第2話 毎週寄らせる女

文字数 1,515文字

 毎週来てくださるお客様からのご指名。お金払って、こんなことされて、何が楽しいのかしら? 人の好みって、ホント、分からないものだわ。

 焦らしの時間はおしまいね。あたしは気持ちを切り替え、目つきを変える。鏡を見て確かめる。これで完璧ね。でも、あたしの美意識からは遠くなってしまっている。これもお金のため、自分の演劇修行のため、そして、喜んでくださるお客様のため。

 ソファーにお客様が座っている。申し訳ないと思いながら睨むあたし。こちらから声をかけちゃダメなの。無言でメンソレータムのタバコを取り出し、咥えた。お客様がさっと立ち上がり、あたしの前に跪く。ごめんなさい、と心の中で叫んでいると、火を点けていただいた。ワンレングスの髪にニオイがついちゃうし、本当はタバコも好きじゃないんだけど。深く吸い込まないように気を付けながら、あたしは顎だけで彼に伝える。どうか、座って下さい――。

 許可を求められたので、黙って頷いた。なるべく喋らない。こういうお店で働く女の子って、基本的にはおしゃべり好きなはず。なのに、この新しいスタイルのお店は、逆を求められる。出来るだけ寡黙に、命令口調で、怒りながら。暴力はさすがに要求されないけど。でも、お客様からベタベタ触られたりはしないのは、いい。

 お客様のお仕事がうまくいったみたい。お話自体は面白くないけど、お仕事の成功は喜ばしいわね。でもやっぱり、こう言わなきゃ。

「何調子にのってんだ? それぐらい誰でも出来んだよ!」
 そしたら、目元が緩みまくっていたわ。俯いていてもバレバレだった。うん、よく分かんないわね。

 このお客様はご飯を奢ってくれるので、あたしは結構好き。普段は使わない言葉で、今夜はお寿司をお願いした。申し訳ないのは、二十四時間営業のキブンイーブンで売っているお寿司を「上握り」と称して一人前で三千円払わせていることね。まあ、「大東海上火災」なんていうエリート企業に勤めているらしいから、大丈夫か。それに、毎週きっちり一時間で帰っちゃう。こういうお客様は賢いなあ、と少し尊敬します。ははは。でもあたしの分以外も買ってもらうからね。ごめんなさい。あ、この方はこれも嬉しいんだよね、変なの。

 マッカランなんかも入れてくれるから、あたしの成績も上がるけど、気の毒でもあるわね。あたしは次のお客様もあるので、薄く作ってほしい。このお客様はケチなのか、それを分かっているのか、薄く作ってくださるの。お店的には「薄いんだよ、バカ!」とか言わせたいのかもしれないけどね。水っぽいから、余計味なんて分かんないし、もっと安いのでいいんだけどな。


 赤い薔薇が来たので、このお客様はお帰りになる。エレベーターの中は、二人だけの時間。あたしはここで切り替える。ちょっといやらしいことをされても、たかが数秒のこと。そのくらいはサービスしてあげるわ。だって、また来ていただかないといけないもの。そしてあたしは、世間一般のキャバ嬢を演じる。もう、人生最高の笑顔を作るわ。「また来週も待ってますね♡」って。だって扉が開いたら、そこはお店じゃないしょ? お客様の嗜好は、絶対に外の世界に漏らしてはいけないのよ。




 はあ、今夜も終了だぁ。
 学生のあたしは、二十三時上がりを認めてもらっている。これからドーナツ屋さんに行って、二つだけ買うわ。二つだけよ。三つでは太っちゃうし、一つじゃ足りない。ハッピーカードを貰える金額になるしね。早く景品のぬいぐるみをゲットしたいなぁと思いながら、お部屋で経済学の教科書を開く。お砂糖がこぼれないように、気を付けなくっちゃ。今年は留年したくないし、来週は学校に行こうかな。

 [第二話 了]
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