第3話
文字数 16,737文字
アクシス
山あり山あり
自由とは責任を意味する。だから、たいていの人間は自由を恐れる。
バーナード・ショー
第三我【山あり山あり】
「師匠、何処まで行くんですか?」
「まあ、着いてこい」
海浪の後ろを着いて行って早半日が過ぎようとしていた。
天馬は飽きてしまったのか、一枚の葉っぱに息を吹きかけながら歩いて、どこまで落とさないで進めるかやっていた。
そして朝早く出発し、すでにお昼が過ぎた頃、海浪が足を止めた。
「着いた・・・」
「?洞窟、ですか?」
「・・・ああ」
そこにあったのは、人が掘ったとは考えにくいほどの大きな洞窟というか洞穴だった。
その奥にどんどん突き進むと、広々とした空間のある場所に行き着いた。
上を見上げれば、これもまた自然に出来たものなのか、太陽の光が入ることが出来る大きめの穴があった。
「師匠、ここは一体・・・」
そう言って海浪の方を見たときだった。
自分よりも背の高い男が、勢いよく壁に飛ばされてしまったではないか。
蒼真も天馬も、目を丸くして飛ばされた海浪の方に顔を向けていた。
あの海浪が一瞬で飛ばされてるなんて想像もしていなかった二人だったが、海浪は瓦礫の中から立ち上がると、拳を作って壁を思い切り殴った。
壁に罅が入ってしまったが、今はそんなこと気にしていられない。
すると、海浪がこう言った。
「痛ェなクソジジイ・・・!!!」
「「クソジジイ?」」
誰のことだと思っていると、後ろから笑い声が聞こえてきた。
蒼真と天馬はそちらに顔を向けると、そこには髪も顎鬚も真っ白な老人が一人立っていた。
「ワシは隠居した身。何をしに来た」
「し、師匠、この方は?」
「・・・・・・」
老人を睨みつけるようにしてこちらに歩いてくる海浪は、いつもと雰囲気が違う。
いつも以上に眉間にシワが寄り、いつも以上に目つきが鋭い。
そして何より、いつも以上に怖い。
「俺の師匠の、森蘭師匠だ」
「し、師匠の師匠!?まじ!?」
「死んだものだと思ってました」
「ほっほっほ。さすが海浪の弟子、失礼なことを平気で言うのう」
空間の中でひときわ目立つ大きな岩の上に立つと、森蘭は高さ5メートル以上あるそこから地面に下り立った。
そして海浪の前に行くと、杖を取り出し、海浪の向う脛に強く当てた。
「師匠に挨拶するときは正座せよと言うたはずじゃ」
「・・・!!!」
何回も脛を叩かれ、海浪は観念したかのように正座をする。
その時軽く舌打ちをすれば、森蘭に杖で頭をペシペシと叩かれる。
「まったく。お前はいつもいつも、そうやってすぐに舌うちする癖を直せと言うたじゃろう。そんなんじゃからお前は一人身なのじゃ。それに身体ばかりでかくなりおって。もっと精神を鍛えよとあれほどワシが座禅やら弓道やら茶道やら、和に関して学ばせておったというのに」
「舌うちはあんたに似たんだ。それに一人身なのは俺の勝手だろ。身体がでかくなったのは俺のせいじゃない。それに精神を鍛えるためだからっていって、ひたすらあんたに杖で叩かれたあの日のことを俺は一生忘れねえぞこのクソジジイ」
反論すれば、またペシペシと叩かれてしまう。
くるっと身体を反転させると、森蘭は海浪たちにここから立ち去るように言った。
「・・・天馬、蒼真」
「はい」
「お前等、ちょっと外出てろ」
「・・・はい」
海浪にそう言われ、二人は大人しく外で待つことにした。
「いやー。まさかあの爺さんが、師匠の師匠だったなんてな」
カマキリだ、なんて自由人の天馬は、足元にいたカマキリを見つけて大喜びしていた。
その頃、背中を向けられた海浪は、森蘭に武闘会での話をしていた。
「それはお前らの問題。ワシにはどうすることも出来んよ」
「それは分かってます。けど、俺にはまだあいつらを今以上に強くする力はありません。師匠、どうか、半年間だけ、俺達をここに置いてもらえませんか」
「・・・・・・」
頭を地面に向けて下ろした海浪を、森蘭は横目で見て、小さくため息を吐いた。
「まさか、お前がまたあの武闘会に出ようとは思わなんだ」
「天馬が出たいと言って聞かなかったもんで・・・」
「あの子童か。昔のお前に似ておるわ」
「あそこまで無鉄砲じゃありませんでしたよ」
しばらくして、海浪に呼ばれた二人は森蘭の前に行くと、そこで海浪の口からここで半年間修行をすると言われた。
否定する気はないが、否定したところで聞いてはもらえないのだろう。
ここにいれば嫌でも強くなると言われ、双月たちへのリベンジも兼ねて、天馬と蒼真もここで暮らすことになった。
「で、師匠、半年しかないのに、水汲みからさせられるんですか」
「ごちゃごちゃ言うな。あのジジイはそんじょそこらのジジイとはわけが違うんだ」
「師匠―、俺日光浴したい」
両手に普通サイズの木の桶ではなく、その三杯は入るだろう大きなものを渡され、一日五回ほど運ぶ。
この自然を相手に、森蘭から直接指導を受けるというよりも、野生児に戻った気分だ。
玄米に魚、森や川で採れたものを食べる。
