第1話

文字数 11,457文字

 六月の良いお天気の昼下がりのことでございます。
 その日、所用があったため、出かけようと玄関を出ましたところ、軒下に何かが落ちています。濃いグレーのふかふかした大きな綿埃のようなものは、私が近寄ると鳴きました。
 ぴー
 ああ、雛です。軒下の巣から落ちたのでしょう、落ちてくるのは美少女だけでよいのに、のに…、そのままにしておくわけにもいきません、箱に保護します。その間も警戒せず、ぴよぴよしています。この危機意識のなさ、フレンドリーさは、野生動物としていかがなものかとは思いましたが、雛なのでしかたないのでしょうか。
 お出かけはキャンセルして、Google先生に聞くことにします。「雛を拾ったら」どうしましょう?
「巣落ち雛は拾わない。」
 すみません、先生。拾ってしまいました…
 気を取り直して、検索を続けます、
「素手では触らない。」
 ダニやウイルスを持っていることがあるので、気を付けましょう。ということらしいです。
 すみません、すぐに手は洗ったのですが先生、次回から手袋着用いたします。
「けがをしていないか、弱っていないか観察する。」
 ぴーぴー、元気そうです、手袋をして確認させていただいたところ、骨も大丈夫そうです。
 おちりの確認をするとおちりはまだ羽毛も生えていません、ハゲです。目は明いていたので、生後6~7日くらいでしょうか、はげたおちりをみられて怒っているようで、抗議の声が上がりましたが無視します。羽毛がアホ毛のように頭に二本立っています、可愛いです。先ほどから警戒心をかけらも見せないので、ちょっと残念な子かもしれません。
「雛は保温が大事だから、湯たんぽなど利用して30℃を維持しましょう」
 ペットボトル湯たんぽを箱の側面に設置、温度計も箱にさして確認します。30℃です、良いようです。足の爪に絡まりそうなので、タオルや布はやめてタオルペーパーにしておきます。
「元気そうだったら、保水から始めましょう。5%のぬるい砂糖水(濃度が濃いと高血糖になって死亡することがあるので5%です。)を、一粒くちばしの横に付けます。水分をあげすぎると下痢するので一時間に一粒でよいです。」
 了解です、無印のシリコンスプーンはツバメ用にしましょう。一粒くちばしの横に付けてあげると上手に飲みます。40分ほどしてもう一粒、よい糞も出ています。
「元気なら練り餌を与えて下さい、7分が良いです。」
 すみません先生、練り餌がないです。
「ない場合はゆで卵をすりつぶし少しずつ与えましょう、食いつきが良くないときは先ほどの砂糖水を少し加えると良いです。」
 卵を茹でます、乳鉢ですりつぶして与えます。美味しそうに食べています、誤嚥に注意しながらもう少し追加で与えます。
 さて、この後どうしたものか…、野鳥を拾ったら関係機関に連絡をしなくてはならないようです。都道府県によって違うようなので検索してみます。出てきました、ありがとうGoogle先生、びば、パソコン。とりあえず、連絡してみます。
「軒下の巣から落ちたツバメの雛を保護しました。どうすればよいのでしょうか、」
 と、告げたところ担当の方に回されました。
 担当のお兄さんは言いました。
「巣に戻せますか、」
「高い位置なので…」厳しいと伝えます。
「では、カップ麺の空き容器などに入れて巣の近くの安全な場所においてあげてください。お父さん、お母さんは見ていますから、お世話しにやってきます、大丈夫です。」
 そうですか、でも、お父さんお母さんが来なくて、このまま保護し続けることになったらどうしましょうとお話しすると、お兄さんは明るく言います。
「そうなったら、その時またご相談ください」
 そうですね、その時はその時ですね。

