第5話
文字数 4,163文字
アクシス
おまけ②恋せよ、乙女!
おまけ②【恋せよ乙女】
「もう!なんで海浪様を捕まえてくれなかったのよ!!」
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ?俺たちだって気付いたらもういなかったんだ。それに、そんなに会いたかったならお前が自分で捕まえておけば良かっただろ」
双月が責任者となって武闘会を開いてから幾月か経った頃。
折角片想いの相手に出会えたというのに、桔梗は思い存分話すことも出来ぬまま。
20年以上もの間、言いよってきた男たちなど蹴散らして、海浪に会えるまでずっと待っていた彼女ももう良い歳だ。
気持ちも伝えずに終わってしまったなんて、桔梗は自分が許せなかった。
「ああ、海浪様・・・。もう一生会えないのかしら・・・」
しょぼん、としていると、そこに双月がやってきて、桔梗を見るなりため息を吐いた。
「ちょっと、今ため息吐いたでしょ。吐いたでしょ!なんでため息なんて吐くのよ!ため息吐きたいのはこっちだっつーの!!」
双月の胸倉を掴みあげ、桔梗はぐわんぐわんと双月を揺らす。
首が取れそうになりながらも、双月は何かを取り出すと、それを横にいる雨竜に渡した。
「なんだこれ」
桔梗に揺られたまま、双月が話す。
「武闘会に顔を見せるチンピラ共だ。今度来たら観客だろうがなんだろうが即退場にする」
「わかった。おい桔梗、もう諦めろ。そいつのことは忘れて、このチンピラの顔でも覚えておけ」
「そんなクソみたいな男共の顔なんて覚えたくないわ」
「お前、そういうこと言う?」
「チンピラなんて、私がいなくても雨竜一人でなんとかなるでしょ。私はしばらく部屋に籠っていたい気分なの」
「失恋したからな」
「してないわよ!ただ、ちょっと、ほんのちょっとだけ、ぐいぐい行き過ぎて、引かれちゃっただけ・・・よ・・・」
「ほぼ失恋だな」
「きゃああああああ!!!!もう嫌!海浪様に会えない人生なんて、生きてる意味も価値もないわああああああ!!!」
「雨竜、五月蠅いから部屋から出せ」
「あいよ」
双月に言われると、雨竜は桔梗の首根っこをひょいっと掴みあげる。
わーわー喚いている桔梗を部屋から出すと、未だ暴れる桔梗に雨竜がこう言う。
「お前がずっと探してたのは知ってるが、もうあいつはここには来ない。諦めて仕事に専念しろ。じゃないと、双月にここから追い出されるぞ」
「追い出されたっていいわ!私は自分の一生を海浪様に捧げるって決めたのよ!」
「お前なぁ・・・」
呆れながら桔梗を下ろすと、何かを思い付いたかのような顔をする。
「なら、海浪んとこ行きゃあいいだろうが」
「え?」
「ほら、あのあいつらが参加しなかった半年間で、あいつらの居場所突き止めたことがあっただろ?そこに行ってみりゃあ良いじゃねえか」
「で、でもおお・・・。い、いきなり行っても迷惑かもしれないじゃん・・・。それに、あの場所から移動してるかもしれないし・・」
急に乙女のようになった桔梗を見て呆れていると、部屋から出てきた双月が来た。
「双月、少しだけ桔梗出かけさせても良いよな?」
「・・・・・・」
三人の中で一番歳下だというのに、双月は小さく息を吐くと、それを了承した。
「ありがとう!双月!」
「ただし、次の武闘会が迫ってるから・・二日後の昼までには戻って来い」
「わかったー!!!海浪を婿に連れて戻ってくるからねーーーー!!!!」
双月からのOKが出た途端、桔梗はくるくると回転しながら自室へと戻った。
そして海浪に会うべく着替えてから、海浪の場所が書かれた地図を片手に、海浪に会いに行くのだった。
半日ほどかかれば、そこに辿り着いた。
「・・・・・・」
ごくり、と喉を鳴らすと、桔梗はこっそりと小屋の様子を見ていた。
「ああ・・・!愛しの海浪様がここに!!」
こそっと小屋を見ていると、そこから髪がぼさぼさした男がまず出てきた。
「確かあれは、天馬という子よね。私が会いたいのはあんたじゃないっての」
それからすぐ、頭にタオルを巻いている男が現れた。
「あれはなんだっけ。雨竜と戦った・・・蒼真?いや、なんにしても、あんたらじゃないっつーの」
天馬と蒼真は、二人して薪割りを始めたのだが、天馬が急に競争しようと言いだした。
蒼真もそれに乗って、遅く終わった方が、早く終わった方の分の薪も全部運ぶというルールだった。
仲良しだな、と思いながら見ていると、小屋からまた人が出てきた。
今度こそ海浪か!と思って身がまえた桔梗だったが、それは女性だった。
「へ?」
どういうことだろうと思ってじっと見ていると、出てきた女性の後から海浪が出てきて、何やら微笑みあっている。
自分には見せたことのない海浪の微笑みに、桔梗は思わずがさっと物音を立ててしまった。
しまった、と思いながらも、海浪と女性は気付いていないようなので、桔梗はホッと安心していた。
「あれ?見たことあるぞ」
「馬鹿。お前と戦ってただろ」
「ああ、なんだっけ。えっと、ダンデライオン?」