そんな生活が二週間ほど続いた日のこと、蒼真は寝付けずにしばらく外にいた。
「寝られんか」
「あ、大師匠」
「師匠などと呼ぶな。ワシはただのしがない老人じゃよ」
蒼真が座っていた岩の横にある小さめの岩に腰かけると、森蘭も蒼真と同じように空を仰いだ。
「師匠も、ここで修業をしていたんですか?」
そう尋ねると、森蘭は独特の笑い方をする。
「ここではないがな。隠居してここに来たまでじゃ。それにしても、あの海浪が弟子を連れてくるとは思わなんだわい」
森蘭の話によると、海浪に出会ったのは森蘭が39の時だった。
生まれてすぐの赤子を連れて、見知らぬ男女が森蘭の前に現れたそうだ。
そして、その赤子を森蘭に託すと、その日以来、二度と顔を見せることはなかったとか。
金銭的な理由からなのか、それとも環境のせいなのか、戦でも始まるのか、はたまた望んで生まれた子ではなかったのか。
今となってはなぜ自分に託されたのか分からないが、とにかく、森蘭に託されたその赤子こそ、海浪であった。
「生まれたばかりの子を育てるのは、簡単なことではない。ワシはまさか自分がミルクの作り方を覚えるなどと、思っていなかった」
今となっては笑い話のようだが、当時はとても大変だったという。
ミルクのあげ方もおむつの交換も、分からなかった森蘭は、顔見知りの女性に一から教わったとか。
そしてすくすく育って行った海浪は、小さい頃はとても臆病な性格だった。
そこで、海浪が5つになったとき、武闘会を見せに連れていった。
観客達の前で戦うその強き者達の姿に、海浪は少年のように顔を輝かせていた。
そしてそれから2年ほど経った頃、もう一人の弟子となる銀魔が森蘭の前にやってくるのだが、こちらは素性が分からない。
ただある日突然やってきて、しばらく森蘭のもとで修業がしたいとだけ言っていた。
「そんな素性も分からない人を、弟子に取ったんですか?」
「なに、何かを企んでいる者ならすぐに分かる。誠意や熱意もまた、伝わるもんじゃ」
生涯において、海浪と銀魔以外には弟子は取らないと思っていたそうだ。
銀魔は海浪と同じくらいの歳だったにも関わらず、すでに動きは忍のようだった。
それ以上何を学びたいのかと聞けば、人を見る目を養いたいとか、森蘭が得意としている見た目を自在に変えられる力を学びたいとか、そんなことを言っていた。
海浪はそれに関心はなかったようで、銀魔だけがその力を身につけた。
若いというのもあったのか、銀魔はあっという間に自分のものにし、性別、年齢問わず見た目を変えられるようになった。
一方で、海浪は体術や剣術を中心としていた。
「海浪と銀魔を武闘会に出場させると同時に、ワシは隠居を決めた」
「なぜです?」
「二人とももうワシから離れた方が良いと思うたからじゃ」
「・・・?」
「確かに、ワシは名を馳せた時代もあったかもしれぬが、いつまでもそこに名を残すのは至難の業。いつかワシを越えるものが現れるじゃろうし、現れてもらわねば困る。強くなるのは容易くとも、強さを保つのは実に困難なこと」
時代はどんどん進むというのに、過去の栄光にしがみ付くなんて見苦しい。
新しい力や新しい考えが生まれれば、それだけ自由を求める人が増える。
「時代に残しておくべきは、歳老いた者の名や功績ではなく、これから輝くであろう若い力よ」
「そういうものでしょうか」
「童、お前にも分かる時が来るであろう。さ、もう寝るが良い」
もっと聞きたいような気もしたが、蒼真は大人しく寝ることにした。
そしてそこから蒼真がいなくなると、森蘭の頭上から声が降ってきた。
「余計なこと話すなよ、ジジイ」
「ほっほっほ。聞いておったのか」
冷たい風がひゅうっと吹けば、海浪たちの頬を掠めていく。
木々の隙間から覗くようにして見える星達は、暗い空を彩るようにして踊る。
「銀魔にも、弟子が出来たって聞いたよ」
「ほう・・・。奴も何を考えておるのかさっぱりわからんからのう」
「一番分からねえのはあんただけどな」
「ワシか?ワシは隠居したと言うたじゃろうが。もう何も考えず、何にも囚われず、自由きままに生きていくだけじゃ」
「・・・・・・」
その森蘭の言葉に納得していないのか、海浪は森蘭の横にしゅたっと下りた。
以前よりも老けこんだ老人の顔には、隠居した者とは思えない、何かを決意したようなものを感じる。
「ジジイ、革命家と繋がってるって聞いたが、本当か?」
「・・・こんな老いぼれに何が出来ようか」
「ジジイ・・・」
「海浪、良いか。いつの世もいつの時代も、その歴史には必ず表と裏がある。表だけ見て生きるのか、裏だけを見て生きるのか。ワシらに課せられたのは、そこじゃと思う」
「・・・・・・」
人生とは決して公平なものではない。
生まれてきた時代や環境を恨むことも多いことだろう。
権力に逆らって生きることは、大抵の人間には出来るはずもない。
力無き人間に出来ることは、技術を追求して自分達の暮らしを豊かにすることだけ。
「人間とは本来、自然にも動物にも敵わない。だが武器を手にしたとき、人間は心の奥底に眠っていた煩悩が爆発する」
