第3話 事件の傷跡
文字数 1,522文字
美宇が横やりを出す。
「うん」
「すごい、十七年間、同じ状態なんてよく耐えていますね」
「はは、そうか、耐えている。そうなのかな?」
「事件の時、小さかったから、あまり詳しいことは知らないけれど、あれは、玄馬さんのせいじゃないでしょ、それどころか命の恩人なんじゃないの?犯人は死んじゃったんだし」
玄馬は暗い顔した。
「玄馬さんそんな顔しないで、愛理姉さんを助けたヒーローなんだから、自慢げでいいよ」
「美宇ちゃん、亡くなった悟志さんのお兄さんは、玄馬の幼馴染だったのよ」
「えー?横須賀駅で喜生ちゃんを追いかけた人でしょ。あーそーか、犯人は喜生ちゃんの近所の人だった。喜生ちゃんの家に行くのに、私やお兄さんも何度か追いかけられたから、階段を使わずに遠回りしてたよ。階段の方に行くと玄馬さんちもあるって言っていたよね」
犯人が愛理姉さんを乱暴しようとして、玄馬さんが助けに入り、もみ合っているうちに崖から落ちたと聞いている。二人の表情をみていると思いだしたくない出来事なのだろう、それにネコに繋がりそうなので、僕は話を止めたかった。
「おー、二人とも穏やかだね。なんかすごいな」と僕がいうと、愛理姉さんが玄馬さんをみて悲しそうに微笑んだ。
「ウテ君は穏やかなんて言葉をよく知っているな」
「はあ」
僕は日本語の使い方がうまいと褒められることが多い。そのたびにネコに鍛えられたからな…。と思う。僕はいつもこんな小さな事でネコに繋がっていく。
玄馬さんが笑いながら
「僕らはねシンプルだよ」
「シンプル?どういう意味ですか?」と僕が聞いた。
「優先順位を二人で決めてから、とてもシンプルになった」
「優先順位?」あまりに唐突な玄馬さんの回答に驚いた。
「順番だよ」愛理姉さんが言った。
「そうなのだ。二人でいる事が一番で、その順番が変わるなら、無理と互いに一言告げる約束になっている」
「なんか、すごい。それですべて、捨てられるものなの?」
「捨てる?」二人共、笑いだした。
【玄馬さんが】
「たとえば、王子様が善良な美しい姫と思って喜んで、結婚したら騙されて悲惨な人生を送る事もある」
それを聞いた愛理姉さんが「なによ、世にも美しい美貌の持ち主の姫がフツーの王子に騙される事もあるでしょ」
「あーそうそう。逆パターンもあります」
と玄馬さんは愛理姉さんの忠告に苦笑いで答えた。
「どんな国だって、離婚する人も死ぬまで添い遂げる人もいる」
「僕らは結婚できない。離れていても二人でいる事が一番大事。そのひとつだけを何よりも大切にしていると、不思議とすべてがうまくいく。だから捨てるのではなく順番が変わるだけだから、そのほかは何も変わらない」
「心が一緒なの」と愛理姉さんが付け加えた。
「それはとっても難しい事じゃないの?」美宇が聞いた。
「そうだね、一緒に生活していても難しい事だと思うよ、だから僕達は君達にとても感謝している。十七年前に手助けをしてもらえなければ状況はもっと悪くなっていただろうし、やんちゃ坊主が次から次へと起こす問題を二人で相談している時は長年連れ添った夫婦のようだよ。おかげで愛理から「無理!」という言葉を聞いていないよ。だから車で送り迎えするくらい喜んでするよ」
【やんちゃ坊主?ってなに?】
美宇が聞いた。
玄馬さんが「さ…」何か答えようとしたが、乗るはずのリムジンバスの時間が迫っていた僕は言葉を遮って、その場を離れた。美宇も含め僕の記憶のすべてが、十七年前に向かって走っていく事に、僕は少々疲弊していた。
もっとゆっくり話をしたいと言う愛理姉さんや玄馬さんが、僕を車で送ってくれると言ったが、仕事の都合があるからと空港で別れた。