第1話 『謎かけ』

文字数 2,373文字

「いったい、どんな飲み物があったんだろう……」
仲村祐典(なかむらゆうすけ)は、高校時代に教室の隣にあった自動販売機の飲み物を思い出せないまま、新幹線のリクライニングボタンを押して少し座席を倒した。
 広島を出発した「のぞみ」は、後1時間で東京駅に到着する。
 祐典は、好子(よしこ)と待ち合わせた浅草のホッピー通りの場所をスマホで確認し直した。
「今、41才で高校卒業が18才だから、えーっと……23年ぶりか。会ってわかるかな」
 二桁の引き算に時間がかかった自分自身に苦笑いしながら、スマホをポケットの中におさめた。


 好子は、祐典が高校2年生の時、1年間つきあっていたクラスメイトだ。
 祐典は、深く倒した座席で眼をつぶりながら、別れた後のことを思い出していた。
 二人は、高校2年生の終わりに別れた後、3年生になってクラスが変わったこともあり、たまに校内で会えば「よおっ」と軽く手を振って挨拶することはあったが、二人きりで話すこともなく卒業していた。
 その後、祐典は地元の私立大学に進学して、そのまま自宅から通える会社に就職した。
 それなりに恋愛もしたし、親戚に勧められて10年前に一度だけ見合いもした。
 けれども、恋愛も見合いも煮え切らず、結局結婚しないまま41才になっていた。
 好子の高校卒業後は、東京の大学に進学し、何の業種か分からないが、全国ネットのコマーシャルでも宣伝している割と有名な会社に就職して、社内の先輩と結婚したと祐典は友人から聞いていた。

 好子は、3ヶ月前、久しぶりに広島に帰省した。その時、偶然、街中で同級生の泰史が好子と会い、本人から離婚して一人東京で暮らしていると聞いて、ラインでその情報を祐典に教えてくれたのだ。
 祐典は、好子のことを「スー」と呼んでいた。幼い頃、人気アイドルだったキャンディーズの一人、田中好子の愛称が「スーちゃん」だったからだ。
 ――スーらしく、東京で人生の荒波を越えてきたんだろうなあ。
 祐典は、眼の奥でたたずんでいる、制服を着た昔の好子に話しかけてみた。

 泰史から好子の連絡先を教えてもらった祐典は、二日ほど電話をかけようかどうしようか迷ったが、ここで話さないと一生話すことはないと思い、意を決して電話した。
 好子の反応は、荒波を越えたわりに、いや越えたからなのか意外におおらかで明るい反応だった。
「えー、祐くんなの、懐かしいー。どうしてるの、まだ広島にいるの?」
「お前、女子高生みたいなリアクションだな」
 祐典は、少し拍子抜けして、緊張しながら電話をかけた自分が損をした気分になった。同時に、何だか高校時代のつきあっていた頃にもどった嬉しい気持ちにもなっていた。
「好子は東京にいるらしいな。いろいろあって一人で頑張ってるらしいじゃん」
 祐典は、離婚した好子とどう話していいか戸惑っていた。そして一瞬、好子と呼ぶかスーと呼ぶか迷ったことが、不自然に会話を止めてなかったかを頭の隅で気にしていた。
「今の私のこと、泰史くんに聞いているんでしょう。41才で花の独身。大東京で、若者に突き飛ばされてこけないよう一生懸命暮らしているよ。祐くんはまだ独りだったっけ? お互いお一人様になったんだね。あっ、違う違う。祐くんは、なったというより選んだんだよね。まだ、お二人様になる可能性だってあるし」
 好子は、少し笑いながら屈託のない口調で話した。
「今さらお二人様になるつもりはないな。ゴルフを今さら41才で始めて情けない思いするくらいなら、最初から20代で始めてたと意地でもゴルフをしないのと同じだ」
 こんな訳の分からない例えを、つき合っていた女性と23年ぶりに話す時に言うのはどうなんだろうと一瞬戸惑って、今度は会話を完全に止めてしまった。
「祐くん、何かそんなはぐらかし方、昔とちっとも変わってない。この間、私が帰省した時に連絡がほしかったなあ。高校卒業以来の帰省だよ。もう驚いたのなんのって。学校帰りによく皆が食べていた安いパン屋さん。ほら、あったでしょう、菓子パンの残りをビニール袋に入れて売っていたパン屋。何ていう名前だったかなあ……。あのパン屋さん、なくなってたよ。すごく大きなビルになってて面影全然ないんだもん。歳とるはずだよね」
「パン屋か。あったねえ。名前はえーっと……忘れた。お互い老化しているな」
 祐典は、店の名前を思い出すつもりはなく、好子が帰省した時に連絡がほしかったと言った言葉をどう受け止めるかを考えていた。

 好子、いやスーは昔からいつもそうだった。肝心なことを必ず話の途中に放り込む。普通、微妙な思いを伝えたいときは、話の最後にそれとなく持ってくるはずだ。けれども、何でもない会話の途中に挟み込んで謎かけをしてくるのだ。
 思い切って、謎かけに切り込んでみた。
「もう当分、帰省しないのか? 久しぶりに会いたかったなあ」
 でも、スーはそう簡単に答えは出さない。
「帰らないよ。もう実家やお墓もないし、東京と広島って思った以上に立派な旅行だからね。あと10年経ったら、手軽なお出かけになっているかもしれないけど。アハハ。祐くんは東京とか来ないの? 出張とかで」
 答えを出すどころか、思わせぶりな謎かけをもう一題放り込んできた。
 ――もう一度、懐に入って切り込んでいくか。
「来月頃、行くかもしれないよ。ちょうど東京で視察してこないといけない用件があるから」
「えー、いついつ」
 好子は、少しテンションの上がった声で尋ねてきた。
「9月の二週目か三週目の木曜か金曜だったかな……」
 祐典は、好子の会える時をわざと引き出そうとして、あえて期日を言わなかった。
「9月かあ。ちょっと待って。予定表見てみる。えーっと……三週目の木曜か金曜なら絶対大丈夫なんだけどなあ」
 祐典は、すかさず答えた。
「わかった。決まったら、すぐにライン入れるわ」

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