第19話 煙にまく
文字数 1,517文字
サンの質問に思わず「あっ?うん?」と一瞬考えて、まじめに「まあ、特に結婚しているわけでもないし、大きな問題にはならないけどな~」
「だろ?ここは日本のレストランで、誰かに聞かれる心配もないしね」
「まあな」
変に納得をした僕だが、気がつけばサンのペースに乗せられている。
「や、違うだろ、そういう問題じゃないだろ。だいたい、大人に向かって、タメ口はおかしいだろう」
「あんたさん、今日は女の取り合いに来ているんだ。敬語は可笑しいだろ」
「ネコの息子と取り合いしてもしょうがないだろ。へんな奴だな」
【ため息をついた。なぜか憎めない】
「ところで、お母さんはわかったけど、きみの父親は?」
「はあ?生きていますよ」
サンは話題を変えてきた僕の顔を面白そうに覗きこんだ。
「父親はいるんだね、名前はサンだっけ?」
「僕の名前を知らないの?」
「知らないよ」
「でも、僕の事は知っているだろ?」
知る訳ないだろうお前なんか、僕は深くため息をついた。僕のため息にサンは複雑な声で「なんだよ」と挑戦的だ。
僕は「別に興味はない」と冷たくかわした。
【サンは顔をしかめた】
少し間をおいて「期待してないよ」とサンはふてくされた様子でテーブルに『佑』という字を書きながら
「日本の戸籍は『そうすけ』っていうのだ。名前に親達の強い思いが込められているからさ、子供は面倒な事になるってことかな?」
「ふーん、お母さんに愛されて育ったな」
「ああ、猫みたいかな?」
「猫?」
「舐めるように育てられた」
こいつはマザコンか?ネコが母親だったら想像がつく。サンの顔を真っすぐ見ながら
「それで、お父さんは?」
「お父さん?お父さんは…」
サンは僕の顔をじっと見つめ少し小首をかしげながら
「どうかな?一度もそんな話をしたことないし、これからするか?」
「そうしろ、お前くらいの年ごろは、まだ父親って必要だからな」
【大人ぶってみた】
するとサンは僕の顔を覗き込んで「そうするか?」と僕に聞いて来た。
僕は、この礼儀を知らない、ふてぶてしい態度をとる日本人の若者に煙に巻かれたような気がして「勝手にやれよ」と吐き捨てた。
サンは椅子にのけ反るように座り直し、黙って呆れ返ったように僕の顔を見ていたが、テーブルの裏をコツコツと指で鳴らし始めた。
僕は「机をたたくのをやめろ、大人と話している時に失礼だろ」ときつい調子でいった。
サンは「チッ」と小さく声を上げる。
僕はカズヨの拒絶の話が気になっていた。まさか、自分の子供を拒絶するとは思えないが、今までと違うネコの様子を見ていると、どういうことか知りたかった。ふてくされ多様な態度を取るサンを諫めるように僕はサンに質問した。
「君は一人で居候をしているのだって?」
「そう」
「どうして?」
「知りたい?」
「ああ、知りたいね。家があるのにわざわざ、一人で居候をする理由がね」
「うーん、どうしてかな?お互いの利益の為かな?安全の為かな?」
「どういう事?」まるでネコと話をしているようだ。
ネコはほとんどの場合多くを説明しないか、疑問形だ。断定的な言葉が少ない。僕にいつも宿題をくれるから会話が途切れない。
「第一に家や学校に行くのに便利」
「ふーん、で?第二は?」
「ない」
「?!おい?」
【思わず手が出そうになった】
サンは反射的に席をたった。
「おお~。凶暴だな、剣道をやっていて良かった~敏捷性に欠けると、僕の愛くるしい顔にあざが出来るところだった」とサンは薄笑いを浮かべ「今日は帰るわ、またな」と僕をみた。
「咲枝おばさんから、一緒に帰るように言われたので。少し待て」
僕はなぜか、帰ろうとしたサンをとめた。サンもおとなしくしたがった。