第19話 中年の再就職

文字数 1,403文字

「再就職かぁ……」

最近、私は
再就職を考えるようになっていた。

今、私は無職であり、
何もせずに一日中家に居る。

お金はあるので、本来なら
それでも構わない筈なのだが

子を持つ一人の父親として
それはどうなのかと思いはじめたのだ。

やはり子供には
親が働く姿を、その背中を見せて
育てるべきではないのか。

古い考え方だと言われそうだが、
実際に古いおっさんなので仕方がない。

とは言え、五十を超えた
中高年に属してしまうおっさんに
そんな再就職先があるとも思えない。

せいぜいコンビニの夜勤とか
深夜の警備員とか、
それぐらいしか再就職先も無いだろう、
その程度に覚悟してはいた。

-

もう一つ理由がある。

むしろ自分自身に
正直に問いただせば、
こちらの方が本音なのかもしれない。

一日中、家でじっとしていると

娘のファニーと家政婦のジル、
二人ともずっと一緒に居ることになり、
ストレスを感じはじめているのだ。

他人と一定の距離を
常に保って生きて来た私からすると
それなりの精神的負担、心労とも言えた。

他者との接触が苦痛な私が
養子をもらうということに、
そもそも無理があったのか

偽善者らしいと言えば、
偽善者らしい弱音

だが、もちろん今更途中で
放り投げる訳にはいかない。

例え、もし偽善であったとしても、
彼女達二人の面倒は
最後まで見なくてはならない。

それだけは心に決めている。

-

大した再就職先も無いだろう、
そんな風に考えていたのだが

ダメもとで受けてみた
普通の一般企業に再就職出来てしまった。

しかも、この上無く忙しい。

宝くじに当選して以来、
幸運に取り憑かれてでもいるのだろうか?

幸福と不幸のプラマイゼロ説は
どうなった?

これでは幸福と不幸のバランスが
滅茶苦茶じゃあないか。

はじめはそんなことも考えていた。


しかし、しばらくすると
その理由が分かる。

これは、もしかして
ブラック企業ではないのか?

ブラック企業だから
慢性的に人が辞めて、足りておらず
中高年でも誰でもいいから
採用していると。

お金には不自由していない筈なのに
ブラック企業で働きはじめる。

これは一体どういうことだい?

なんでこんなことになった?


毎日、夜は遅く、朝は早い。

それに付き合わせてしまっては
ジルが可哀想なので

私に構わず、いつでも
先に休んでいいと伝えておく。

ジルの雇用主である私が、
彼女にブラック企業並みの働きをさせている
そう思ったことはあったが、

まさか自分がブラック企業で
働くことになるとは思いもしなかった。


ファニーが寝ている時間に出掛け、
ファニーが寝ている時間に帰って来る。

私は家に帰った後、
彼女の可愛らしい寝顔を見るだけ。

そんな生活がしばらく続いたので、
彼女が私の顔を覚えてくれているか、
若干不安すら感じている。

次、私の顔を見た時、
『おじさん、誰?』と言われかねない。

とは言っても、世の中には
きっとそういうお父さんも多いのだろう。


しかしながら、今は
家に帰った後の彼女の寝顔と

LINEでジルが送ってくれる
娘の報告や写真を
仕事の合間に見て、

それで満足している。

自分にはそれぐらいの距離が
ちょうどいいのかもしれない……。

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