第1話 週二は寄れない男
文字数 1,239文字
鮮やかなビームが闇を切り裂き、頭上を瞬く。懐かしい洋楽が、控え目な音量で流れている。二十分以上待たされ、ようやく背後から声がかかる。
「お待たせしました」男が告げ、私の横に彼女が座った。
バブルの頃を思い出させる、腰まで届こうかというワンレングスのロングヘアー。それをいじりながら、タバコを咥えた。間髪入れず、そのタバコにライターを差し向け、私は着火ボタンを押す。体が勝手に動き、目の前で跪いていた。
お礼を言われることはない。「お話させていただきます」と許可をとり、私は難しい案件を取りまとめた功績を語り始める。もしかすると、部長昇進の可能性もあるかもしれない。こんな素晴らしい話なのに、彼女は聞いているのかどうか、よく分からない。いや、照明が暗いせいではない。明らかにつまらなそうなのだ。そして怒り出した。
「何調子に乗ってんだ? それぐらい、誰でも出来んだよ!」
確かにそうだ。そして私一人の力で出来た話でもなかった。私は反省し、彼女に謝る。
「分かりゃ、いんだよ。じゃあ、寿司な」
私は上握りを注文した。彼女は私に睨みをきかせながら、親指と小指を折り曲げ、美しい手を乱暴に突き出す。「三人前でお願いします」もちろん私はそう続けた。
わずか十分ほどで到着する上握り三人前。本当に上握りなのか疑わしいが、そんなことを考えてはいけない。呼んでいないはずの女性が代わるがわるやって来て、寿司をつまんでいく。私の分を差し出したのは、言うまでもない。
無表情で一人前を平らげた彼女。私はボトルキープのマッカランをグラスに注ぎ、マドラーを回す。カラン。氷とグラスとがぶつかり合う。そして彼女に差し出した。
「で、何が言いたい訳? このカスが」
小ぶりな唇から発せられる、ドスの利いた声。私は震える。スミマセン……。蚊の鳴くような声、とはこのことだろう。
ちょうどその時、黒服が一輪の薔薇を持ってきた。時間が尽きたことを告げる赤い薔薇。今週もこれで終わりか。
彼女は席を立ち、去っていく。レシートの記載が店名の「良女苦 」ではなく、親会社の「四友物産」であることを確かめた私は、黒服からダイナースを受け取り、出口へと向かった。
先ほどの彼女が私を待っていた。
二人でエレベーターに乗る。職場では公害に感じるはずの香水のニオイも、この空間では媚薬だ。私の左腕が柔らかいものに当っている。ビクビクしながらも、たまらず肘を僅かばかりずらし、感触を確かめた。
数秒後、扉が開き、彼女がありったけの笑顔で言う。
「もぉ、ダメですよっ。でも、ありがとうございましたぁ。また来週も待ってますね♡」
会社から数駅離れたこの街から、私は電車に乗った。終電にはまだ早い。そして定期券は便利だ。
これから私は、まだ十年以上ローンの残るマンションへ帰る。妻と娘の待つ、あのマンションへ。その前にコンビニでスイーツを買って。
週一回一時間。実質、わずか三十分。お小遣いの範囲内だ。これが私の悦楽なのである。
[第一話 了]
「お待たせしました」男が告げ、私の横に彼女が座った。
バブルの頃を思い出させる、腰まで届こうかというワンレングスのロングヘアー。それをいじりながら、タバコを咥えた。間髪入れず、そのタバコにライターを差し向け、私は着火ボタンを押す。体が勝手に動き、目の前で跪いていた。
お礼を言われることはない。「お話させていただきます」と許可をとり、私は難しい案件を取りまとめた功績を語り始める。もしかすると、部長昇進の可能性もあるかもしれない。こんな素晴らしい話なのに、彼女は聞いているのかどうか、よく分からない。いや、照明が暗いせいではない。明らかにつまらなそうなのだ。そして怒り出した。
「何調子に乗ってんだ? それぐらい、誰でも出来んだよ!」
確かにそうだ。そして私一人の力で出来た話でもなかった。私は反省し、彼女に謝る。
「分かりゃ、いんだよ。じゃあ、寿司な」
私は上握りを注文した。彼女は私に睨みをきかせながら、親指と小指を折り曲げ、美しい手を乱暴に突き出す。「三人前でお願いします」もちろん私はそう続けた。
わずか十分ほどで到着する上握り三人前。本当に上握りなのか疑わしいが、そんなことを考えてはいけない。呼んでいないはずの女性が代わるがわるやって来て、寿司をつまんでいく。私の分を差し出したのは、言うまでもない。
無表情で一人前を平らげた彼女。私はボトルキープのマッカランをグラスに注ぎ、マドラーを回す。カラン。氷とグラスとがぶつかり合う。そして彼女に差し出した。
「で、何が言いたい訳? このカスが」
小ぶりな唇から発せられる、ドスの利いた声。私は震える。スミマセン……。蚊の鳴くような声、とはこのことだろう。
ちょうどその時、黒服が一輪の薔薇を持ってきた。時間が尽きたことを告げる赤い薔薇。今週もこれで終わりか。
彼女は席を立ち、去っていく。レシートの記載が店名の「
先ほどの彼女が私を待っていた。
二人でエレベーターに乗る。職場では公害に感じるはずの香水のニオイも、この空間では媚薬だ。私の左腕が柔らかいものに当っている。ビクビクしながらも、たまらず肘を僅かばかりずらし、感触を確かめた。
数秒後、扉が開き、彼女がありったけの笑顔で言う。
「もぉ、ダメですよっ。でも、ありがとうございましたぁ。また来週も待ってますね♡」
会社から数駅離れたこの街から、私は電車に乗った。終電にはまだ早い。そして定期券は便利だ。
これから私は、まだ十年以上ローンの残るマンションへ帰る。妻と娘の待つ、あのマンションへ。その前にコンビニでスイーツを買って。
週一回一時間。実質、わずか三十分。お小遣いの範囲内だ。これが私の悦楽なのである。
[第一話 了]