 とりあえず、このまま卵のすり身というのも栄養面で不安です、おなかは壊していないようですが、検索してみるとコオロギ・ミルワームなどが推奨されています。バッタ・トンボなどを捕獲して与えたり、ささみ、マグロを小さく切ったものを与えている方もいます。意外と食べられるものは多そうです。
 いろいろ考慮の末、近くのペットショップに行ってコオロギを買ってくることにしました。コオロギ様には何の恨みもございませんが、雛さまのご飯になっていただくとします。とりあえず小さなものを20匹ほど購入したので差し上げてみます。先の平たいピンセットがあったので、つまんで差し上げましたところ、たいそうお気に召したご様子。
 硬いところは取り除くとの義でしたのでそのようにいたします。すまぬ…コオロギすまぬ…、 (詳細は割愛させていただきます。)
 おいしそうに食べています。ごはん問題は何とかなりそうでございます。
 さて、とりあえず雛さまを巣にお返し申さねば…、
 こんな時こそ持つべきものは友人でございます。仕事帰りに脚立を持って来てくれる手筈が整いましたので、安心して夕方まで待つことにします。
 人のにおいがつくと親が世話しなくなる、という説が巷間に流布されている様ですが、日本野鳥の会が、
「野鳥はそこまで嗅覚鋭くないので、親が留守の間にこっそりもどしましょう。」
と、おっしゃっておられるので、皆様ご安心ください。
 夕方、脚立、もとい友人が来たのでこっそり雛さまを巣にお戻し申し上げました
 少し寂しくはございましたが、雛さまは巣に戻られたので、一安心でございます。
 しかし、この時、わたくしの中にはかすかな予感があったのでございます。あのアホ毛の立った雛は…また…、ひょっとしたら…、と、
 次の日も朝早くから、お父さんツバメとお母さんツバメが忙しく雛さまの世話をしています。 昨日の雛さまもお元気そうです、よかった、よかった。食べ残しのコオロギ様を庭に開放します。あとはツバメの大家さんとして、影からあきこねーちゃんのようにそっと見守ろう、穏やかな日々が始まるはずでした…。

 しかし、平穏な日々は短かったのです。2日後に嵐がやってきたのです。比喩ではございません。急速に発達した低気圧のせいで大荒れの模様、と、お天気おねいさんは言います。
 低気圧空気読め、大体がなぁ、お前はだなぁ、と小一時間問い詰めたいのを我慢します。
 この春はお天気が不安定で雨が多く、ツバメ様御一家が子育てに苦慮されているご様子でした。そこへ追い打ちをかけるかのような爆弾低気圧、あなたは鬼か、
 お天気相手に憤ってみてもしかたありません。今夜半に大荒れの模様ですので、大きな箱にビニールにくるんだ座布団を敷いたものを巣の下に設置します。巣が壊れて雛さまたちが下に落ちた時の用心です。杞憂に終わればいいのですが、
 お天気は予報どおり大荒れで、一晩中暴風雨が吹き荒れました。
 翌朝早く確認してみると巣は壊れていませんでしたが、巣にいた雛さま三羽がみんな落ちていました。一羽は箱の外で息絶えていました。しかし、箱でキャッチできた二羽は生きていました。元気はありませんが大丈夫そうです。まず、あったかい箱に移します。けがの有無を確認しながら、体を拭いて、砂糖水・卵の順番でご飯をあげてみることにします。温まった二羽は元気を回復し、ぴーぴー、あれ?
 二羽のうち一羽はやや大きく、小さいほうのアホ毛がこの間の雛さまのようです。小さい雛さまは相変わらずのフレンドリーさで、ぴよぴよしていますが、大きいほうは固まって様子を見ています。
 そうだよね、君たち野生動物だもんね、警戒するよね。小さい雛さまにアホ毛が立っているのは伊達ではないようです。まず、小さい雛さまからご飯を差し上げてみます。おいしそうに食べています。その様子を見た大きなほうも、ぴーぴーおねだりし始めました、安全確認していたのでしょうか、賢いです君。
 栄養を取り、元気な様子でしたので、ペットショップの開店を待ってコオロギ様を買いに行き、友人にメールします。脚立よろしくと、
 コオロギ様をたらふく召し上がっていただいて、また巣に戻します。
 もう落ちてくるんじゃないぞ、私の心臓に悪いからな。二羽のご兄弟の雛さまは庭に埋葬させていただきました。ご冥福をお祈りいたします。その後、お父さんとお母さんが戻ってきたのを確認して、一安心のはずでした。しかし、神ならぬ身のわたくしにはそのあとも続く試練が予測できなかったのです。