武器や力は人間を魅了し、滅ぼして行く。
弱くても手を取り合えば前に進めるというのに、それを忘れてしまっている。
「嘆かわしい時代になってしもうた。ワシが弟子を取らないと決めたのは、もし弟子の誰かが欲望や煩悩に負け、心を歪ませてしまった場合、世界に多大なる迷惑をかけるからじゃ」
森蘭は、海浪と銀魔を武闘会に出してすぐ隠居した。
その時に言っていたのは、ただ自分が歳だと感じたから、ということだった。
「ワシにとって安心出来たのは、お前も銀魔も、真っ直ぐに育ってくれたことじゃった」
力を手にした途端、変わってしまう者もいる。
しかし、海浪も銀魔も、力を手に入れても尚、固執することも見せびらかすこともせず、ただ必要な時にだけ戦うことを望んだ。
正直言うと、海浪も銀魔も、弟子を取ったと風の噂で聞いたときは心配したものだ。
二人が幾ら真っ直ぐに生きたとしても、弟子も真っ直ぐに生きていける保証はない。
「あの二人を見て安心したわい」
「あいつらのことか?」
「ああ」
今まで目を細めて笑っていた森蘭は、ゆっくりと少しだけ目を開けると、ひょいっと岩から下りた。
「さて、明日もあることじゃし、ワシもそろそろ寝るとするかのう」
「・・・おい、ジジイ」
ほっほっほ、と笑いながら、森蘭は洞窟の中へと戻ってしまった。
ふう、と肩を下ろすと、海浪も森蘭の後に続いて洞窟へと入って行った。
翌日、早朝から天馬と蒼真は丸太一本持ったままスクワットをさせられていた。
「ぐうううう!!!なんだかとってもキツイ!」
「五月蠅い。集中出来ないだろ」
そんな二人を見ながら、頬杖をついていた海浪はああ、俺も昔させられたなあ、なんて呑気なことを考えていた。
するとそれに気付いたのか、森蘭は海浪にも同じことをするように言う。
「ああ?なんで今更・・・」
「修行に今更もなにもあるか」
そう言われ、仕方なく同じように丸太を一本担ごうとしたとき、森蘭に止められる。
今度はなんだと言えば、昔やった修行と同じことをしても意味がないから、お前は二本持てを言われた。
「自然破壊の趣味があったのかジジイ」
「後で薪にして使うから問題なかろう」
森蘭がぽん、と杖で木を叩けば、ゴゴゴ、と大きな音を出してあっという間に丸太が出来上がる。
〇分クッキングか、と思った海浪だが、丸太を二本担ぎ、天馬と蒼真と同じようにスクワットをしていく。
それを見て、二人も弱音など言っていられないと、森蘭が止め、というまでひたすら続けるのだった。
二時間ほど経った頃、天馬が気付いた。
「師匠・・・、爺さん寝てますけど」
今のうちに休みたいと思った天馬だったが、海浪の言葉に顔を引き攣らせるのだった。
「・・・俺も昔な、ジジイが寝てるから良いかと思って勝手に中断したことがあるんだ」
「で、どうなったんです?」
「一日猶予をやるから、世界一周走って泳いで来いって言われたよ」
「・・・・・・」
「現実問題出来るはずもなく、俺は一日どころか七日かかっちまった」
「いや、それも最速記録だと思います」
「そしたらな・・・ああ、思い出したくもねえ・・・」
重々しく口をあけた海浪から出てきた言葉に、天馬と蒼真は二人そろって顔を青ざめる。
「ワニがいる湖に逆さ吊りされて、一日中揺られてたんだ」
「「・・・・・・」」
相当高い位置に吊られたならまだしも、ギリギリワニが頑張っても届かないだろう位置だったため、時々髪の毛だけ喰われることがあったそうだ。
口をあんぐりと開けたまま、天馬は森蘭の方を向くと、今まで以上に頑張った。
あの時は、さすがに死ぬかもしれないと思ったようだ。
「まあ、逞しくはなるだろうけどな」
「今のあの爺さんが結んだんじゃ、緩んで喰われそうだから嫌です」
「妥当な選択だ」
―半年後
「そういや、最近見ないねぇ、なんだっけ、ええと・・・」
「誰かいたか?」
「ああ、半年くらい前にな、双月たちにやられはしたが、結構強い奴らがいたんだよ」
「へぇ。で、今は出てないって?」
「ああ。ま、あそこまでやられれば、次は殺されるかもって、思うだろうけどな」
半年間の間、お決まりの事柄で双月は優勝していた。
天馬や蒼真、それに海浪までもがあれから姿を見せないため、双月たちも退屈だった。
自分に自信がある男たちだけでなく、女たちも少しずつ参加するようにはなってきたのだが、それにしても物足りない。
「弱すぎ。私つまんない」
「桔梗、だからって途中で首と胴体切り離すなよ。働き手としては良い体格だっただろうよ」
「関係ないもん。だってあの男、私の身体をいやらしい目つきで見てたんだから!何かあったらどうするのよ!」
「安心しろ。お前の身体はそこまで魅力的じゃないから」
雨竜の鳩尾を、桔梗は思い切り殴る。
つまらないつまらないと、桔梗はずっと騒いでいると、双月が部屋に入ってきた。
「双月!私つまらない!」
「ずっとこの調子なんだ。まあ、分からなくもないが」
二人を無視して、双月は椅子に腰かけると、何かの紙を眺めていた。
