第24話 世界中の鳥かご

文字数 1,353文字

「それではお嬢様、
そろそろまいりましょうか」

ジルがあたしの横に車を着けたので、
助手席のドアを開けて乗り込んだ。

この送迎車ももう二台目か。

小さい頃はいつも
後部座席に乗せられていたが、

いつからかあたしは
自ら助手席に座るようになった。


小さい頃から今に至るまで、毎日毎日、
ジルはあたしの送り迎えを欠かさない。

学校の友達と一緒にお喋りしながら
登校したり下校したり、
そんな経験があたしにはない。

そういう学校の登下校というのは
あたしの憧れの一つでもあった。


ジルはいつも一緒に居てくれて
本当に感謝しているのだけれど

それでも大きくなるにつれて、
息苦しくなることもあった。

監視されているのではないか、
養父の命令で……
そんな風に思えてならなかった。

-

養父とはしばらく
まったく会わない時期があった。

あたしは子供心に
捨てられたんだと思った。

日本で最初に
一緒に住んでいた叔母さんが
よく言っていたからだ。

『あんたなんか
預かるんじゃなかったよ!』

『まったく、なんでこんな子、
預かっちまったんだろうね』

『あんた、いい子にしてないと
捨てちまうからねっ!』

お仕置きと称して、
叩かれたこともあった。

……幼児虐待というやつか。

今にして思えば、
なかなかのクソババアだった。

ぶん殴ってやりたい。


私がいい子じゃなかったから

だから私は捨てられたんだ……

今度のお父さんが望むような
黒い髪の子じゃないから……

そう思い込んで
ジルにも隠れて泣いていたこともある。



だから、しばらくして
また顔を会わせるようになった時
あたしは安心してホッとした。

しかしそれと同時に、今度は
絶対に家から出てはダメだと言われる。

外に出てはいけないと。

今度のお父さん、
どうしてあなたは、
そんな意地悪ばかりするの?

そんなに私のことが
嫌いなの? 憎いの?


私は毎日ずっと
家の中に閉じ込められている。

これではまるで
鳥かごに閉じ込められた鳥。

自由に青い空を
飛ぶことも許されない。

せいぜい鳥かごの中を
跳ね回るぐらいしか出来ない
鳥かごの中の鳥。


誰かがこの鳥かごの中から
解き放ってくれないだろうか

次第にそんな風に思いはじめる。

それは、もう
父親に愛されることは諦めたから、

誰か私を自由にして欲しい、
そういうことだったのかもしれない。


しかも外に出る時は
マスクを着けなければならない

そして、喋ってはいけない。

私はマスクを着けるのが
嫌で嫌でしょうがなかった。

なんで私は
声すら出してはいけないの?

そんなに私の声を聞くのが嫌なの?

私の声を誰かに聞かせるのが嫌なの?

私はお喋りすらもしちゃいけないの?


それが
自分だけではなかったことを知ったのは、
きちんと理解出来るようになったのは、
その後、随分と経ってからのことだった。

日本中の、いや世界中の人達が
家の中に閉じ込められ、外出を禁止され、
喋ることを極力避けて、
他人と接触することを止められていた。

世界中の人々が
鳥かごに囚われているなんて、
あたしは知らなかった……。

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