第1話 我が手にしゃもじを

文字数 1,358文字

 俺の母はメシマズだった。作る飯がことごとく不味かった。
 別に恨みはない。むしろ、多忙な中、家族の健康のため台所に立ってくれたことに感謝している。

 それに親がメシマズなのは悪い事ばかりでもない。何しろ俺は学校給食が大好きだった。プロの人がつくる飯がウマくてウマくて、俺はいつもペロリと平らげ、教師をはじめとする大人の賞賛を浴びて過ごしていたものだ。俺の小学校生活は薔薇色だったと記憶する。

 小学校の高学年で家庭科の調理実習が始まった。自分が料理をするのはこの時が初めてだ。
 そして、これは世界が逆転するほどの大事件だったのだ──と、大人になった今でも確信をもってそう断言できる。

 ──食事は自分の手で作れる!
 ──自分がおいしいと思えるように整えることができる!

 これが俺にとってどれほど強いインパクトのあったことか。
 親に与えられる世界ではなく、自分で自分の世界を切り開いていく。俺の自立への道のりは、この時にスタートしたと言えるだろう。

「大袈裟だな」と男子の友人には言われたが、女子には好印象だった。ゆえに女の子に言い寄られモテモテに……とそこまでドラマティックなことはなかったが、地味で冴えない割に比較的女子に好かれていたと思う。

「家庭科に熱心な男子っていいね」「これからの男子はそうでなきゃね」「将来、結婚相手には不自由しないよ」と女の子たちにチヤホヤされてきたものだ。ま、将来モテるよと言われただけで、当時何も起こりはしなかったけれども。

 昔は家庭科は女子にだけ授業があったのだという。当時はなんと男性差別的な世の中だったのだろう!
 民俗学によると、さらに昔は「しゃもじ権」などといわれる主婦の権利があったそうだ。食べ物をどう調理し誰に割り振るか。その家政の決定権を握るのも女性に限られていた。日本の歴史に、そんな封建的な時代があったのか!
 それに比べて現代社会のジェンダーフリーは素晴らしい。将来の俺がしゃもじ権を行使できるために必要なスキルを学校で教育してくれるのだから。

 俺の料理への熱意は進路の決定にも影響した。化学だ。何かと何かを混ぜれば別の素晴らしいものが出来上がる。料理と化学は相性がいい。

 そして俺は薬学部に進み、それなりに名の通った製薬会社に就職して新薬の研究をすることとなった。
 学生の間は私立大学に通わせてもらっていたため、親の金銭的負担を考えて自宅にいたが、就職が決まって迷いなく一人暮らしを開始した。今の俺は、自分の食ベるものについて全き自由を獲得した。しゃもじを我が手に。その宿願が果たされたのだ。

 一人暮らしの住まい。台所の広さだけは譲れない。ワンルームマンションにありがちなミニキッチンなど論外だ。とはいえ、広いキッチンとなると大抵ファミリー向けとなる。いくら大企業の研究職で比較的高給取りの部類に入るといえど、交通至便な場所のファミリー向け物件には手が出ない。

 それでも台所だけはこだわりたかった俺は、駅からかなり離れた古い団地の一室を借りた。通勤はしんどいが後悔はない。

 もちろんいつかは家族と共に広い台所のマイホームを持ちたい。だから、就職そうそう俺は財形貯蓄やNISAだとかで住宅資金作りに着手した。

 順風満帆な人生だ。あとは一緒に料理を楽しめる女性と出会うだけだ。
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