【2】無限の軍勢
文字数 3,163文字
ひとまずわたしは、ナルシサスさんの住処を尋ねるためにエアフォルに行くよう、ラムシオンにお願いした。
しかしもうこうなっては、穏やかに済む話では無くなっている。今の黒鉄種の大量発生は、間違いなくナルシサスさんの仕業だろうから。
ラムシオンがエアフォルに入ると、足で民家を破壊しかねない。なので外壁の外、入り口前に降り立つ。
「我の刃、その身で味わってみよ」
迫る黒鉄種の軍勢に向かって、ラムシオンは刃の嵐を飛ばした。凄まじい勢いで黒鉄種の群れが倒れ、転がり、落ちていく。
「しゃ、シャーティちゃん⁉ ななな何なのその竜は⁉」
聞こえた声に振り返ると、並んだエアフォル軍の中でパメラちゃんが震えていた。わたしはラムシオンの指揮をアディちゃんに任せて飛び降り、軍にラムシオンの安全性を伝えながらパメラちゃんのもとへ。
「わたし達の仲間だよ。それよりどうしたの、この状況は?」
パメラちゃんは深呼吸してから話し始める。というか叫ぶ。
「分かんないですよっ! 突然色んな洞窟や、はたまた地下から大量にあいつらが湧いて来て。国の軍が総出で対処しても、人数足りなさそうだから私も手持ちの爆弾とか投げたりしてるけど――」
突然黒鉄種の狼が青い血をまき散らしながら跳んでくる。わたし達が怯んでいるうちに、別の方向から駆けつけた剣士が、狼を斬り飛ばした。
「――もうやだぁ!」
青い血がかかり、パメラちゃんがうずくまる。駆けつけた剣士さんは、よく見たらザイヒトの戦いで会った――というか下敷きにしちゃった竜人の男の子だった。
「よう。――この子はエアフォル内に避難させてやってくれ。幸い中は安全だ、今ンとこな」
「うん、分かった。あなたはザイヒトの戦いにいたよね、そっちの方はどうなの?」
「知らねェ。オレはレグスがここにいるって聞いてから飛んで来て、その後すぐこれだからよ」
「そんなピンク女と話してるんじゃないわよダーリン! 今ダーリンの役に立てるのは、間違いなくこのアタシでしょホラ!」
剣から骸骨さんの声が聞こえてきた。武器に憑依して強化してる感じなのかな。
「オメェも色々ピンクじゃねぇか! ――っと、悪ィな。そういうわけで頼むわ。えーっと」
「シャーティです! またどこかで会おうね、剣士くん!」
パメラちゃんの手を取り、わたしはエアフォルの門へ駆け出した。
「ガランだ、またな――ってうるせェ骨美、いいから戦場に行くぞ!」
ガランくんね、覚えた。骨美さんとも、次はもっと平和な場所で会いたいな。
エアフォルに入り、パメラちゃんにかかった血を拭いてあげる。そうしたらもう大丈夫と言ってくれたので、急ぎのわたしはナルシサスさんの家目指して直行した。ちょっと無理してそうだった表情のパメラちゃんには、友達と思われるうさ耳の可愛い女の子が駆けつけたから、きっと本当に大丈夫になると思う。
以前と変わりなく建つそれに駆け込み、鍵がかかっていないドアを開けて突入。少し前に依頼を受けた大部屋に入ると、わたしは思わず足を止めた。
「みんな……誰……?」
二本の手、二本の足。鉄の体の人形が沢山、部屋に集まっている。一人一人、何やら魔術を発動すると、その体は形を、色を変え、普通の人間と違いが分からなくなった。遠くに置いてある冷蔵庫は開きっぱなし。その中から、再び鉄の人形が現れ、そして姿を変える。
「もしかしてみんな、冷蔵庫の中の、凍った人の……」
そのうちの一人、エルフの男性――に化けた存在に気付かれ、見られる。
「ヒェア……!」
魔術を発動されると、わたしは足首を蹴られたような衝撃を受け、尻もちをつく。
「痛ったた……」
「女ァーッ!」
第一発見者のエルフが声を上げると、部屋の中の全員がわたしを見て、歩み寄る。立ち上がろうとしたけど、また別の魔術を受けたのか、バランス感覚が大暴れしてまともに立てない。
