彼の話②

文字数 424文字

心も体も脱力し切っているのに、ハンドルを握る腕とペダルを踏む足だけが惰性で動いている。
夜を照らす灯りも、車の中に入る風も、自分の体を締め付けるシートベルトも、鼻の中に残る彼女の煙草の匂いも、全てが自分を否定してきているかのような気分だった。
でも、唯一ラジオから流れる音楽だけは同じ気持ちになってくれている気がした。
抑揚もなく、変わり映えもしない、つまらない曲だった。でもそれが心地よくて清々しい。平坦でありきたりな詩は、いとおしさまで感じた。
他の事が考えられないのには理由がある。きっと、自分では気づいている。

—————もう一度、彼女に会いたい。

後悔する前に、今からでも引き返すべきなのだろうか。いや、例え走り回って探して見つけられたとしても、彼女が足を止めてくれる気はしないし、合わせる顔もない。二人の間にはもう何の関係もない。
 
 「少し……落ち着ける場所に行こう」
 思い出に浸る時間でも作らないと、気が抜けて事故でも起こしてしまいかねなかった。
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