第2話 料理で美女を釣れないか

文字数 1,562文字

 一ノ瀬優25歳。
 私立大学で薬学を専門に学び、大手製薬会社に勤務。一人暮らしで料理を楽しむ独身男性。

 顔は特に美男子ではない。清潔感はあると評されるが、女っけはない。今の勤め先に内定した頃から、女子との集まり――つまり合コンによく駆り出された。モテると言えばモテるのかもしれないが、ピンと来る相手には巡り合えてない。

 どの女性も俺のスペックだけが目当てなのかと溜息をつきたくなる。いや、合コンに来る女性を貶める気はない。こういう出会い方を求める男女双方が納得しているなら何も悪いことではないだろう。

 ただ、俺は、給与や安定性ではなく、俺自身を見てくれる人と関係を築いていきたいのだ。
 うむ。やはり、座して待つだけではらちが明かない。
 俺は、意中の女性にアプローチすることにした。高嶺の花だ。だけど、感触は悪くない。

 俺たち竹中製薬の同期は仲がいい。新人研修では、俺たち技術畑だけでなく、営業や法務といった色んな部署に配属される同期と一緒に活動した。この時のグループで、今でも連絡を取り合い同期会を開いている。

 その中に華やかな美女がいる。千石凛子という名前だ。
 容姿端麗にして頭脳明晰。才色兼備を絵にかいたような女性だ。英語のできる新人だからととりあえず外国支社との連絡係をやらされたが、彼女は単に意思疎通ができるだけでなく、結構タフなネゴシエーションもできるという実力を発揮した。

 採用時から美貌と学歴で人事の人目を惹いていた彼女は、入社早々見事に期待に応え、華々しい活躍を見せている。女性向けのビジネス誌のグラビアで紹介されるほどに。

 そんな雲の上のような彼女が、先日の同期会でなんと! わざわざ俺の隣に座った。「あ、一ノ瀬君。隣座っていい?」と俺に同席を求めてくれたのだ。

 真っ赤になってもじもじする俺を嗤うことなく、可愛らしく小首をかしげて問いかけてくれる。

「一ノ瀬君って、料理が趣味なんだって?」

「え、ああ、うん」

「それも非日常的な『男の料理』じゃなくて、毎日毎食自炊で、しかも研究所にはお弁当持参って聞いたよ」

 そうだ。昼食も手作りにすればかなりの節約になる。将来、広々とした台所付きの家に住む資金がそれだけ増える。

「いいよね。料理男子。普段どんなの作ってるか教えて欲しいな」

 俺と彼女はメッセージをやり取りする仲となった。

 メシマズ母よありがとう。おかげで息子は料理男子となり、イイ恋人が見つかりそうです。

 しかしながら。俺と彼女はまだまだ仲の良い友人関係に過ぎない。ここから本格的な男女交際にはどうするか。

 二人きりでよく飲みに行き、多忙な彼女のプライベートをほぼ独占しているのだから、恋人という立場に限りなく近い。向こうも、俺の自惚れではなく恋人候補として観察してる気がする。

 ここで、もっとお近づきになってはっきりと恋人どうしとして付き合いたい。

 ではどうするか。

 俺はひらめいた。

 比較的台所が広い我が家に「一緒に料理を試してみないか」と誘ってみるのはどうだろう。

 そんな下心、もとい恋心を抱えつつ。毎日台所に立つ一方で、俺はネット書店やリアル書店で料理の本を探した。

 どんな料理がいいだろうか。ただの日常料理では異性を招くのに訴求力が弱すぎる。一方で、彼女が多少小馬鹿にしつつイメージしている「男の料理」もNGだ。

 いったい何を作ろうか。そう思って料理本を探していた俺は、ある一冊の本を見つけた。

『日本の家庭で簡単につくれる世界の郷土料理』というタイトルだ。

 これだ。グローバルな視野で活躍する優秀な女子社員を誘うのにふさわしい。それでいて、「日本の家庭で実現可能」だと地に足のついた姿勢が、日常と非日常の間を上手くついていると思う。

 これこそ、彼女を自宅に誘うのにってつけの料理ではないだろうか。
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