 その二日後、週末で良いお天気の気持ちの良い日でした。友人とカラオケの予定を控えていたわたくしは、んふんふと玄関を出ました。ぴー
 あえ? なんかいる、なんか…
 なんでいるの、君? アホ毛の雛さまがフレンドリーな様子でおられました。また落ちとんのかーい! さすがに突っ込まずにはいられません、
 落ちていました、三回目です。あかんやろ、落ちすぎやろキミ、
 とりあえず拾います、近所にはカラス様もネコ様もお住まいなので危険が危ないです。
 友人たちにはメールします。「またアレが落ちていたので拾いました、カラオケ休む。」と、
カラオケ前に友人たちが差し入れにコオロギさまを持ってきてくれたので、雛さまへのお目通りを許可しました。友人たちにもぴーぴーと愛想がよい雛さま、こんなにフレンドリーで野生動物としていいのか、大丈夫なのか、と、いろいろ不安ですが、古人曰く、「生きて動いていたら大丈夫」とのことですので、多少のことは気にしないことにします。

 しかし、ここにきて、このまま巣に戻して、落ち続けたらどうしようという不安が沸き上がります。鳥類の知識は乏しいのですが、無い知恵を絞って仮説を立ててみます。

① 外からはわからないが、育たないような障害があって親鳥に見捨てられている。
② 大きい兄弟との生存競争に負けている。
③ おっちょこちょいである。

 おっちょこちょいがビンゴな気がします。どうしたものか…、
 このまま落ち続けて儚く亡くなられても、わたくしの夢見が悪うございます、致し方ありません。「わたくしが育てましょう、雛さまを、」雄々しくそう思ったことがなんかアレだったと、後程思い知るのですが、神ならぬ身のわたくしには……
 そうなれば、まず情報収集です。パソコン様を開発してくださった先達に感謝しつつ、いろいろ検索してみます。障害のあるツバメを保護していらっしゃる方のブログなど見ながら、この雛さまがそうであった場合、最後まで看取る覚悟があるのか自問自答します。ヘタレそうになります。
 その時はその時考えよう…、
 そして、ツバメは厳しい大自然の中、生涯を空で過ごすアスリートな野鳥で、育てるより、放鳥が難しい鳥とのことです。
 …不安は山ほどありますが、わたくしはとりあえず、お育て申し上げる覚悟完了したのでございます。コオロギ様をピンセットでつまみながら…、

 そうなると、計画的に養育しなくてはなりません。ツバメ様は孵化後23~24日ほどで成鳥になり巣立つそうです、尻が剥げていても、目が開いて、羽毛は生えていることから最初に拾った時点で生後一週間前後の雛さまと仮定します。そうするとあと二週間ほどで私の手を離れることになります。二週間なら何とかなるだろうか、いや…不安だ、
 まず、ご飯はペットショップで調達できそうです、コオロギとミルワームでよさそうです。ミルワームだけですとビタミン・カルシウムが不足することがあるので、コオロギをメインにしてみようと思います。本人も気に入っているようです。ちなみに、コオロギ様は低カロリー・高たんぱくで健康に良く、昆虫食愛好家の皆様にも好評な食材のようです。すごいなコオロギ様、食べる勇気はないけどな、
 おうちも作ります、どん兵衛を久しぶりに食べます。おいしいです。
 どん兵衛のカップを縦に半分に切って段ボールと組み合わせて、ツバメの巣っぽくします。雛さまは足がそれほど強くないのでキッチンペーパーで底上げします。汚れたらペーパーを捨てて取り換えられるので衛生面でもよいです。
 おうちとご飯が何とかなりそうです。やれやれ
 この時点で、名前がないのも不便だなと思いましたので、僭越ながらわたくしが仮の名を付けさせていただくことにしました。ちゅん太さんです、あなたは今日からちゅん太さんです。
 そんなことは気にせず、ちゅん太さんは餌をねだります。ぴー 異議はないようなので決定しました。外にいる兄弟のことは便宜上、兄者と呼称させていただきます。

