2、ニューヨーク
文字数 2,015文字
ロックフェラーセンターの前で、金色に輝く大きいモニュメントを前にした瞬間、ざわざわと総毛立つのを感じた。
「やば……ここホームアローン2の場所じゃん! ケビン!」
「ママぁ~っ!」
亮ちゃんは目を見開いて、幼き日のマコーレ・カルキンの真似をする。全然似てないけど。
今、二人でゴシップ・ガールという海外ドラマにハマっている。付き合って2年記念ということで、舞台でもあるニューヨークに行きたいと言い出したのは亮ちゃんだった。亮ちゃんは、ハマるととことん突き詰めるタイプ。
「あれやな、ホンマはクリスマスに来れたらよかったな」
「でも、冬のニューヨークってクソ寒そうじゃない?」
「誠二は寒いの苦手やもんなぁ。ほんなら、次の冬はまた南国にでも逃げよか」
右の口角だけをあげて笑いながら、亮ちゃんは俺の頭をポンポンと撫でた。この笑い方は亮ちゃんの癖だ。かっこつけるときはだいたいこう。実際かっこいいからムカつく。
「じゃ、ロックフェラーも見たし、ここからだと次は……」
亮ちゃんはことりっぷを広げて、地図を指でなぞる。そこには、さっき露店で衝動買いしたお揃いの真鍮の指輪がきらっと光っていた。
「とりあえず、セントラルパークでも行こか」
「その前に五番街のシャネル寄りたい」
「好きやなぁ、ホンマ」
セントラルパークを散策してから、ハイストリートまでメトロで移動して、ブルックリンブリッジを横断することになった。直射日光がつらくて、俺も亮ちゃんもサングラスをかけている。
「あれやな、レインボーブリッジみたいな感じやな」
「え、やめて? 一緒にしないで?」
橋の上には、俺たちと同じように、たくさんの観光客が列をなしている。主塔からは、この橋を支えるめちゃくちゃ太いケーブルが何本も延び、そこからさらに細いケーブルが毛細血管のように張りめぐらされていて、結構物々しい。それでも、その向こうに見えるローアー・マンハッタンのビル群の景色には、やっぱりため息が出る。新宿とも丸ノ内とも、やっぱり違う。
実は大学のころにニューヨークに留学していたことがある。って言っても一か月だし、結果なんの成果にもなっていないけど。でも、へたくそな英語だけでコミュニケーションを取りながら、他の国からの留学生とともに、例えばセントラルパークでだらだらベーグルサンドを貪ったり、ストームキングまでドライブに行ったりしたことが、無駄だったとは思わない。経験って不思議。何の役にも立っていないのに、どれかひとつ抜けてたら今はないってことでしょう? もし、大学入試に失敗したことや、五年前の父の死や、もっと幼い頃、「オトコ女」といじめられたこと、そのすべてが今につながっているのだとして、だから亮ちゃんと一緒にいられるのだとしたら、それはすごいことだし、俺の人生は俺の管理下にはないんだなぁという変な絶望みたいなものもある。次に何を選択すれば、これからもこのままでいられる?
「どうしたん、変な顔して」
「愛について考えていて。あと、次に変な顔って言ったら殺すから」
「鬼嫁こわ」
橋の中央まで到達すると、なぜか周りの欧米人たちはハグしたり写真を撮ったりと盛り上がり始める。え、まだ対岸に到着してないけど、これは国民性の違いなの? それともSEX AND THE CITYのミランダへのリスペクトなの? とは言いつつもその場の空気に飲まれて、亮ちゃんと二人並んで、スマホで写真を撮ってみる。すごく自然に、亮ちゃんは俺のほっぺにキスをした。だいぶ脳をアメリカナイズされちゃったようですね。
いい気分でブルックリンブリッジを横断し終えた後、一度ホテルに戻ってからドレスコードを整えて、グリニッジ・ヴィレッジにある「ゴッサム・バー・アンド・グリル」に向かった。亮ちゃんは、日本にいるうちから予約を入れていた。天井が高い、なんとなく上品だけどいやな感じのしない店内で、嘘みたいな熱さのステーキを食べる。
「……もう食べれない」
「え~、若いんやから食べてよ。俺ももう無理やから、誠二にあげよ思ってたのに」
「無理っす。めっちゃおいしいけど。これ、シェアでよかったよね」
「……このあと、チョコレートケーキも来ちゃいます」
「地獄か」
食べきれないけれど、往生際わるく肉を細かく切ってつっついていると、予告通りチョコケーキがテーブルに来た。一口食べてみると、なぜ満腹の状態でこんなにおいしいものに出会わなくてはいけないのかと腹立たしくなってくる。まわりのお客さんたちも「HAHAHA、またジャップがストゥーピッドなオーダしてるぜ」的な視線を送っている。
「……俺、食うわ」
亮ちゃんが背筋を伸ばしてナイフを手にする。
「え、マジで? 大丈夫?」