「あ、あぁ、あぁっ……!」
止まっている事も出来ない足をバタつかせて後退するけど、時間の問題。魔族の女性が床を這うように迫り、わたしの肩を床に叩きつけた。蛇のような目が迫ってくる。その握ったナイフの刃に塗られた黒い液が何の効果を持つか、わたしは直感的に悟った。
わたしは諦めない。どうにかして回避し、突破口を探せるよう目を向け続けた。
「――離れろッ! アサルトブレイド!」
女性が一瞬で視界から消え、蒼い炎が通り過ぎた。
レグスさんが化けた人々の前に立ち、尻尾でわたしの頬を叩いた。竜鱗が術式を剥がしたのを感じ、わたしは素早く立ち上がる。
「今すぐここから出るぞ、今すぐだ!」
「うん!」
開きっぱなしの扉を潜り抜けると、レグスさんもすぐに続いた。
「ドラゴングレネーードッ!」
瞬間、直前までいた家屋は大爆発を起こし、木を焼いて煙を上げた。
「アディちゃん! ラムシオンは大丈夫なの⁉」
別の屋根の上に立っていたアディちゃんが、ピースサインを突き出す。
「ええ! 敵味方の区別も、最低限の戦術もバッチリ教え込んだわ! 後は好きにやらせた方が強い筈よ、なんたってラムシオンだもの」
背後の煙は薄くなり、魔術の光がうっすら見えた。
「まだ生きてる! レクシア、お願い!」
「うん。じゃあみんな離れて――セルリアンルーセント!」
隣の屋根で杖を構えていたレクシアさんが、巨大な蒼白い光魔法を照射した。煙が掻き消され、輝く照射跡に残るものは、何も無かった。
「怪しい施設って聞いた割には、隠し階段とかも無いのね。お宝の匂いもしないし、本拠は別にありそうな感じだわ」
アディちゃんがつまらなそうに言う。ひとまず、戦闘は勝利だ。
レグスさんが舌打ちして、剣を担いだ。
「フォルシェンとかいう軍の正体はコレだ。エアフォルの軍ってガワ被った、ナルシサスの野郎の人形共。最初からザイヒトの戦いは、鉄ゴリラを暴れさせてシャーティを見つける、それだけのためだったんだろうな」
レクシアさんが降り立ち、構えた杖を下ろす。
「私とアルン、パーラさんは、以前からそれを調べにエアフォルを尋ねてたの。地下の機械反応が怪しくて、地下洞窟の王にも会いに行ったり。レグスさんと情報共有して、ここに目星をつけた時には、鉄の軍勢が湧いてきちゃった」
「シャーティも帰ってきてるのは知らなかったぜ。コイツは一つ貸しにしてやる」
聞きたい事が、喋りたい事が沢山ある。でもそれは、わたしの役目を終えてからにしよう。最低限、今すぐ知りたい事を厳選する。
「ナルシサスさんの場所の目途は立ってますか? あと、アルンさんはどこへ?」
レクシアさんは俯いて、胸の上の手を軽く握った。
「ナルシサスは、どこか地下深くの施設に潜伏してるかも、ってくらいしか分からないの。アルンとパーラさんは、軍勢が来た時にはぐれちゃった。竜の息吹も感じないから、どこか目的地があると思う。――そういう時は、私にも言って欲しかった」
「レクシアさん……」
「あっ、ごめん。私も少し嫌な予感がしてて、家族の様子を見に行こうと思うの。だから、そろそろお別れかな」
わたしもここに長くは居られない。アディちゃんと向き合って頷き、レグスさんに視線を送る。
レグスさんは笑った。絶望的な中でこそ、ふてぶてしく。
「俺はここで全ての敵を食い止める。譲さん方は安心して、どこでも好きなとこ行ってこいや」
「分かった、じゃあ行ってくる。頑張って、レグスさん!」
「おう。一発ぶん殴って、絶対連れ戻してこい」
「……! うんっ!」
こういう時だけ察しの良い人だ。情報収集、頑張ったのかな。
わたしとアディちゃんはラムシオンのもとへ、レクシアさんは反対の方向に飛んで行った。
この軍勢は無限だ。きっと、ナルシサスさんを見つけるまで湧き続ける。
