お祭り目当ての人はうろついていない。これからどこに行くか、柚樹くんに尋ねようとした。でも、何かを堪えるような表情だったので、私は口を閉ざす。
「セラちゃんって、鈍感ではないよね。分かっているんでしょう?」
触れて欲しくなかったところに、直球をぶつけられた。伝えたいことがあると言われた時、告白されるのではないかと焦った。一瞬、期待と畏れがせめぎ合った。
「強引な人は苦手と言っていたから持久戦を覚悟したけど、限界だね」
柚樹くんは私を見上げて、愛しむように微笑む。その先を聞きたいけど、これまで柚樹くんと築いた関係を壊したくない。私は小さく首を振ったのに、柚樹くんは言ってしまった。
「好きだよ」
一気に、顔が熱くなった。強く、大きく、鼓動が体内に響く。
私は、柚樹くんが好きだと思う。でも、これは友愛と違うものなの? 柚樹くんがモーションを掛けなかったら、こんなにも意識しなかった。
愛に溺れるのも怖いけど、冷めてしまう可能性だってある。柚樹くんが去るかもしれないし、私が泣かせてしまうかも。
ごめんなさいとお断りすれば、友達関係は持続出来るだろうか。柚樹くんは大人だから、私が恋愛から逃げても責めはしない。でも。
「ここでも、柚樹くんのアドバイスを実践していいですか?」
「えっ」
「私は柚樹くんに恋をしているのか分からないけど、付き合ってみたいと思う。こんな曖昧な気持ちでも、かまいませんか?」
「うん。恋人にするならば、セラちゃんしか考えられないよ」
柚樹くんは左手を伸ばして、私の頬に触れる。サラッとした感触の掌は、私の頬より温度が低いようだ。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
女の子達の歓声が聞こえたので、何だろうと傘から顔を出す。スカイブルーを背景に、大きな虹が出来ていた。
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