第12話 近づけない怒り
文字数 1,240文字
苛立っていた僕はそのまま感情をネコに押し付け
「あー、まったくどうなっているんだ。わけがわからないよ。少しは太ったのかと思ったら、あー、お風呂に入って来てください」
外見ではわかりにくいが、ネコは小枝のように細い体をしている。事件のトラウマで人に触られるのを極端に嫌うネコは、何枚も重ね着をしていた。重ね着の枚数は対人恐怖症の指数でもあった。ネコは少し考えていたが黙ってバスルームに向かった。
リビングのソファーで力なく座り込んでいた僕だが、バスルームの方から水音が聞こえてくると、重たくなったからだを起こし、ノロノロとバスルームの脱衣場に向かった。
脱衣場では、あちこちにネコが脱ぎ散らかしている。僕はまた、深くため息をつくと、水音がするバスルームに向かって
「ネコ、いくつになったのよ」
「十六才」
「ネコ!また、十六才なの?まったく、冗談をいってる場合?」
「なに?」
「好きな人が出来たから、克服して結婚できたのでしょ?プレゼンテーション会場でもそうだったでしょ。なぜ?どうして?」
僕はネコを責め立てるが、ネコから何も答えが帰ってこない。
【僕はあちこちに脱ぎ散らかした】
ネコが脱いだ服を拾い集め、その衣類をリビングのテーブルの上に広げると、一枚一枚並べ始めた。下着が上下それぞれ三枚ずつ。その上にスラックスやTシャツやチェストを数枚ずつ。上下合計十三枚である。僕が記憶している過去最高枚数である。
僕と一緒にいた時は、随分と枚数が減っていたのに…。
この枚数が多ければ多いほど、深く傷ついた心とからだが、悲鳴を上げていると言うことである。僕は子供の頃の事件の傷を、いまだに抱え苦しんでいるネコがたまらなかった。
バスローブで出てきたネコは、僕に向かって
「ウテ以外に好きな人はいない」
「はあ?」
【僕は驚き、深いため息が出た】
「なにを言ってんだよ。わからないよ。じゃ僕は何のために諦めたの?ネコ、教えてよ?」
ネコは不思議そうな顔をして「ウテは何を諦めたの?」とさらっと答えた。
僕は唖然とした。次の瞬間、僕の何かがはじけ飛んで、自分でも驚くほどの大きな声で怒鳴った。
「ネコ!」
大きな声で怒鳴り立ち上がった僕は、抑えがきかず、ネコを掴もうと、手を伸ばした。ネコは「ヒイ」小さく叫ぶと、かがみこんでひどく緊張し、固まってしまった。
僕は、ネコの悲鳴に我に返った。慌てて彼女から離れ、視線に入らない場所でネコが動き出すのを待った。しばらくすると子猫のように目を潤ませたネコが顔あげた。
【どうしたい?】
ネコに声をかけた。
「お水」ぼそっと声がした。答えが返ってきたのなら、落ち着いた証拠である。
落ち着かない前にこちらが行動すると、ネコは暴れだしてしまう。十七年前にお互いが傷つかないように、迷わないように作ったいくつかのルールのひとつである。
僕は急いで、キッチンに向かうと水を汲んで、ネコがかがんでいる傍のテーブルの上に置いて離れ、ソファーに戻った。