それが今度の武闘会の招待状を送ったリストだと分かるも、雨竜も桔梗も、海浪たちがここ半年招待状が出ているのにも関わらず出場していないことも知っているため、あまり期待していない。
強制的に参加とのことだが、以前海浪たちの住んでいると思われる小屋に向かったところ、誰もいなかった。
双月たちに敗北したため、どこかに逃げたか身を隠しているのではと思われている。
「どうせまた出て来ないわよ」
「もう俺たちの相手になるような奴らはいないんだよ」
「つまんなーい!!!」
半年間動きがなかったことで、残念だったのは何もこの三人だけではない。
海浪たちに双月たちを倒してくれと頼んでいた実里も、三人が今何処で何をしているのかを知らない。
だからこそ、諦めようとしていた。
やはり、ここから逃げようなどと考えてはいけなかったのだと。
「実里、どうした?」
「へ?」
「さっきからぼーっとしてるぞ」
「申し訳ありません。すぐにお茶をご用意します」
香蝶に声をかけられ、実里は急いでお茶の準備をする。
もちろん、女性達の分も。
武闘会ももう何回目か分からないが、今回も相当な人数が出場するようだ。
「双月様、こちらが今回の出場者のリストになります」
名前が書かれたリストを受け取ると、双月は司会者を呼びとめ、何か入れ替えをしていた。
「あーあ。何か楽しいことないかなー」
「あ、双月。どうだ?強そうな奴、飛び入り参加してないか?」
「雨竜、桔梗」
「「ん?」」
「今回は、第一試合に出るぞ」
「え!?なんで!?」
いつもなら、最後の最後まで出ない双月までもが、なぜ今回に限って第一試合から出るなどと言っているのか。
しかし、二人はその理由になんとなく気付いた。
「そういうこと。でも、それって最後の方が盛り上がるんじゃない?」
「真っ先に潰してやるってことだろ。面白そうじゃねぇか。出場しなかった半年、遊んでたのかそれとも少しは強くなったのか」
「私、海浪様だったらどうしよう・・・!わざと足をくじいてお姫様抱っこしてもらおうかしら!それとも、こけた振りして抱きついちゃおうかしら・・!!」
一人で妄想している桔梗放っておいて、双月たちは準備をする。
会場に司会者が登場すると、観客達は大騒ぎする。
『さあ!今回も始まりました!強いものだけが勝ち進むことが出来る、最も強いものを決める大会!!さて、本日はいつもとはちょっと違います。みなさん、お楽しみにしてくださいね!さあ!まずは第一試合から始めましょう!第参ブロック、三度目の大会出場となります、天馬!そして相手は・・・華麗な動きで私達を魅了する桔梗!』
わあああ、と、第一試合で決して出ることがない桔梗の名が出ただけでも、観客達は大盛り上がりだ。
『そして第弐ブロック、こちらも若き挑戦者、蒼真!その相手は・・・強く勇ましい存在、雨竜!』
こちらもまた、第一試合には珍しい名。
『さあ、第壱ブロック。こちらで戦うのは、以前仲間を助けて大ブーイングを受けました男、海浪!その相手は・・・我らが最強を誇る男、双月様です!!!!』
「おい、嘘だろ!?」
「双月がもうでるのか?」
ざわざわとどよめきだす観客だが、すぐにそれは声援へと変わる。
順番が入れ替わったことを知らなかった海浪たちは、名前を呼ばれたことに、最初間違いかと思っていた。
「師匠」
「・・・まあ、決勝でどうせ戦うことになったんだ。それが早まっただけのことだ。お前ら、分かってるな」
「「はい」」
すでに戦う舞台に立っている双月たちのもとに、海浪たちが姿を見せる。
「あら、私の相手はこんな坊やなのね」
「おやまあ、俺の相手はこんなおばさんか」
「懲りないね、君たちも」
「退屈してたんだろ?あんたら」
「・・・・・・」
「なんか言えよ」
『さあ!!!第一試合、開始!』
ゴングが鳴ると、一番先に動いたのは桔梗だった。
手足に錘をつけているため、一見軽そうに見える攻撃でも、重たい攻撃となっている。
桔梗の蹴りを受け止めると、天馬は掴んだ足をぐっと持って桔梗を振りまわした。
そしてある程度遠心力がついたところで手を放せば、桔梗は観客席のある壁にぶち当たるはずだった。
「・・・っかしーな」
手応えはあったのだが、どうもぶつかった気配はない。
「まったく。力付くなんて、女の子に嫌われちゃうわよ?」
髪の毛をかきあげながらそう言った桔梗の背中からは、紫色の羽根が生えていた。
それで自由に飛びまわると、天馬の周りに煙玉を次々に投げて行く。
「!!」
視界を遮られてしまった天馬に止めをさすべく、桔梗は爆薬を取りだして天馬に向かって落とした。
それは物凄い威力で天馬を吹き飛ばし、一回戦は終了、となる予定だったのだが、ここで桔梗は気付いた。
「爆煙があがらない・・・?」
だからといって、あの量の煙玉の中、爆薬が降ってくるなんて分かるはずもない。
気になった桔梗は、羽根を動かしてそっと着地する。
しかし、煙玉によって視界が覆われているため、それらを除外するためにも、桔梗は羽根を動かして煙をどかせた。
