第4話
文字数 2,927文字
アクシス
おまけ①天馬、学問に目覚める
おまけ①【天馬、学問に目覚める】
蒼真が、天馬を見ていた。
それに気付いた海浪が声をかけると、蒼真は天馬の方を指さした。
「師匠、天馬がおかしくなりました」
「本当だ。本なんか読んでるな」
とても失礼なことではあるが、天馬が本に興味を示すのはそれほど珍しいことだった。
蒼真はたまに読んでいるのを見たことがあるが、天馬は外を走り回っているか、蒼真の邪魔をしているか。
そんな天馬が急に本を読みだしたものだから、二人は熱でもあるんじゃないかと心配していた。
天馬に声をかけようと思っても、いつにもまして真剣な表情の天馬を見ると、なかなか声をかけられずにいた。
二人は両膝を曲げると、コソコソと何か話しをしていた。
「腹でも下したか」
「いえ、腹を下すのと本を読むのとは、なんら関係性がないかと」
「ああ、そうだな。じゃあ、野生動物を見て、そろそろ自分も人間らしくしようと思ったとか」
「師匠、二足歩行してるので大丈夫かと」
「二足歩行してるからって人間らしいとは限らねえだろ?人としての知識とか知恵ってもんを手にしたいのかもしれねぇし」
「師匠、俺初めて天馬に同情しました」
だからといって、なぜ急に天馬が本に目覚めたのかは分からない。
字の読み書きを教えた時だって、最初は5分としてじっとしていられなかったというのに、今はこうして大人しくしている。
それだけでも充分成長したな、と感激していた海浪だったが、蒼真はふと何か思い出したように言った。
「そういえば、先日街に薪を運びに行ったとき、天馬の奴、女の子と楽しそうに話していました。もしかしたら、あいつにもそういう感情が生まれたんじゃありませんか」
「なに!?いや、それはないだろ。だって天馬だろ?あの天馬だろ?有り得ねぇって」
「けど、知的そうな感じでしたし、天馬があの女の子に感化されたのかもしれません」
「そうかなー。天馬はそういうのでは動く男だとは思えないんだけどなぁ」
そんなことを話していると、天馬が一旦本を置いて、うーんと伸びをした。
思わず身を屈めて隠れた二人だが、隠れる意味はない。
またそーっと天馬を見ると、また本を手にして読んでいる。
「やっぱりなんか変なもん喰ったんだって。あいつよくやるだろ?地面に落ちてるドングリをリスと取り合うような奴だぜ?」
「まあ、一昨日も狼と四足でどっちが足が速いか勝負してましたし・・・」
「あいつ、んなことしてたのか」
「はい。まあ、あと一歩のところで負けてましたけど」
「当たり前だ。そこで勝ってても俺はもうあいつを人間とは認めねぇよ」
「でもその後、狼には認められたのか、男同士の熱い抱擁を交わしていました」
「え?それって抱擁だったのか?あいつが襲われてたとかそういうんじゃなくて?」
「・・・ああ、そうかもしれませんね」
「なにお前。天馬が狼に襲われてるのを見て、熱い抱擁をしてると思ってたのか?意外と天然なとこあるな」
「襲われていたか抱擁だったかと言われれば、あれはきっと抱擁だったと思います。天馬も狼も目から涙を流していましたし」
「どういう状況?俺には全然理解出来ねえんだけど。そういう才能はあるんだな、あいつも」
ふああああ、と天馬の欠伸をする声が聞こえてきて、とうとう飽きて寝るのかと思いきや、天馬は身体を横にする。
目を瞑って寝ると思っていたが、寝転がりながらも本を読み続ける。
「あ、そういえば」
「まだなんかあいつの奇行があるのか」
「5日ほど前には、大蛇と格闘してました」
「大蛇!?そんなのこの森にいたのか?」
「いえ、なんでも天馬が言うには、どこかのサーカスから逃げてきたようです」
「なんだよそれ。あいつ大蛇と話せんの?てか大蛇使うサーカスって何だ?」
「天馬が大蛇に絡まれてると思って助けに行こうと思ってんですが」
「ですが?」
「楽しそうにダンスをしていましたので、そのまま引き返しました」
「だからどういう状況?天馬が大蛇とダンスなんて踊るかよ。それ絶対巻きつかれてたんだって。お前もなんでそんな風に解釈できるんだ?」
「だって天馬の奴、夜いきなり起きだしてきて、隣で枕をブンブン振りまわして、満足するとまた寝るんですよ」
「今の会話繋がってたか?けどそれは天馬も寝惚けてたんだろ?」
「そうですけど、あの時も天馬に殺意を覚えましたね」
「そんなことで殺意を抱くな。まあ、確かに天馬はちょっと普通に付き合うとなると難しいところはあるがな」
「寝惚けて師匠の上着で身体を拭いてたこともありますよ」
「あの野郎おおおおおお!!なんか天馬臭いと思ったら、やっぱりあの野郎だったのか!!!」
「もう時効ですね」
「世知辛い世の中になったもんだよな。出来ることならあいつの髪を全部刈って丸刈りにしてやりてぇよ」
「丸刈りですか。これから暑くなりますから、天馬にとっては願ったり叶ったりかもしれませんよ」
「なんなんだよ。何してもダメージねぇのかよ」
「ああでも、天馬の奴、あの髪型結構気に入ってるみたいですよ」
「あのボサボサか?」
「ええ。前、仲良くかまいたちと遊んでるなぁと思ってたんですけど」
「お前って、普通の人には見えないものが見えるのか?」
「髪の毛が切られたとき、天馬怒ってましたよ。お前とは二度と遊ばねえからな!って叫んでましたもん」
「え?天馬にも見えるのか?それって人間じゃねえの?それとも俺がおかしいのか?」
「暑っ苦しいから切れって言ったときも、天馬に二度と言うなって言われました」
「そうなのか?俺はもうそれ何回言ったか分からねえけど、んなこと言われたことはねえなぁ」
「そりゃあ、師匠に言ったら、後悔するのは天馬ですからね」
「あ?なんで?」
「なんでって、師匠の睨みは獣も殺せますからね」
「失礼な奴だな。俺は生まれてこの方睨んだことなんてねえぞ」
「・・・・・・」
「なんだその沈黙は」
「天馬といえば」
「話すり替えたな」
「なんでいつも竹串咥えてるんですか?おえってならないんですか?」
「さあな?なんか歯に詰まってんじゃねえの?」
「・・・なんともおじさん臭い解答ですね」
「悪いかよ。俺はもうおじさんって呼ばれても言い返せねえ歳なんだよ。お前等、ちょっと若いからって油断してるとな、あっという間に歳取るんだからな」
「そうでしょうね。俺だってつい昨日までは6歳だと思ってました」
「それはなんか違うな」
「あ、師匠、蟻です」
「あ?どこ?」
「今踏みました」
「可哀そうに。後で墓でも作ってやろう」
「それにしても、天馬の奴、なんの本を読んでいるんですかね」
「ああ、そういえば。何読んでるんだ?」
そう言って、二人はこそっと天馬が手にしている本を見る。
「「・・・・・・」」
そして、ゆっくりと互いの顔を見合わせた。
「天馬はやっぱり天馬だったな」
「そうですね」
よいこらしょ、と声を出して立ち上がった海浪と蒼真は、薪割りを続けた。
一人本を読むのに集中していた天馬。
その手にある本は、逆さまだった・・・。
「難しくて読めねえなぁ」