甘さが雨のように

文字数 2,335文字

 十一月の第二土曜日に、私と柚樹くんの誕生日を祝う。午前中に待ち合わせて、柚樹くんが住むアパートに向かった。徒歩で約二十五分の距離なので、軽い運動になる。
 柚樹くんの部屋は二階にあり、洋室のワンルームだ。机の上にデスクトップパソコン、隣にプリンターラックがある。テレビは見ないらしく、置いていない。
 家具はシングルベッドとチェストが一つ、ローテーブルに脚のないソファ。全体的にスッキリした印象だ。
 今年に入って、柚樹くんは過去の恋と決別する目的で断捨離を決行した。写真などの思い出や新島さんが使ったアイテムを処分し、ベッドやソファまで買い替える程の徹底振り。来年になったら、引っ越しも考えているみたいだ。
 お昼頃にカジュアルフレンチのデリバリーが届く。それまでは、私が焼いたガトーショコラでお祝いをした。
 私達は、低反発素材のソファに並んで座る。スペースに余裕はあるのに、柚樹くんの体温が伝わるくらい寄り添っていた。
「少し遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
「セラちゃんにとってはフライングだけど、お誕生日おめでとう」
 ホットのカフェオレで乾杯する。ガトーショコラは練習で作った時よりも上手に焼けて、柚樹くんはおいしいと誉めてくれた。柚樹くんは、包装されたものを私に差し出す。
「はい、プレゼント」
「ありがとうございます。開けていいですか?」
 柚樹くんが頷いたので、丁寧に包装を解く。プレゼントの正体は、お高そうなシャープペンシルだった。
「君は学生さんだから、勉強で役立つものがいいと思ったんだ」
「嬉しいです。是非、使わせていただきます」
「十八歳になったら、ブルートパーズのリングを贈るよ」
「楽しみにしています。来年、柚樹くんは何が欲しいですか? 可能な限り、ご希望に沿えるよう努力します」
「また、業者の対応になっているよ。セラちゃんが僕を捨てなければ充分です」
「それ、重いです」
「うん。我ながらウザい男だと思う」
 柚樹くんが私の髪に触れた。三ヶ月以上は美容院に行っていないので、うなじが隠れるくらいの長さになる。一回、毛先を整えに行かないと。
「前に比べて、男に間違われることは減った?」
「服装によりけりですね。髪を伸ばしたくらいでは変わらないようです」
「君の王子様力は、なかなか霞まないね」
 柚樹くんが仕方ないといった風に笑う。節くれのない指で柔らかく髪を梳かれて、くすぐったさに首を竦めた。
「どんな姿でも、僕には綺麗な女の子にしか見えないけど」
 柚樹くんが顔を近付けてきたので、反射的に目を瞑る。大きくなった鼓動を気にする間に、唇が触れ合った。柚樹くんとキスしたことで、男性の唇が柔らかいことを知る。
 少し唇が離れて、また重なった。小さく音を立てて、何度も、何度も。キスの味と匂いは、ガトーショコラのように甘い。
 息が弾んで、柚樹くんはキスを解く。色っぽく笑うと、私の目尻を人差し指の背で撫でた。
「また、泣かせちゃったね」
 羞恥心を煽られて、私は顔を熱くさせながら俯く。柚樹くんはなだめるように、頬にキスをした。
「体温が上がったせいか、セラちゃんの匂いが濃くなってきた」
「そういうことを言うのはやめてと、前にも注意しましたよね」
「だって、本当のことだもん」
 柚樹くんはクスリと笑って、私の耳殻に鼻先を当てる。柚樹くんからは、微かにグリーン系の香りがした。普段は全く嗅ぎ取れないから、柚樹くんも体温が上がっている証拠なのだろう。
「柚樹くんの目からは、私が恋をしているように見えますか?」
「駄目だよ、自分で答えを見つけて。焦らなくていいから」
 甘やかすようにキスをされて、どうしてなのか目がジワジワする。また、泣かせてしまったと言われそう。
「逆に質問するけど、君から見て僕はどう?」
 掠れた声で囁かれた後、温かなものを与えるようなキスをされた。分かっているよ、柚樹くんが私を好きなことは。柚樹くんは額同士をコツンと当てて、内緒話をするように声を潜める。
「宝くじの結果について、前に教えたよね」
「指輪を買った時と同じ金額分が当たったんでしたね」
「億は駄目だったけど、損しなかったからツイているよ。セラちゃんがくれた天使の花のお陰だ」
「そうならば、差し上げた甲斐があります」
「今年も聖誕祭に行くね」
「お待ちしています。また、ライトアップを一緒に見ましょう」
「御園さんには悪いけど、天使の花を予約してもいい?」
「はい。心を込めて作りますね」
「当たったお金は、セラちゃんの卒業旅行に充てたい。行きたいところを考えておいて」
「分かりました。まずは無事、卒業出来るように頑張ります」
 ここで、柚樹くんがジッと見つめてくる。パッチリした、黒目がちな瞳。
「僕と二人でお泊まりするんだよ? アッサリ分かったと言ったけど、どういうことをされるか覚悟している?」
 柚樹くんの部屋にお邪魔すると、毎回、浴びるようにキスを受けた。だけど、それより先のことは、まだされていない。
 正直な話、キスでいっぱいいっぱいなので、ホッとしていた。それでも、私だって男性の事情を知らない程の子供ではない。
「覚悟していますよ、勿論」
「親の仇と対峙するみたいに構えないで」
 柚樹くんは大切そうに、私を包み込んだ。落ち着かない心臓のまま、柚樹くんに身を任せる。
「セラちゃんが僕に恋をしていると確信が持てるまで待つよ。でも、キスはさせて」
「手加減してもらえれば、ありがたいです」
「充分、可愛いレベルでしょ」
「あれが?」
「そうは言っても、セラちゃんは拒まないよね」
 私は、柚樹くんの全てを受け止める。情熱も、希望も、甘さも、嫉妬も、不安も。柚樹くんが教えてくれた様々な恋の側面は、プリズムのように輝く。


 END
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登場人物紹介

守永聖良(もりなが・せら)

幼稚園からずっと女子校育ちの高校生。

見た目はキラキラ王子様系だが、中身はいたって普通の女の子。

綾瀬柚樹(あやせ・ゆずき)

市街地にあるソフト開発会社で働くシステムエンジニア。

雨の日、聖良と出会う。

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