父の夢

文字数 1,362文字

父のパソコンから出てきたもので一番衝撃を受けたものは、「将来の夢」の項目である。




将来の夢、マスターズ
将来は日の丸をつけたい…。

これを見つけたのは、父が亡くなった次の日。
父の急死をまだ受け止められていない自分。
そしてその死んでしまった父の、将来の夢。
なんとも言えない気持ちになった。
将来の夢があったなんて、聞いたことがなかったし、
その夢は、死んでしまった時点で
絶対に叶うことはなくなってしまったのだから。

プロフィール欄に(おととし、48歳)という記述があることから、
この文章自体は50歳の時に書いたものだと推測できる。
50歳という節目に、このようなプロフィールを残したいと思ったのだろうか。
62歳で亡くなったから、少なくとも12年前まで将来の夢をもっていたことになる。

その夢は、死ぬ直前までもち続けていたのだろうか。
誰にも伝えることなく、
ひっそりと残したパソコンデータを時々自分で見つめ、密かに胸に秘める思いを燃やしていたのだろうか。

ストイックな生活をしていた父を思い返してみたら、たしかに、そんな夢を抱いていたとしても不思議ではないと感じる。
食事制限やアルコール制限、体重管理、走り込み。
密かに思っていた目標を見つめ、
誰にも明かすことなく、
文字通り突っ走っていたのかもしれない。

34歳である私に「将来の夢」と呼べるものが見当たらない。
そうか、父は将来の夢をもっていたんだ。

なんか、それが悔しくもあり、嬉しくもあり…
とにかく、持ち主を失ったパソコンのデータから、
私が知らない父と出会えたような気がした。

自分には、まだ将来がある。
父のような夢をもってみようかな。
今、本気でそれを考えている。


陸上という競技は、個人の努力が数値として明確に表れやすい競技だと思う。
だからこそ、父は年を取っても努力を怠らなかった。

マメだった父は、出場した全ての大会の記録賞を大切に保管していた。
もちろん、そこには自分のタイムが書かれている。
同じ大会に出たことがあれば、速くなったか遅くなったかは一目瞭然だ。

父は負けず嫌いだ。
同年代の他人に負けることはもちろん、去年の自分に負けることも許せなかったことだろう。

父のプロフィールを見ても、タイムにはかなりこだわっていたことが伺われる。

でも、やはり年には勝てない。
年齢と共に悪くなっていく自分の成績。
それを認めたくないという気持ちもあっただろう。
将来の夢を掲げつつ、
その思いと反して衰えていく自分。
本格的な長距離ランナーとして走り続けていた父にとっては、許しがたい事実だっただろう。

少しでも衰えを抑えるために、父はパソコンに体重を記録し、管理をしていた。



「言い訳」という欄を作っているところが、何ともかわいらしい。
右の方の○や△などの記号はよく分からないが、
とにかくほぼ毎日パソコンに入力して、
体重を管理していたようだ。
まだマスターズを見越した上で、記録していたのだろうか。

亡くなったのが7月23日(木)で、20日(月)が最後の記録となった。
15日の夜から18日まで徳島にある祖母の家に行っていたので、
そこの記録が無いのは分かる。
死んでしまった朝を含め、直前3日間の記録が無いことが、今となっては気になる。

ただ忘れてしまっていただけなのか、
それとも、何か体の異変を感じていたのか…。
今はもう、知る術もない。
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