「・・・!?どういうこと!?」
全ての煙を払ってみたが、そこには人影がなかった。
逃げたのか、それにしても飛んでいた自分がそれを見逃すだろうか。
辺りを見渡していた桔梗は、ふと、何か影に覆われて行くのを感じた。
「桔梗ってのは確か、花じゃなかったか?」
「!!!」
ハッと上を見上げると、そこには爆薬を手にしている天馬がいた。
「ちっ!!」
天馬が爆薬を桔梗に向かって投げると、桔梗は慌てて羽根で自分の身を守る。
しかし、そうすることによって天馬の動きが分からなくなってしまうと、次に目を開けたときには、残っていた爆薬を羽根に向かって投げられてしまった。
羽根は穴だらけになり、桔梗は飛べなくなってしまった。
「俺ぁ、花の桔梗は嫌いじゃねえんだけど、あんたも蹴りが得意なら、それで俺を倒してみろよ」
「・・・言うわね。蹴りで私に勝てると思ってるの?」
「俺も得意なんだ。もっとも、あんたとは違って錘なんかなくても良い蹴りするけどな」
それにカチンと来たのか、桔梗はいっきに天馬によると、両手を地面につけて回し蹴りをした。
さすがに錘がついているからか、それを腕で受け止めた天馬は少し痺れを感じた。
「ったく。女の蹴りではねえな!!」
「あんたなんかに女と思われなくて結構よ」
天馬が桔梗に向かって拳を振り上げると、それを桔梗は手首についている錘で受け止めると、互いに腕が痺れる。
「(錘をつけてるのにこれだけ痺れるなんて、結構強くやってくるわね)」
「もういっちょ!」
今度は足で桔梗を蹴り飛ばすと、桔梗はそれを足で受け止める。
だが筋力が違うからか、桔梗の足は弾かれてしまい、バランスを崩した。
それを狙って天馬がもう一発蹴りを入れようとしたのだが、桔梗は身を屈めると天馬の急所を狙って蹴飛ばした。
「!!!!!」
それには、この会場にいた男たちはみな、天馬に同情しただろう。
「ふん。これくらいで勝った気にならないでくれる?」
「お、男の大事なとこ・・・」
思わず涙目になって蹴られた箇所を押さえていると、桔梗は容赦なく攻撃を続ける。
「タイムタイム!!!」
「タイムなしよ」
桔梗の攻撃からなんとか逃げていた天馬だが、覚悟を決めて桔梗と対面する。
ニヤリと笑った桔梗は、まだ身体を丸めている天馬に向かってかかと落としをする。
「!」
「へへ」
しかし、その足は天馬に掴まれてしまい、なんとか逃れようと今度は天馬にパンチをしようとした桔梗だったが、それも天馬に掴まれてしまった。
ならばと、残ったもう一方の手を天馬に喰らわせようとした時、天馬が掴んでいた桔梗の腕に着いていた錘が、壊れた。
「・・!?」
これまでにも、何人、何十人もの男たちと戦ってきたが、壊されたことなどなかった。
片方の錘が壊れると、天馬は掴んでいた足を解放し、その足についている錘を蹴飛ばして壊した。
錘がまだ着いている方の足で天馬を蹴るが、それも同じようにして壊されてしまった。
もう片方の腕についている錘しかないが、桔梗はそれでも天馬に向かって行く。
煙玉を使っても、天馬の蹴りの風圧によって消されてしまい、爆薬を投げても天馬はそれを手で掴んでしまう。
徐々に後退していく桔梗の足元を狙って、天馬はその爆薬を投げた。
「あ!!!」
すると、ガラガラと音を立てて崩れ落ちて行く会場と共に、桔梗の身体も落ちて行く。
「・・・?」
身体に感じる痛みが来ないため、桔梗はそっと目を開けてみると、そこには自分の腰に腕を回している天馬がいた。
「ちょっと!放しなさいよ!!」
「暴れるなって!落ちる落ちる!!!」
ぶらんぶらん、と二人は崩れそうな会場の端にいた。
「どうして私を助けたのよ。私はあんたを殺そうとしたのよ」
「だって、殺したら師匠に怒られるし。それに、勝ったからもう俺は充分だ!」
「お、怒られるって、わ、海浪様に?」
「え?師匠のこと知ってんの?師匠ってめっちゃ怖くてさ、ちょっと喧嘩しただけでもダメなんだ。誰も傷つけるな誰も殺すな、師匠はそういうところ・・・」
「やん!海浪様ったら、私のこと本当は覚えていてくれたのね!!!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「愛しい私を助けてくれるなんて、やっぱり海浪様は素晴らしいわ!!」
「助けたの俺だよね」
もう何を言っても無駄だと思い、天馬は桔梗を回収すると天馬の勝利が決まった。
「この前殺されかけたのに、また来るなんて、思ったより根性あるじゃないか」
「あんたに褒められても嬉しくない」
雨竜と蒼真は互いに剣を手に取り、睨みあっていた。
数回剣を交えたところで、雨竜が剣を利き手ではない方に持ち替え、利き手をポケットに入れると、そこから注射器のようなものを取りだした。
「?」
それを自分の身体に刺すと、雨竜の身体はみるみるうちに大きくなっていく。
人類にはなかなかなり得ないだろうその強靭な肉体に、蒼真は思わずぽかんとする。
「俺はまだ、お前に全ての力を見せていない」
「!!!」