「がんばる……せやから、なあ、これ全部食えたら、俺と一緒に住んでくれへん? ずっと俺とおってくれへん?」
「やば……ここホームアローン2の場所じゃん! ケビン!」
「ママぁ~っ!」
亮ちゃんは目を見開いて、幼き日のマコーレ・カルキンの真似をする。全然似てないけど。
今、二人でゴシップ・ガールという海外ドラマにハマっている。付き合って2年記念ということで、舞台でもあるニューヨークに行きたいと言い出したのは亮ちゃんだった。亮ちゃんは、ハマるととことん突き詰めるタイプ。
「あれやな、ホンマはクリスマスに来れたらよかったな」
「でも、冬のニューヨークってクソ寒そうじゃない?」
「誠二は寒いの苦手やもんなぁ。ほんなら、次の冬はまた南国にでも逃げよか」
右の口角だけをあげて笑いながら、亮ちゃんは俺の頭をポンポンと撫でた。この笑い方は亮ちゃんの癖だ。かっこつけるときはだいたいこう。実際かっこいいからムカつく。
「じゃ、ロックフェラーも見たし、ここからだと次は……」
亮ちゃんはことりっぷを広げて、地図を指でなぞる。そこには、さっき露店で衝動買いしたお揃いの真鍮の指輪がきらっと光っていた。
「とりあえず、セントラルパークでも行こか」
「その前に五番街のシャネル寄りたい」
「好きやなぁ、ホンマ」
セントラルパークを散策してから、ハイストリートまでメトロで移動して、ブルックリンブリッジを横断することになった。直射日光がつらくて、俺も亮ちゃんもサングラスをかけている。
「あれやな、レインボーブリッジみたいな感じやな」
「え、やめて? 一緒にしないで?」
橋の上には、俺たちと同じように、たくさんの観光客が列をなしている。主塔からは、この橋を支えるめちゃくちゃ太いケーブルが何本も延び、そこからさらに細いケーブルが毛細血管のように張りめぐらされていて、結構物々しい。それでも、その向こうに見えるローアー・マンハッタンのビル群の景色には、やっぱりため息が出る。新宿とも丸ノ内とも、やっぱり違う。
実は大学のころにニューヨークに留学していたことがある。って言っても一か月だし、結果なんの成果にもなっていないけど。でも、へたくそな英語だけでコミュニケーションを取りながら、他の国からの留学生とともに、例えばセントラルパークでだらだらベーグルサンドを貪ったり、ストームキングまでドライブに行ったりしたことが、無駄だったとは思わない。経験って不思議。何の役にも立っていないのに、どれかひとつ抜けてたら今はないってことでしょう? もし、大学入試に失敗したことや、五年前の父の死や、もっと幼い頃、「オトコ女」といじめられたこと、そのすべてが今につながっているのだとして、だから亮ちゃんと一緒にいられるのだとしたら、それはすごいことだし、俺の人生は俺の管理下にはないんだなぁという変な絶望みたいなものもある。次に何を選択すれば、これからもこのままでいられる?
「どうしたん、変な顔して」
「愛について考えていて。あと、次に変な顔って言ったら殺すから」
「鬼嫁こわ」
橋の中央まで到達すると、なぜか周りの欧米人たちはハグしたり写真を撮ったりと盛り上がり始める。え、まだ対岸に到着してないけど、これは国民性の違いなの? それともSEX AND THE CITYのミランダへのリスペクトなの? とは言いつつもその場の空気に飲まれて、亮ちゃんと二人並んで、スマホで写真を撮ってみる。すごく自然に、亮ちゃんは俺のほっぺにキスをした。だいぶ脳をアメリカナイズされちゃったようですね。
いい気分でブルックリンブリッジを横断し終えた後、一度ホテルに戻ってからドレスコードを整えて、グリニッジ・ヴィレッジにある「ゴッサム・バー・アンド・グリル」に向かった。亮ちゃんは、日本にいるうちから予約を入れていた。天井が高い、なんとなく上品だけどいやな感じのしない店内で、嘘みたいな熱さのステーキを食べる。
「……もう食べれない」
「え~、若いんやから食べてよ。俺ももう無理やから、誠二にあげよ思ってたのに」
「無理っす。めっちゃおいしいけど。これ、シェアでよかったよね」
「……このあと、チョコレートケーキも来ちゃいます」
「地獄か」
食べきれないけれど、往生際わるく肉を細かく切ってつっついていると、予告通りチョコケーキがテーブルに来た。一口食べてみると、なぜ満腹の状態でこんなにおいしいものに出会わなくてはいけないのかと腹立たしくなってくる。まわりのお客さんたちも「HAHAHA、またジャップがストゥーピッドなオーダしてるぜ」的な視線を送っている。
「……俺、食うわ」
亮ちゃんが背筋を伸ばしてナイフを手にする。
「え、マジで? 大丈夫?」
「がんばる……せやから、なあ、これ全部食えたら、俺と一緒に住んでくれへん? ずっと俺とおってくれへん?」