父とパソコン

文字数 2,142文字

父の仕事はそこそこ大きな会社のシステムエンジニアだった。
詳しいことは分からないが、自分たちの会社に必要なシステムを開発するのが主な仕事だと聞いたことがある。
外注ではなく、自社開発。
父はその自社開発をする人。そう認識している。

一度も転職することなく、同じ会社で定年を迎え、再雇用としてまだ働くつもりだった。
最近はコロナのこともあり、出勤するのは週に2、3回。
あとはリモートで在宅勤務をしていた。



父のパソコンに残っていた経歴。
そこには、その年に起こった会社や家族の大きな出来事を「トピックス」という項目にまとめ、記録していた。
スタートは18歳からだったが、若い頃の出来事は思い出しながら書いたのだろう。
「父の夢」の項でも触れたが、おそらく50歳の節目に自分の経歴をまとめたものだと私は思っている。
その後も、1年に数項目、大きな出来事があった時に入力していたようだ。
昨年、マンションの管理組合役員となったこともしっかり入っている。

私が生まれた日はもちろん、進学先の高校や大学の情報、引っ越し先の住所なども書かれていた。
私が購入したマンションの値段まで書かれていたのは驚いた。
間違っていたが。

私から見て祖父や祖母の死亡日時なども記録されていた。
父にとっての母はまだ生きている。
祖母にとっては、先に息子を亡くしてしまったことになる。

この経歴の最後は、「65歳 再雇用満了」だ。
その再雇用は、実際は62歳で死亡したことで終了してしまった。
生前は65歳を超えても働きたいという思いがあったようで、家の近くの診療所の仕事に就くために就職活動をしていた。
そこでも、今まで培ってきたパソコンの技術を生かせることを期待していたみたいだが、
仕事内容は介護中心だったようで、面接の後にガッカリして帰ってきたらしい。
亡くなる2ヶ月前のことだ。

父にとって、パソコンはとても身近な存在だった。
仕事の道具としてはもちろん、このような人生の備忘録的な役割も担っていた。

いつまで経歴を記録するつもりだったかは分からないが、この経歴の主人公は亡くなってしまった。
母に、冗談半分で「これからは俺が引き継ぐよ。」と言ってみた。

「良いじゃん。やりなよ。」と言うので、試しに
「以降、次男が引き継ぐ」と入力した上で
「2020年7月23日 父死亡」
という項目を付け加えてみた。

多少の虚しさを感じてしまったが、
父の人生を引き継いだようにも感じられ、不思議な気持ちになった。

私は父と違ってマメでは無い。
この「父死亡」以降の項目が更新されることは、
もしかしたら、無いかもしれない。



父がシステムエンジニアという仕事に就いていたため、我が家には比較的早くからパソコンが備えられていた。
私がまだ小学校低学年の頃だったと思う。
当時は、まだ一般家庭にそれほどパソコンは普及していなかった。

テレビとは違うけど、テレビのようなモニター。
たくさんのボタンで敷き詰められたキーボード。
カタカタとリズミカルに、心地よく響く音。
そんなものに、小学校低学年の私が興味をもたない訳がない。

一度は誰でもやったであろう、10本の指を使ってデタラメにキーボードを打つ、あれ。
あれをやっているだけで、何故か大人になったように感じられた、あの頃。
もちろん、入力される文字はデタラメだった。
しかし、父がそれをすれば、きちんとした言葉になる。
それがとても不思議だった。

私は、父の扱うパソコンに興味をもった。
そして、使い方を教わっては、自分なりにできることをやり始めた。
うまくいかなかったら、父親に聞く。
うまくいったら、工夫してさらに出来ることを考える。

今でこそ注目されているプログラミング教育。
ある意味、25年程前から私はそれをやっていたようなものだった。
しかも、講師付き。
今思えば、英才教育そのものだ。

小学校高学年の頃だったか、ホームページを作ってみて、公開してみた。
トップページを見栄えよくして、訪れる人が興味のありそうなコンテンツを並べてみる。
最初はなかなかアクセス数が増えない。

父が持っていたホームページに関する本を読みあさった。
Javaスクリプト?何だそれ。
HTMLタグ?こういうやり方があったか。
分からなければ講師に聞く。
たまに、その講師である父にも分からないことがあった。
でも、次の日には調べてきてくれたり、
解決するまで、むしろ父のほうが夢中になって試行錯誤し始めたりした。

自分が一生懸命になればなるほど、1日のアクセス数は増加した。
結果が出ることが嬉しく達成感を味わっていた。

そのホームページは数年で閉じてしまったが、
そんな経験ができたことは自分にとって大きな経験であり、
父がいなければ絶対に実現しなかったことだと思う。

教育は、その時の環境によって大きく左右される。
私に大きな影響を与えたのは、まさしく父とパソコンだったと、今になって感じられる。

私はシステムエンジニアではない。
むしろ、それからは程遠い職に就いている。
しかし、今の職場で、パソコンの技術で一目置かれる存在にはなっている。
トライ&エラーを繰り返しながら、よい良いものを目指そうとする向上心も備わった。

父にとって、パソコンは相棒のような存在だった。
同時に、私にとっても、大切な存在であったと言えるだろう。
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