 立派に育った場合、野生に帰って行かれる雛様です。 人工的な環境に慣れすぎるのは野生動物として危険です、気を付けないといけません。ということで、外に近い環境で育てようと思います。
 まず、2階の直射日光が当たらない窓辺にちゅん太ハウスを設置します、ちゅんたさんは屋内ではなく外を見ることになります。姑息な手ですがよさそうです、様子見ることにします。餌は30分おきに朝5時から夕方7時までにしてみます、がんばれ私、
 そして、給餌の時には私の姿をできるだけ見せずに、手には黒い手袋を装着し、お母さんのふりをすることにします。
 餌を差し上げに伺ったところ、窓の外に黒い影がひらひらしています、窓の外にお父さんとお母さんが飛んでいます。華麗な飛翔です、旋回もホバリングもたいへんお上手です。ちゅん太さんは見捨てられてないのでは? 急遽、巣の位置を変更します、玄関のもとの巣近くに設置しなおします。日よけ、カラス除けも設置します。
 お父さんお母さんは来てくれるでしょうか、様子は見てくれているようです。でも、わたくし製作のちゅん太ハウスが怪しすぎたのでしょうか、近寄ってはくれないのです。餌を差し上げながら様子を見ます。玄関先がこんなことになっているのですが、お父さんお母さんは逃げずに兄者のところには来ている様子です。
 さて、ここでわたくしは大変悩みました。ちゅん太さんをまた巣に戻すか、このままで様子をみるかです。しかし、今までの三回は運が大変良かったとしか言えない状態でした。私が早く発見しているから助かっただけです。このまま何度も落ちていると、発見が遅れることもあるでしょう。ここでわたくしは乗りかかった船に乗り続けることにしました。
 ちゅん太ハウスからも落っこちる心配はありましたので、下に箱を設置していましたがちゅんたハウスからは落ちてきませんでした。
 ちゅん太さんはまだ飛べないので、日中は外、夜は屋内で過ごしていただくことにします。
 次の日から朝の五時前に起床します。ちゅん太さんにご飯を差し上げます。差し上げながらついうっかり話しかけてしまいます。
「ちゅん太さんねえ、朝のこの時間帯はカラスさんがくるから、カラスさんがいなくなったらおんもに出ようねえ。」
 ぴー、
 このニュアンスを文字にはできないのですが、ちゅん太さんがお返事しています、ぴよぴよとさえずり始めます、なんかおしゃべりしているみたいです。ツバメの雛さまがこんな風にさえずることがあるとは、ツバメの大家さんを長年やっておりますが寡聞にして存じ上げませんでした。ただでさえ可愛いのに、可愛すぎて死にそうです。しかし、人に慣れるのは野生動物として致命的ともいえます。人と共生関係にあるツバメ様としても、それはそうでしょう。
 わたくしは心を鬼にして話しかけるのは心の中だけにしようと決めました。
 こうして、朝5時から夜7時まで30分おきにご飯、カラス様のご来襲など何かあった時には、人間の私が大人気なく介入しようと心に決めて、ちゅん太さんとの素敵生活が始まりました。
お父さまお母さまには、最初に一度威嚇されたのですが、その後それもなく、ご飯をお母さんのふりして運ぶ日々が続きました。
 最初、ちゅん太さんの体重は10グラムほどでした。ツバメ様は成鳥で平均して体重18グラム、雛と成鳥の差はあまりないのだそうです。最初におちてきたときを、目が明いている(生後一週間)と考えると今は12~13グラムほどあるのが普通とのことで、やや小さいようです。太らせねばなりません。飛べる程度に、
 そんなことは杞憂でした……
 ちゅん太さんはよくお食べになります。小ぶりなコオロギ様を100匹ほど消費した日もありました。あの小さな体のどこに消えているのか不思議でした。
 可愛い顔をして、ちゅん太、恐ろしい子…
 食べすぎではないかと心配しましたが、いい糞も出て、おなかの調子もよさそうです。
 ツバメ様の雛は最初巣の中に糞をするので、親がお掃除をするそうですが、育ってくるとお尻を外に出して糞をするようになります。ちゅん太ハウスのふちでお尻を振り振りしながら糞をするちゅん太さん、もうお尻は剥げていません、ふかふかです。ふかふかを振り振り、可愛くて死にそうです。体重測定の時に私の手の上にいつも糞をするのも許しましょう。可愛いから許すとゆうのはこのことでしょうか、
 このころにはちゅん太さんの体重は16グラムになっていました。良い感じなので体重測定もここで終了しました。一日一度のこととはいえ、人の手に慣れてしまったらよくなかろうと判断したからです。ごはんの食べが良くなかったり、下痢したり、体調が悪い様子でしたら測定しましょうと思ったのですが、その後は測定することはありませんでした。
 そして、ある日、コオロギさまを購入に、もはや日参しているといっても過言ではないペットショップに行きましたところ。
「コオロギください」
「すみません、本日、コオロギは品切れしていまして…」
「み、ミルワームは…」
「ミルワームも品切れです。」
 そうですよね、毎日毎日、馬鹿みたいに買いに行ってりゃ、入荷も間に合いませんよね…、すみません、すみません… お店の方は優しく、
「飼ってらっしゃるのは何ですか?餌のご相談に乗ることもできると思いますので、」
 と、言ってくださいました。ありがとうございます
「ツバメの雛です。」
 お店の方がえーと…、となります。そうですよね、ペットショップにはツバメ様いらっしゃらないですものね。
「2~3日で入荷するのでお取り置きしておきますか」と言ってくださったので、予約します。人生で初めてコオロギを予約するわたくし、