そう言うと、いきなり雨竜の髪の毛が動き出し、まるで複数の剣のようになる。
「さっき打った薬は、一時的に肉体を崩壊するものだ。しかし筋力がアップし、こうして最近では髪の毛も自在に変形できるようになった」
「・・・俺は御免だね」
まるで何本もの剣を持っているようだ。
しかも、それは雨竜の意識で動いているのか、剣を振るうよりもスピードが速い。
後ろに避けて行けば、それだけ逃げ場がなくなり、追い込まれてしまう。
ぐっと踏み込んで雨竜に向かって行けば、雨竜の髪によって阻まれてしまい、髪の毛と格闘していると剣で死角から攻撃されてしまう。
脇腹を刺されてしまった蒼真だが、少しだけ摩っただけでまたすぐに雨竜を見る。
「お前みたいな奴が、俺に勝てると思ってるのか?笑わせるな」
「・・・笑いたいなら笑ってろ。笑ってられるのも今のうちだからな」
「戯言を」
そう言うと、雨竜はまた剣のように動く髪の毛を蒼真に向ける。
髪ならば斬ってしまおうと、蒼真は避けながら剣を振り乱せば、雨竜の髪の毛はどんどんぼとぼとと落ちて行く。
「あーあ。切っちまって」
斬られた髪の毛を見て、雨竜はがっかりしているような感じだが、口元は笑っていた。
何を企んでいるのかと思っていると、次の瞬間、雨竜の髪はうねうねと伸び始め、あっという間に元の長さに戻ってしまった。
それに驚いていると、雨竜は髪の毛を蒼真に向けて攻撃させる。
剣でなんとか凌いでいた蒼真だが、先程までとは違うその動きに、剣を弾いた先にあった髪の毛に身体を拘束されてしまった。
「!!!」
地面に仰向けになり、肌スレスレのツナギのところを剣が押さえつけている。
ゆっくりと近づいてくる雨竜の手には、しっかりと剣が握られている。
「良い眺めだな」
「良くみるとおっさんだな」
ぴくりと眉を動かすと、雨竜は蒼真を捕えている髪の毛とは別の髪の毛を出し、蒼真の掌と足首あたりに思いきり突きさした。
「・・・!!!」
「生意気なんだよ、お前」
刺されたそこからは、ドクドクと血が流れていく。
そしてもう一度蒼真の身体から放し、自分が持っている剣と同時に蒼真を指して止めを刺そうとしていた。
「俺と当たったのが、運の尽きだ」
「・・・へへ。その言葉、そのままそっくりあんたに返すよ」
「減らず口を」
まるでパフォーマンスのように、血が出ている蒼真の手足に、今一度攻撃をしようとした雨竜だったが、髪の毛の剣が蒼真の身体を貫くその前に、隙をついて蒼真は脱出した。
ツナギは多少破れてしまったが、まあ良いとしよう。
激しく動いたせいか、蒼真の頭にあるタオルが緩み、首にかかる。
地面に落ちている自分の剣を拾うと、蒼真は雨竜に切っ先を向ける。
「哀れなもんだな」
「・・・?」
「弱いことは罪だ。こうして金に目が眩み、次々に俺達に勝負を挑んでくる。だがな、そんな愚かな行為でさえも、俺達は赦そう。なぜなら、お前らは生まれながらに、俺達より下の存在だからだ」
「・・・・・・」
クツクツ笑っている雨竜は、自分で持っている剣以外の、自在に動く剣よりも厄介なその髪の毛の全てを蒼真に向ける。
「出来れば、楽に逝かせてやりたかったんだが、無理かもしれない」
「・・・俺も、手加減出来ないかもしれない」
「ハハハ!俺を相手に手加減してたっていうのか?それこそとんだ笑い話じゃないか!」
すうっと蒼真は一度目を細めると、それを見て雨竜は先手を打とうと髪の毛を一気に攻撃として仕掛けてきた。
「・・・?」
しん、とした舞台の上で、ただ起きていたのは、雨竜の剣のような髪の毛が全て切り落とされていたということ。
そしてすぐに雨竜はまた髪の毛を伸ばし、斬られても斬られても、何度でも攻撃を繰り返した。
しかし、蒼真は一歩一歩確実に雨竜との距離を縮めながら、近づいてくる。
「剣とは即ち、己の心なり」
「何をぶつぶつと言ってやがる!?」
「乱した者が負け、制した者が勝つ」
斬られた髪の毛をまた伸ばそうとした雨竜だが、それよりも先に蒼真が目の前に現れたため、雨竜は剣を構える。
その間に髪の毛を伸ばし、背後から蒼真を突き刺そうとした雨竜。
髪の毛の切っ先が蒼真の後ろで伸びきったとき、ニヤリと笑う。
「終わりだ」
あとはそのまま、蒼真を貫けば終わり。
それだけのはずだった。
「!!!???」
蒼真が剣を一振りすれば、背後で蒼真を狙っていた髪の毛だけではなく、雨竜自身が構えていた剣までも綺麗に真っ二つに切ってしまった。
そのまま斬られると思って目を閉じてしまった雨竜に襲いかかった痛みは、斬られたものではなかった。
全ての邪魔なものを斬った蒼真は、剣から手を離すと、拳を作って雨竜の顔面を思いきり殴り飛ばしたのだ。
予想もしていなかった痛みだったが、薬の効果も切れてしまったのか、雨竜の髪は通常に戻り、雨竜はその場に倒れてしまった。
蒼真は剣を腰に収めると、緩んでしまったタオルをもう一度頭にしっかりと巻いた。
「と、止めをさせ・・・」
「嫌だよ。面倒臭い」
「負ければ、俺達はお払い箱だ・・・。香蝶は敗者に手加減しない」