ここで戦うみんなの為にもと、わたしは力強く地を蹴った。
しかしもうこうなっては、穏やかに済む話では無くなっている。今の黒鉄種の大量発生は、間違いなくナルシサスさんの仕業だろうから。
ラムシオンがエアフォルに入ると、足で民家を破壊しかねない。なので外壁の外、入り口前に降り立つ。
「我の刃、その身で味わってみよ」
迫る黒鉄種の軍勢に向かって、ラムシオンは刃の嵐を飛ばした。凄まじい勢いで黒鉄種の群れが倒れ、転がり、落ちていく。
「しゃ、シャーティちゃん⁉ ななな何なのその竜は⁉」
聞こえた声に振り返ると、並んだエアフォル軍の中でパメラちゃんが震えていた。わたしはラムシオンの指揮をアディちゃんに任せて飛び降り、軍にラムシオンの安全性を伝えながらパメラちゃんのもとへ。
「わたし達の仲間だよ。それよりどうしたの、この状況は?」
パメラちゃんは深呼吸してから話し始める。というか叫ぶ。
「分かんないですよっ! 突然色んな洞窟や、はたまた地下から大量にあいつらが湧いて来て。国の軍が総出で対処しても、人数足りなさそうだから私も手持ちの爆弾とか投げたりしてるけど――」
突然黒鉄種の狼が青い血をまき散らしながら跳んでくる。わたし達が怯んでいるうちに、別の方向から駆けつけた剣士が、狼を斬り飛ばした。
「――もうやだぁ!」
青い血がかかり、パメラちゃんがうずくまる。駆けつけた剣士さんは、よく見たらザイヒトの戦いで会った――というか下敷きにしちゃった竜人の男の子だった。
「よう。――この子はエアフォル内に避難させてやってくれ。幸い中は安全だ、今ンとこな」
「うん、分かった。あなたはザイヒトの戦いにいたよね、そっちの方はどうなの?」
「知らねェ。オレはレグスがここにいるって聞いてから飛んで来て、その後すぐこれだからよ」
「そんなピンク女と話してるんじゃないわよダーリン! 今ダーリンの役に立てるのは、間違いなくこのアタシでしょホラ!」
剣から骸骨さんの声が聞こえてきた。武器に憑依して強化してる感じなのかな。
「オメェも色々ピンクじゃねぇか! ――っと、悪ィな。そういうわけで頼むわ。えーっと」
「シャーティです! またどこかで会おうね、剣士くん!」
パメラちゃんの手を取り、わたしはエアフォルの門へ駆け出した。
「ガランだ、またな――ってうるせェ骨美、いいから戦場に行くぞ!」
ガランくんね、覚えた。骨美さんとも、次はもっと平和な場所で会いたいな。
エアフォルに入り、パメラちゃんにかかった血を拭いてあげる。そうしたらもう大丈夫と言ってくれたので、急ぎのわたしはナルシサスさんの家目指して直行した。ちょっと無理してそうだった表情のパメラちゃんには、友達と思われるうさ耳の可愛い女の子が駆けつけたから、きっと本当に大丈夫になると思う。
以前と変わりなく建つそれに駆け込み、鍵がかかっていないドアを開けて突入。少し前に依頼を受けた大部屋に入ると、わたしは思わず足を止めた。
「みんな……誰……?」
二本の手、二本の足。鉄の体の人形が沢山、部屋に集まっている。一人一人、何やら魔術を発動すると、その体は形を、色を変え、普通の人間と違いが分からなくなった。遠くに置いてある冷蔵庫は開きっぱなし。その中から、再び鉄の人形が現れ、そして姿を変える。
「もしかしてみんな、冷蔵庫の中の、凍った人の……」
そのうちの一人、エルフの男性――に化けた存在に気付かれ、見られる。
「ヒェア……!」
魔術を発動されると、わたしは足首を蹴られたような衝撃を受け、尻もちをつく。
「痛ったた……」
「女ァーッ!」
第一発見者のエルフが声を上げると、部屋の中の全員がわたしを見て、歩み寄る。立ち上がろうとしたけど、また別の魔術を受けたのか、バランス感覚が大暴れしてまともに立てない。
「あ、あぁ、あぁっ……!」