「たんぽぽじゃないわよ!あんな雑草と一緒にしないで!桔梗よ桔梗!!!」
「「ああ、それそれ」」
ハッと気づき、桔梗は二人の腕を掴んで草影に隠れると、海浪と女性の方を見る。
「ねえ、あの女、誰よ?」
「え?ああ、俺達が薪を運んでるとこのお嬢様」
「おおおおおお嬢様!?」
「うん。名前なんだっけ」
「確か、アイビ?」
「くーーーーー!!!!名前からしてなんか厭味な感じね!」
「厭味なのか?」
「さあ?」
「で?海浪様とどういう関係なのよ!?もしかして、恋仲じゃないでしょうね!?」
「いや、そういうんじゃないと思う」
「何よ。アイビってなによ。どういう意味よねえ!どういう意味を込めて両親はアイビなんて名前つけたのよ!!」
「いや、俺達に言われても」
「てか何?あれは私へのあてつけなの?あんたみたいなおばさん、海浪様は相手にしないのよっていう、そういうあてつけなわけ!?最悪じゃない!何よあの女!」
「これどうすればいいの?」
「俺が知るか」
桔梗の暴走は止まらない。
「ちょっとあんたたち!」
「「はい!?」」
あまりに恐ろしい桔梗の表情に、天馬も蒼真も顔を引き攣らせる。
「若さだけを醸し出してるなんか金に物言わせてるような女と、海浪様だけを想って今日まで生きてきた私と、どっちが海浪様にふさわしいと思う!?」
ぐわっと勢いよく顔を近づけられ、蒼真は天馬を犠牲にそこから逃げようとする。
しかし、それを感じ取った天馬は蒼真の足をしっかりと掴み、逃がさない。
「おい天馬よく考えろ。俺とお前、どっちかが犠牲になれば済む話だろ」
「だからってなんで俺!?オレ、ニホンゴ、ワカラナイ。ムズカシイ。ダカラニガシテ」
「片言で言ってもダメだ」
「五月蠅いわよ!さっさと答えなさい!」
逃げることさえ赦されないまま、二人はついに結論を出す。
「き、桔梗さんの方がお似合いだなー」
完全なる棒読みであったが、それでも今の桔梗には満足過ぎるほどの言葉だった。
「そうでしょう!?私ね、本当は髪の毛ちょっと染めようかなーって思ってた時があるんだけどね、ほら、海浪様って黒髪でしょ?だからね、きっと女性にも黒髪を求めるような、そんな俺に着いて来い的な男性なのかなーと思って、ずっと黒髪で生きてきたのよ。お肌だって、海浪様ともし顔を近づける場面になったとき、毛穴見られたり艶とかハリとか、そういうとこ見られてもはずかしくないようにって、毎日毎日パックしてるし、化粧品も乳液も高いやつにしてるの!海浪様に触れられた時、『桔梗の肌、綺麗だね』なーんて!そんなこと言われたいとか思ってないけど、言ってくれたら嬉しいなーみたいな感じでね!私って蹴りが得意ってことになってるんだけど、蹴りを極めようと思うとね、どうしても足に筋肉がついて太くなっちゃうのよ。だから本当は嫌だったんだけど、きっと海浪様なら理解してくれると思って、頑張って蹴りをマスターしたの!!海浪様は、女を外見で選ぶような人じゃないって信じてるもの!逆に、私の蹴りに惚れちゃったりして・・!ああ!どうしよう!恥ずかしい!!みんながいる前で、プロポーズなんかされたらどうしよう!『お前を一生離さない』なんて、なーんて!!ダイヤの指輪を渡されて、私の指にそっとはめてくれて、そのまま手の甲にキスなんて・・・!いやー!してくれちゃったりしてーー!!やだ恥ずかしい!海浪様ダメよ!みんなが見てるのにそんなことしちゃ!そういうことは、二人っきりのときに、ね?へへ!!!新居はどこに作ろうかしら・・。二人の愛の巣なんだから、やっぱりどーんと大きいのを作る?それとも、誰にも邪魔されないように、ひっそりと小さな家?ああ!でもでもいつか子供も出来るかもしれないから、やっぱり出来るだけ沢山部屋があった方が良いわよね!やだ私ったら!もう子供のことまで・・・。でも、海浪様との子供だったら、きっと可愛くて格好良いんだろうなぁ・・。私ったらはしたないことを・・!憧れの海浪様とそんなことに・・・ふふ!」
「お前等、こんなとこで何してんだ?」
「あ、師匠。それが」
「妄想女です。師匠危ないので避難した方が良いかと」
「ああ?」
「師匠、さっきのって、アイビとかいうお嬢様ですよね?」
「違う違う。あいつは上の小屋の婆さんの孫だとさ。いつも婆さんが世話になってますって挨拶に来ただけだ」
「なんだ。そういや、あそこの家にはお嬢様なんていなかったな。男だった」
「それより、アレどうします?」
蒼真が指差した方には、まだ一人でぶつぶつと頬を赤くして喋り続けている桔梗の姿があった。
ぽりぽりと頭をかいた海浪は、放っておくことにした。
「それより飯にしよう」
「はい」
「何しに来たんだろう、あいつ」
―二日後
「まだ桔梗は戻って来ないのか」
「ああ。どうしたんだろうな」
桔梗の帰りを待っていた二人には、想像も出来なかっただろう。
あれから一睡もせずに、自分と海浪の起こり得ない未来を妄想しながら、一人、喋り続けていることを。
「やっぱり披露宴には着物も良いじゃないかなって思うのよ!引出物には・・・」