「・・・こう見えて、俺結構疲れてるから。止めさしてほしいなら、別の奴に頼んでくれ」
そこへ、すでに戦いが終わっていた天馬と桔梗がやってきた。
「雨竜!」
「き、桔梗・・・」
その場に胡坐をかいていた蒼真は、別の方向を見ていた。
「お前、よくその手で殴ったな」
ケラケラ笑いながらやってきた天馬は、怪我をしている蒼真の手を見ながらそう言った。
怪我をしていたことを忘れていた蒼真は、自分の手を黙って見ていた。
「・・・天馬、早いとこ地下の奴らを助けに行くぞ」
「おう」
「おい、お前等」
雨竜と桔梗の方を見て声をかけると、蒼真はくいっと顎で呼んだ。
「前よりも動きが鈍くなったな」
「そうか?」
「そんな動きじゃ、俺の攻撃は避けられないぞ」
双月が海浪に蹴りを入れると、それを海浪は簡単に手で受け止めて行く。
しかし、その合間合間に双月は隠し持っている毒針を投げて行く。
どれくらい強い毒を持っているかは分からないが、刺さったら最後だと思った方が良いのだろう。
なんとか避けていた海浪に、双月は容赦なく蹴りもパンチも繰り出す。
通常なら、ここまで着いてこられるだけで充分なのだが、それではダメだ。
攻防が続いていたが、双月の攻撃を避けるべくジャンプをした海浪を見て、双月は毒針を投げる。
空中で身動きが取れない海浪は、双月が投げた毒針を受けてしまった。
そのまま地面に勢いよく倒れて行くと、双月は砂ぼこりが舞っていて視界が悪いその中に突入するような真似はしない。
ただじっと、海浪の動きや風の動きを見ながら、次の手を考えている。
視界が良くなってきて、海浪が倒れているのを確認すると、観客たちは大騒ぎ。
やはり双月様は最強なのだと、そんな声が次々に降ってくる。
しかし、双月はそこから動こうとしない。
何だろうと思った観客たちも、次第に叫ぶのを止めて行く。
「いてて・・・」
「・・・・・・」
「な!なんで生きてんだ!?」
「双月様の毒針は、即効性があるはず!」
「だからって、避けたようには見えなかったぞ!?何があった?」
ざわざわとざわめく中、海浪は身体を起こして双月を見る。
双月は腕に仕込んである毒針を外すと、一気に海浪に攻撃をする。
蹴り、パンチ、それは抑揚をつけて海浪に襲いかかるが、海浪の腕一つ掠めることも出来ないでいる。
一旦海浪との距離を取ると、海浪は上着を脱いだ。
「なんだ、あれ・・・?」
海浪の身体には、鉄板のようなものが全身につけられていた。
それを取り外して行くと、海浪はやっとそれから解放されたことを喜ぶかのように、こんなことを言っていた。
「やっと軽くなった。あんなもんつけたままじゃ、まともに動けねぇからなぁ」
次の瞬間には、海浪は双月のすぐ横にいて、なんとかギリギリそれに気付いた双月は腕で蹴りを受け止めた。
ビリビリと強い衝撃を受けるが、それは止まらない。
この感覚は、以前にもあった。
あの日、優勝候補とまで言われた双月の前に突如として現れた男。
こんな男、5分もあれば充分だと思っていたのだが、いざ戦ってみると、勝負は僅か1分で終わってしまった。
あんな屈辱を味わったことはなかった。
あんな悔しいと思ったこともなかった。
「今ここで俺を完全に潰しておかないと、今度はお前を殺しに行くぞ」
去って行くその男の背に向かって言うと、男は歯を見せて笑った。
「まだそんなこという気力があるのか。大したもんだ」
「馬鹿にしてるのか」
「馬鹿にはしてねぇだろ?だが、多分もうお前とは会うことはねえだろうさ」
「逃げるのか」
「お前はまだ若い。これからまだまだ強くなれる。なら強くなって、いつか俺から会いに行くくらいまでになってみろ」
言い逃げされたと思っていたが、未熟でみじめだったのは、いつだって自分だ。
「!」
リミッタ―が外れたのか、双月はなりふり構わず突っ込んで行った。
それはあまりに双月とは思えない戦い方で、無謀とも言えるものだ。
パシッ、パシッ、と海浪はただ暴れているように感じる双月の腕を捕まえると、双月は膝で海浪の顔を蹴ろうとした。
それを避けて、海浪は捕まえていた腕を一つにまとめ、空いた手で双月の腹を殴った。
「ぐっ・・・はぁ・・・」
「・・・・・・」
双月の手を解放すると、よたよたと後ろに進んで行く双月。
だが、足がもたついて転んでしまうと、そこには双月が自分で用意していた毒針があり、それに刺さってしまった。
「!」
慌てて海浪が双月から毒針を離すと、これも前持って準備していた解毒剤を打つ。
「な、なんで・・・」
「ああ?」
「なんで俺は、お前に勝てない・・・?」
そんなことかと、海浪は戻ってきた雨竜と桔梗を見つけ、声をかける。
倒れている双月を見ると、二人は急いでこちらに向かってきた。
「俺ぁもう若くねぇんだよ、双月」
「・・・?」
「お前たちが作る次の時代に、俺の名前なんていらねえだろ?」
「はっ。よく言うよ・・・」
「双月!大丈夫か!?」
「双月!!ていうか海浪様!またお会い出来て光栄です!!!」
どさくさにまぎれて、桔梗は海浪の手をぎゅっと握るが、海浪はきょとんとする。