止まっている事も出来ない足をバタつかせて後退するけど、時間の問題。魔族の女性が床を這うように迫り、わたしの肩を床に叩きつけた。蛇のような目が迫ってくる。その握ったナイフの刃に塗られた黒い液が何の効果を持つか、わたしは直感的に悟った。
わたしは諦めない。どうにかして回避し、突破口を探せるよう目を向け続けた。
「――離れろッ! アサルトブレイド!」
女性が一瞬で視界から消え、蒼い炎が通り過ぎた。
レグスさんが化けた人々の前に立ち、尻尾でわたしの頬を叩いた。竜鱗が術式を剥がしたのを感じ、わたしは素早く立ち上がる。
「今すぐここから出るぞ、今すぐだ!」
「うん!」
開きっぱなしの扉を潜り抜けると、レグスさんもすぐに続いた。
「ドラゴングレネーードッ!」
瞬間、直前までいた家屋は大爆発を起こし、木を焼いて煙を上げた。
「アディちゃん! ラムシオンは大丈夫なの⁉」
別の屋根の上に立っていたアディちゃんが、ピースサインを突き出す。
「ええ! 敵味方の区別も、最低限の戦術もバッチリ教え込んだわ! 後は好きにやらせた方が強い筈よ、なんたってラムシオンだもの」
背後の煙は薄くなり、魔術の光がうっすら見えた。
「まだ生きてる! レクシア、お願い!」
「うん。じゃあみんな離れて――セルリアンルーセント!」
隣の屋根で杖を構えていたレクシアさんが、巨大な蒼白い光魔法を照射した。煙が掻き消され、輝く照射跡に残るものは、何も無かった。
「怪しい施設って聞いた割には、隠し階段とかも無いのね。お宝の匂いもしないし、本拠は別にありそうな感じだわ」
アディちゃんがつまらなそうに言う。ひとまず、戦闘は勝利だ。
レグスさんが舌打ちして、剣を担いだ。
「フォルシェンとかいう軍の正体はコレだ。エアフォルの軍ってガワ被った、ナルシサスの野郎の人形共。最初からザイヒトの戦いは、鉄ゴリラを暴れさせてシャーティを見つける、それだけのためだったんだろうな」
レクシアさんが降り立ち、構えた杖を下ろす。
「私とアルン、パーラさんは、以前からそれを調べにエアフォルを尋ねてたの。地下の機械反応が怪しくて、地下洞窟の王にも会いに行ったり。レグスさんと情報共有して、ここに目星をつけた時には、鉄の軍勢が湧いてきちゃった」
「シャーティも帰ってきてるのは知らなかったぜ。コイツは一つ貸しにしてやる」
聞きたい事が、喋りたい事が沢山ある。でもそれは、わたしの役目を終えてからにしよう。最低限、今すぐ知りたい事を厳選する。
「ナルシサスさんの場所の目途は立ってますか? あと、アルンさんはどこへ?」
レクシアさんは俯いて、胸の上の手を軽く握った。
「ナルシサスは、どこか地下深くの施設に潜伏してるかも、ってくらいしか分からないの。アルンとパーラさんは、軍勢が来た時にはぐれちゃった。竜の息吹も感じないから、どこか目的地があると思う。――そういう時は、私にも言って欲しかった」
「レクシアさん……」
「あっ、ごめん。私も少し嫌な予感がしてて、家族の様子を見に行こうと思うの。だから、そろそろお別れかな」
わたしもここに長くは居られない。アディちゃんと向き合って頷き、レグスさんに視線を送る。
レグスさんは笑った。絶望的な中でこそ、ふてぶてしく。
「俺はここで全ての敵を食い止める。譲さん方は安心して、どこでも好きなとこ行ってこいや」
「分かった、じゃあ行ってくる。頑張って、レグスさん!」
「おう。一発ぶん殴って、絶対連れ戻してこい」
「……! うんっ!」
こういう時だけ察しの良い人だ。情報収集、頑張ったのかな。
わたしとアディちゃんはラムシオンのもとへ、レクシアさんは反対の方向に飛んで行った。
この軍勢は無限だ。きっと、ナルシサスさんを見つけるまで湧き続ける。
ここで戦うみんなの為にもと、わたしは力強く地を蹴った。