お兄さん的注意?

文字数 1,396文字

 今日は気温が高い割に、湿度は低いので過ごしやすい。五分丈のシャツに薄地のワイドパンツという格好で、丁度良いくらいだ。
 シティホテルから駅前に戻る時、前から来た女性とぶつかってしまう。私と接触した拍子に、女性はスマートフォンをアスファルトに落とした。
「いったあ……」
 女性はプラチナに染めた髪をかき上げながら、屈もうとする。胸元の開いた服にミニスカートという格好だったので、私は慌てて制した。
 代わりに拾ってディスプレイを確認すると、割れてはいない。私はホッとしながら、女性にスマートフォンを渡す。
「ぶつかってすみませんでした。肩、大丈夫でしたか?」
 心配になって顔を覗き込むと、女性は子猫みたいな声をあげる。それから耳まで真っ赤にして、高速で首を振った。
「大丈夫、大丈夫です」
「良かった。本当にすみませんでした」
「いや、私がちゃんと前を見なかったのが悪いし」
 私は女性に頭を下げてから、渋い顔で立ち止まる綾瀬さんに近付く。またトラブルに巻き込まれたかと、呆れただろうか。
「今のって、セラちゃんは悪くないよね。向こうが歩きスマホをしたせいでしょ」
「私もボーッとしていましたから」
「もし修理代や治療費を請求されたら、間に入ろうと構えていたところだったよ。王子様スキルが効いて助かったね」
 あの女性は見た目が派手だったけど、過失を認めていたし、悪い人ではないと思う。綾瀬さんは私の考えを読んだようなタイミングで、溜息をついた。
「セラちゃんって、チョロいよね」
 辛辣なことを言われて、ビックリした。苛立っているというよりは、小さい子をたしなめているみたいだ。
「この間も、女の子に駅の西口はどこか聞かれていたよね。わかんなーい、どうしようーってゴネられて、目的地まで案内しようとしたでしょ」
「あれは綾瀬さんが簡潔に道順を教えて、近くに交番がありますから聞いてくださいねって、アトバイスしたじゃないですか」
「口を挟まなければ、僕が置き去りにされると思ったからね。第一、東京みたいに込み入った場所ならばともかく、田舎町の駅前だよ? 地図アプリを使うまでもないし、海外とは違って日本語が通じるんだから」
 以前に比べて、綾瀬さんは遠慮のない物言いをするようになった。シュンとすると、綾瀬さんは慰めるように、私の肩に手を添える。
「僕は、セラちゃんの優しさにつけ込まれないか心配なんだ」
「すみません」
「君が正しいと思ったことは、迷わずにするべきだよ。でも、自分だけで手に負えなかったら、周りに助けを求めて」
「はい、分かりました」
「本音を言えば、真っ先に僕を頼って欲しい」
「勿論、一番頼りにしています」
「早速、防犯ブザーを買おうか」
「そんなの必要ないですよ」
「何を言っているの、前に殴られたことがあるでしょ」
「綾瀬さんって、お兄ちゃんみたいですね。今度から、柚樹お兄ちゃんって呼びますよ」
「自分の妹からは、そんな可愛く呼ばれていないよ」
 実際に妹さんがいるんだ。だから、こんなに面倒見が良いのか。
「そうだね。いい機会だから、僕を名前で呼んでもらおう」
「柚樹お兄ちゃんって、ですか?」
「いや、柚樹」
「年上の方を呼び捨てにするのは気が引けます。柚樹くんで勘弁してください」
「いいよ。ところで、防犯ブザーはどこで売っていると思う?」
「本気で買うつもりですか?」
 柚樹くん、か。男性を下の名前で呼ぶのは、特別な感じがした。
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登場人物紹介

守永聖良(もりなが・せら)

幼稚園からずっと女子校育ちの高校生。

見た目はキラキラ王子様系だが、中身はいたって普通の女の子。

綾瀬柚樹(あやせ・ゆずき)

市街地にあるソフト開発会社で働くシステムエンジニア。

雨の日、聖良と出会う。

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