「あー、なんだ、こいつのこと頼むな」
「はい!勿論です!!」
話したことなどないはずなのに、と思いながらも、海浪は双月を二人に任せた。
そして、司会者に武闘会はしばらく中止だと伝えた。
『ほ、本日の武闘会はこれにて終了とします!みなさま、どうかお帰り下さい!』
双月が負けたことは、あっという間に近隣諸国に広まり、香蝶に援助をしていた者達からの電話が鳴りやまなかった。
今回の報酬はどうなっているのか、双月はどうなったのか、ちゃんと見返りが貰えるのかなど。
「くそ!双月の野郎、負けやがって!」
その頃、香蝶は双月たちを残して逃げようとしていた。
こっそりと裏道を通り、誰にも見つからずにここから出て行く心算だった。
しかし、そこには人が待っていた。
「実里!探したんだぞ!お前は、俺と一緒に逃げてくれるよな!?」
「・・・・・・」
「実里?どうした?」
「地下の方は、みなさん逃げました」
「なんだと!?」
がしっと実里の肩を強く掴むが、実里はまっすぐに香蝶を見る。
「ここで何が起こっていたのか、直にみなさんの耳に届くことでしょう」
「お前・・・!何をした!?」
怒りに我を忘れた香蝶は、実里の首を思い切り絞める。
ぐぐ、と力がいれられるが、実里はそこから逃げようとしない。
「これまでに集めたお金も、もうありません。あなたはお終いです」
「お前えええ!!!!」
「・・・!」
強くなるその腕に、実里は呼吸が出来なくなっていき、意識が飛びそうになったそのとき、ふと、腕の力が弱まった。
目を開けると、そこには倒れている香蝶がいて、その後ろには双月たちがいた。
「俺たちも、殺し合いを望んだわけじゃない。ただ・・・ただあいつともう一度戦って、勝ちたかっただけだ」
小屋に無事に戻った海浪たちは、すうーと息を吸うと、叫んだ。
「大金ゲットー!!!!!」
「しかし、本当にこんな大金があったとはなぁ」
「隠し金庫の場所、聞いておいてよかったですね」
香蝶は隠し金庫があり、その場所の詳細を教えてくれたのは、実里だった。
一からやりなおすのなら、この金は必要無いと、海浪たちに託したのだ。
「これでしばらくは薪割りしなくていいんですよね!!!」
「天馬、それとこれとは話は別だ」
「え!じゃあ、薪割りはやるんですか?」
「当たり前だ」
えー、と盛大に文句を言っている天馬だったが、海浪に言われたとあれば、素直に薪割りをするのだった。
あれ以来、武闘会はしばらく開催されなかったのだが、また新しくなって戻ってきた。
香蝶がいた頃のようなものではなく、戦士たちの誇りをかけた戦い。
そしてこの武闘会を仕切るのは、あの三人。
双月は管理者兼責任者として、今もこの武闘会の場にいる。
雨竜と桔梗も、警備員のような形でいる。
実里はというと、姉が見つからなかったため、また別の場所に向かったそうだ。
この国から出る際、海浪たちのところに挨拶に来たようで、「見つかると良いな」と言われたらしい。
「天馬、お前またあの武闘会に出る心算じゃないだろうな」
「え・・・そ、そんなわけ、ないじゃなーいですか・・・」
「言っておくが、今のお前じゃまだまだだかんな。蒼真、コレ頼む」
「はい」
空はとても晴れているが、西の方には黒い雲が見える。
夕立がくるかもしれないと、海浪は早めに作業を終わらせようとする。
「師匠!見てくださいコレ!」
「あ?なんだ?」
天馬に呼ばれ行ってみると、天馬の手には四つ葉のクローバーがあった。
それを海浪に見せながら、天馬はニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。
「・・・お前、そんな葉っぱ探してる暇あるなら、蒼真みてぇに薪でも運べ」
「何言ってるんですか!幸せの象徴じゃないですか!!」
「師匠、天馬を殴っても良いですか」
「一応止めておこうか」
結局、天馬と蒼真には別々の場所に薪を運ばせた。
そして、天馬が置いて行ったその四つ葉のクローバーを見て、小さく笑った。
「ったく。こんなんで幸せになれるんだったら、誰も苦労しねえっての」
それを窓際の日当たりのよい場所に置くと、海浪は先に風呂に入った。
「・・・・・・」
夕暮れになる頃には天馬も蒼真も帰ってきて、今日の夕飯担当の天馬が食事を作ろうとしていたのだが、天馬が捕まえてきた狐が、蒼真が捕まえてきた狸かと、また喧嘩を始めた。
どっちでも良いだろうと言うも、二人は睨みあっていたため、海浪は軽く寝ることにした。
そして目を開けたとき、すっかり夜になってしまっており、海浪は大きな欠伸をした。
そしてちらっと横を見ると、そこには喧嘩をして疲れてしまったのか、寝ている二人がいた。
「・・・・・・ガキか」
はあ、とため息を吐きながらも、海浪は二人に毛布をかける。
そして空に浮かぶ月を眺め、腕を組み、足を組み、ただじっとしていた。
「・・・月は太陽の輝きを受けて光る、か」
空腹のまま眠れば、なんとも言えぬ静けさに身を委ねる。
そしてまた、朝は来る。