 さて、残っているミルワームも心もとないので、何とか足りない分を調達しなければなりません。どうしたものか…
 ちゅん太さんを置いて遠出もできないので、ご近所のイオンに行ってみます。ペットショップはないのですが、水槽が置かれて、中にヘラクレスオオカブトムシが入っています、結構なお値段です。となりで鈴虫がりーりーいっています。鈴虫か…
 今考えていたことを、頭をぶんぶんして振り払います。冷静になれ私、こんな数匹の鈴虫、ちゅん太さんにかかれば瞬殺だ、しかもお値段が高い。
 横を見ると、よいこのために補虫網が置いてあります。わたくしは補注網を持ってレジに向かいました、もはや躊躇っている場合ではございません。ちゅん太さんと生活するようになってから何度目かの覚悟を完了します。
 近所の空き地は草ボーボーです、いい感じです。虫取りは何十年ぶりですが腕が鈍っていないといいな、と思いながら網を振ります。お天気もじりじりと暑いです。
 釣果は30分ほどで小さいバッタ様30匹、腕は鈍っていなかったようです。
 早速、ちゅん太さんに差し上げてみます。
 この時のちゅん太さんの「ハンバーグだと思って口を開けていたら、ピーマンを口に入れられた子供」のような表情をわたくしは生涯忘れることはないでしょう。しかし、本日はこれで我慢していただくしかありません。ちゅん太さんは目の前で手をひらひらさせるとお口をぱかーとしてくださるので、そのまま、がんがんバッタを召し上がっていただきます。
 よい糞もしているので安心です、天然ものなので体にも良いのではと思うのですがどうなのでしょう。
 次の日、ペットショップから連絡が入ります。コオロギ様入荷との義、はせ参じます。
 ミルワームも購入いたします。ああ、新鮮ですね、今日はサービスデーで少しお安いのですね、ありがとうございます。
 このころになるとかなり大きくなってきたちゅん太さん、いや、大きくなっても18グラムとかなんですけど、成鳥に近い体型になってきました。尾羽も伸びてきて、心なしか、お顔立ちもキリっとしてきたような気がします。でも、アホ毛は立っています。巣立ちも近いので一日一日変化がみられるような感じです。兄者は餌独り占めなので、お父さんお母さんよりやや大きいです。と、飛べるよね、キミ? 
 また、このころより、わたくしの動向とちゅん太さんの様子をいつも見守っていたお母さまが、よくドアノブに留まってちゅん太さんに話しかける様子が見られるようになりました。
 午前に多くご飯を差し上げて、昼ころはお母さまがいらっしゃるので、餌の間隔をあけて様子を見ます。ドアノブにやってきたお母さまがさえずると、それを復唱するちゅん太さん、絵本のような心洗われる光景です。
 そして、23日目に兄者が旅立ちました。空になった巣を見て、その時が近づいているのをひしひしと感じるわたくし、このままずっとちゅん太さんがうちにいてもいいのに…、しかし、そういうわけにはまいりません、やはり野におけすみれ花、ツバメには大空が似合うのです。
 兄者に触発されたのか、このころから、ちゅん太さんがちゅん太ハウスのカップのふちにつかまり羽ばたく練習をする様子が多くみられるようになってきました。
 そして、ついに、ちゅん太さんにわたくしが母でないことがばれてしまいました。コオロギを差し出してもおまえは誰だ、お母さんじゃない、と、お口をぱかーしてくださらないちゅん太さん。ああ、ちゅん太さんに知恵がついた。と、喜んでばかりもいられません、来るべき巣立ちの日まで栄養は取っていただかなくては…、わたくしは知恵を絞りました。そして、ちいさい鏡をちゅん太さんの顔の前にかざしてみました。ぴー、口を開けるちゅん太さん、ちょろいぜ、コオロギをお口に突っ込むわたくし、何とかなりそうです。
 兄者出立から二日後、夜から雨が降り、朝にやみました。雛は低気圧が通過するときに巣立ちます。
 その日の午前中、私がドアを開けるとちゅん太さんが飛びました。力強い羽ばたきでしたが、前の道路に着地します。へたり込んでいるちゅん太さんを拾いに行きます。俺は飛んだぜ、みたいな顔しています。初飛行ですね、ご立派です。
 ちゅん太ハウスにもどします、午後にお母さまが来られた時に巣立たれるとちょうどよいし、安全だなあと思いながらコオロギを差し上げます。兄者よりも遅れていますが、今日明日にも彼は旅立つでしょう、思えばここまで、あっという間の日々でした。
 その日の午後から飛行練習を始めました。玄関で飛行練習をしていた時の事でした、わたくしの手から飛び立ったちゅん太さんは一気に加速していきます、手のひらに感じた風は力強く、羽はずいぶん大きくなっていました。あっという間に小さくなっていく鳥影、追いかけるツバメお母さん、やはり物陰で様子を見ていたようです。わたくしも追いかけますが、飛べないのでいろいろと無理です。
 その後、ご近所の茂みや、道路にちゅん太さんが落ちていないか捜索してみましたが、発見されませんでした。きちんと巣立たれたので、お母さまや仲間とも合流できたでしょうと思うのですが、大丈夫であろうか、大自然で彼はやっていけるのでしょうか、不安は募るのです。ちゅん太さんが旅立たれた今となっては、彼の身の安全をお祈り申し上げるしかございません。コオロギを庭に離しながら彼の身の安寧を祈ります。
 次の日、お買い物帰りの夕方、営巣地に帰るツバメの群れを見ました。尾羽のしっかり伸びた親鳥と伸び切っていない巣立ったばかりの若鳥が飛んでいます。やや小柄で飛ぶのが下手な個体がいます、ちゅん太さんでしょうか、しるしがついているわけではないので確信はないのですが、なんだかそんな気がします。
 あの個体、飛ぶの下手だ…

