あれから桜は、あんな細い体の何処にそんなパワーがあるんだ!とツッコミたくなるほど、藤堂先生につきまとっている。私はいい加減疲れてきた。言い出しっぺは私だけど……
授業が終わる度に職員室に直行。
お昼休みは隣のクラスで藤堂先生とランチ。
放課後は職員室の前で出待ち(?)
とまぁ、こんな感じ。
ねぇ、そろそろ帰らない?もう6時になるよ。今日は先生達会議だから遅くなるよ?
ちょうどそこへ高崎先生が登場。怪訝な顔をしながらこちらに近づいてくる。
さっきの先生の態度…気になる。けど今はそんな事気にしてる場合じゃない!桜に怒られるよ~……
お!何だ?桜に千尋か。こんな時間まで何してたんだ?
まさか桜…ここで告るの?先生も珍しく顔赤くしてるし……
え!ウソ…どうしよう!?
呆気に取られている藤堂先生を残して桜はスタスタと歩いて行く。私は慌てて後を追った。
――次の日
桜は学校を休むと、今朝私のケータイにかけてきた。
今日は藤堂先生の授業がないけど、気まずいからって理由で。その代わり、私に先生の様子を偵察してこいと言って切った。
と文句を言いながら職員室に向かってる私って……ホント親友思いの良い奴だわ。
廊下で藤堂先生を見つけて呼び止める。ペコリと会釈しながらさりげなく昨日の事を聞いてみた。
昨日の桜の言った事気にしないで下さいね。ただのジョークだから。
さぁ、どう反応する?私は内心ニヤニヤしながら先生の言葉を待つ。
一晩悩んだ…?……という事は少なからず桜を気にしてたって事か!
一人で勝手に納得して後ろを振り向いた時、廊下の角に人影を見た気がした。
わ!…あ、高崎先生か。ビックリした…いきなり後ろから呼ぶから……
心底申し訳なさそうに言う先生に、慌てて手を振った。
いや、ボーッとしてたんでこちらこそすみません。で、何の用です?
HR委員長として今まで色々とありがとうございました。風見さん優しいからすぐ引き受けてくれて、余計な仕事まで頼んでしまいましたね。すみませんでした。でも本当に助かりました。
丁寧に頭を下げる先生。私は照れて顔が赤くなると同時に、ますます焦る。
いえ、私なんか引き受けたくせに裏で桜に文句言ってる奴なんで、先生がそんな頭下げなくても……。
うっかり失言……。頭を上げてジーッと見てくる先生に誤魔化し笑いを返す。
まぁ、仕方ないですね。僕が次々と仕事を頼んだのが悪いんですし。ねぇ、風見さん。
ちょっと怒らせたかな…っと後悔していると先生がこう言ってきた。
そもそも強引に決めてしまったので、風見さんには悪い事したなと反省してるんです。なので……
思わず大声が出た。こちらを見てくる生徒達の事など構わず、私ははっきりと宣言した。
HR委員長は辞めません!私は何事も最後までやり通します!
次の日、一日休んでスッキリとした顔で登校してきた桜が私の話を聞いて呆れた声を出す。
だってさぁ~高崎先生ってば『辞めてもいいですよ』なんて言ってるのに悲しい顔するんだもん。放っておけなくて。
まぁ確かに高崎先生って頼りない感じするし、何だかんだ姉御肌の千尋が助けたくなるのもわかるけど。
心配そうな声で様子を窺ってくる桜にハッキリと返事ができない。本当に私、どうしちゃったんだろう……
HR委員長の仕事はもちろんめんどくさいし私がやる必要ないでしょ?って思うけど、実際高崎先生に頼まれると断れないし、悲しい顔をする先生を見たくなくてついあんな宣言しちゃうし……
桜は姉御肌って言うけど別に弟がいる訳じゃないし、むしろ私末っ子だし。
HR委員長になったのがきっかけで高崎先生と話す機会が増えて、今まで知らなかった先生の素顔っていうの?が知れて嬉しいとか先生と話すのが楽しいとか、まぁぶっちゃけ先生の事考える時間が増えてるのも事実。
……もしかしてもしかしてしなくてもこれってっ…
つい自分で墓穴掘っちゃった……
私は俯きながら言った。
ちょっとだけ…ね。気になってるだけだよ?好きとか何とかっていうのとは違う気がするし、先生とはつい最近よく話すようになった関係だし、何より先生と生徒だしね。
桜の言葉にパッと顔を上げる。桜は声を抑えながら笑った。
別にいいんじゃない?結論出すまで時間かかっても。今のところは高崎先生と一緒にいると楽しいっていう気持ちだけなんだったらそれを素直に受け入れて、今まで通り過ごしていけばいいの。きっとその内答えは出るよ。
おかしくて二人同時に大笑いする。そしてひとしきり笑って一段落すると、真面目な顔で言った。
藤堂先生よ。昨日桜に言われて偵察に行ったんだよ?わざわざ。
期待三割、不安七割くらいの表情で見てくる桜に勿体つけるようにゆっくり喋る。
藤堂先生ったらね、一晩悩んで眠れなかったんだって。
『眠れなかった』とは言ってなかったけど、『一晩悩んだ』っていう事はそういう事だよね?
笑顔で頷く桜につられて自分も笑顔になる。
良かった!やっぱり桜には元気でいて欲しいもんね。
はい、皆さん席について下さーい!授業始まりますよ。
その時教室のドアを開けて高崎先生が入ってきた。瞬間、私の顔が赤くなる。ヤバい!今日の一時間目って世界史だった……(高崎先生は社会科教師です)
ハッと隣を見ると桜がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
はい。それではこの前の続きからですね。教科書を開いて…風見さん。
思わず立ち上がる。いけない、いけない……あまりの事に放心状態だった……
もう!どんだけ動揺してんだ、自分!
私は今までの失態を取り戻すように一つ咳払いすると、指定された箇所を大きい声で読み始めた。
その間、隣からの視線が妙に痛かった……