 その後、夏の間、我が家の周辺で狩りをしているツバメさまをよく見かけました。小気味よく旋回しています、ツバメさまの飛翔能力は高いなと思います。家の周辺に小ぶりな羽と糞が落ちていて、やはりちゅん太さんか兄者がこのへんで狩りをしているのかと思いました、たずねてくれればコオロギの一つもお出しするのにとか思います。
 その後、秋がやってきました。ツバメ様たちが旅立つ時期です。
ツバメ様は巣立った巣に帰ってこないのだそうです。そして来年戻ってこられる個体は巣立った若鳥の10パーセントほど、5000㎞の旅は過酷なのです。多分、もうちゅん太さんには会えないのだなぁと思いました。それは、大変寂しいことですが、大自然のおきてなので致し方ございません。もう、わたくしにできることはちゅん太さんの旅の安全を祈ることだけです。
 
 そして、次の年の春、我が家の巣にはツバメ様が来ませんでした。代わりにカラスほどではないが、やや大きめの鳥の糞が我が家の近くに落ちているのが見られました。裏のお宅の軒下に営巣している鳥さんがいます、多分、糞の主でしょう。去年はいなかったように思います。誰だろう? と思っていますと、思わぬことで鳥種が判明します。
 …雛が落ちてきました。 ベランダに……
 我が家は呪われているのでしょうか、落ちすぎです。
 落ちてくるなら今度は美少女がいいな、神様、

 お天気の良い日でした、
 リビングから、あれ、ベランダに見たことがない鳥さんがいると思いながら、鉢植えに水をやろうとベランダに出ます。ばさばさばさ…飛んで行ったようです。
 水やり後に部屋に入ります。えーと…、僕どこの子かな~、なんかいます、ヒヨドリです。
 裏の子か! 巣落ち雛のようです、巣立ったもののうちのベランダに落ちたようです。そして、びっくりして飛び立ったものの、今度はベランダから我が家に飛び込んでしまったようです。君もおっちょこちょいなのか、
 住人がうっかりだと類が友を呼ぶのか、ふと去年の子育ての日々を思い出します。
 多分、親御さんがお迎えに来るので外に出ていただかなくてはなりません。
 じりじりと距離を詰めるわたくし、部屋を飛び回るひよちゃん、けがをさせてもいけないので、補虫網で捕獲します。買っといてよかった、補虫網。
 ベランダに出すと隣家のベランダに飛んで行ってしまいます。元気そうです。
 フーやれやれ、ちょこちょこ様子を見てあげようといらんおせっかいを思いつつ、気にしていますと、夕方には我が家の庭にきて鳴き始めました。その鳴き声に呼応するように別の鳴き声が聞こえてくるといつの間にか雛はいなくなっていました。親御さんが迎えに来たのだなと安心しました。
 そうして、鳥たちの繁殖期は賑やかに過ぎて行っているようでした。
 リア充どもめ…
 ヒヨドリの縄張りになっていたのでツバメが営巣しなかったのか、来年帰ってくるかな…。

 そして、7月のはじめ、その日がきたのです。

 朝から小鳥さんの声が多く聞かれました。田舎なので小鳥の声は珍しくないのですが、やけに我が家の周辺がいつもより賑やかなのです。かわいい声だなー、小鳥さん多いなー、もう夏だもんね。とか、思いながらほうき片手に庭に出ます。前の道路に、ツバメ様がたくさんいます。  ざっと見て30羽前後、電線にも多く留まっているので、もう少し多いでしょうか、
 成鳥も、今年巣立ったばかりの若い子もいるようです。家の前の道路に集中しているので壮観です。彼らがさえずっていたので今朝は賑やかだったのですね、
 私が前に出ても逃げずに、むしろ目の前を旋回したり、ホバリングしたりしてくれます。手を伸ばせば届きそうです。
 時間はどれくらいだったのでしょう、五分、十分ほどでしょうか、茫然と見ていたのでもっと長かったような気もします。一羽、二羽と飛び去って行き、最後にきれいな背の青い雄がわたくしの頭の上を飛び越していきました。いいお天気でした。
 ツバメのこのような行動は初めてなので、たいへん驚きました、
 確証はないけれど、あの最後のりりしいツバメがちゅん太さんのような気がします。
 帰還のあいさつをありがとう。
 君たち一族の繁栄と安寧をわたくしはいつも祈っています。
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