【4】結束する世界

文字数 3,396文字

 黒鉄のヴィレキーダがザイヒト大平原に現れたように、ヤーレシャッツ周辺にも強大な個体が現れ始めていた。
 しかしラムシオンに乗って上空から観察する限り、ザイヒトほど押されるような戦いはしていなかった。でも大地の端と海で文字通り背水の陣してるかもだし、予定通りラムシオンに降下をお願いした。
 でも予定というのは、故郷愛で防衛に加わろうっていうものじゃない。わたしはわたしの役目を果たすべく、情報収集をしたいというものだ。もちろん大変そうだったらヤーレシャッツにラムシオンを置いてくつもりもあったけど、それを話したら「その必要は無い」って即答された。
「地底の岩竜の気配を感じる。恐らくここら一帯を目指して移動しているはずだ。奴が何故この場に思いがあるのかは知る所ではないが」
 わたしと一緒に戦いたいって駄々こねるかと思ったらちゃんと理由があった。確かにそれなら安心。
 アルンさんやレクシアさんが言ってた地下洞窟の王たる竜族がログウィランなら、彼の元々の縄張りはあのヤーレシャッツ近く、わたしの見る世界が変わった地下洞窟だ。あそこも今思えば黒鉄種のせいで崩れたかもしれないって考えられるし、縄張りを取り戻すためにも戦場はここを選ぶだろう。
 ヤーレシャッツに近付いたラムシオンが一瞬よろめき、何かに弾かれたように後退した。再度進み、軍勢の来ていない所に着地した。
「わぁ……! シャーティさんにアディさん、無事で良かったです!」
 軍勢の後ろからヤーレシャッツのみんなに支援魔法をかけていた、アンプちゃんがこちらを見上げ、目を輝かせた。
 わたしとアディちゃんは同時に飛び降り、アンプちゃんとハイタッチ。
「また凄いお宝を見つけましたね……どちらのですか?」
「我らの契約は所有とは異なる」
 ラムシオンが割り込んで来る。暇そうにしてたから、いつも通り前線に援護へ行ってもらった。
「シャーティが契約? したっぽいわね。あんなデカブツ、今後どうやってくつもりよ」
「さあ、どうしよっか。――それはそうとアンプちゃん、戦況は大丈夫?」
 聞くと、アンプちゃんが少し笑った。それだけでもう安心した。
「そんな真面目な顔、するようになったんですね。嬉しいけど、少し寂しいですね」
「えーっ、わたしいつも不真面目だったの⁉」
「夢とロマンに溢れた楽しい顔は、綺麗な顔に決まってるわ! あたしと同じようにね!」
 アディちゃんが今までで一番馬鹿っぽいウインクとピースを力強く決めた。えぇ、前のわたしこんな顔だったの。可愛いけど。
「ふふっ、ごめんなさい。――幸運にも、今日の皆さんは好戦的な方が多かったんです。ほぼ全員が無償で戦場に繰り出して大暴れです」
 アンプちゃんが向いた正面を見ると、ラムシオンとも連携して色んな種族の人々が黒鉄種との戦いを繰り広げている。あの硬い装甲も、様々な能力と戦術で一体一体仕留めていく。
 そうだ、これがヤーレシャッツだ。国境も種族も大地も超えて、みんなが平等に集まる場所。軍も無く、大した統率も取れてないのに、街の危機には揃って立ち向かっている。ここの黒鉄種は今、世界を敵に回しているのかもしれない。心配なんて不要だった。ヤーレシャッツは最強無敵だ。
「あっ、私、頼まれている事があるんでした。前線の方に行ってくるので、それでは!」
「一人で大丈夫?」
「はい。竜の強靭な大地のエネルギーもお借りしてきましたので、遅れは取りません!」
 杖の形状を変え、普段見せない力強い眼差しを見せたアンプちゃんが、戦場へ駆けていった。
 バトル大好きオセロニア界とはいえ、全員が好戦的ってわけじゃない。でも、好戦的じゃなくてもこういう時に戦場に出てくれる、アンプちゃんみたいな人達の事も、わたし達は知ってるよ。
「情報収集って、まずはどうするの? 文献?」
 アディちゃんがちょっと賢い事言ってくるけど、今回は違う。
「ううん、ヤーレシャッツで出回ってるやつ、ほぼ全部パラパラ確認した事あるけど、黒鉄種についての本は無かったよ。ナルシサスさんやフォルシェン軍についてもね」
「シャーティってたまにすごい事言うわね……」
 ヤーレシャッツに出回ってない文献は当然ある、って最近は思うようになったけど。それでも大半の知識は得られる。ご当地文献があるとすればエアフォルが第一候補だった。だけどレクシアさんが特に情報を持ってなくて、ナルシサスさんの家ももぬけの殻となると、秘密の軍をさらけ出した今より昔に情報は無い。
「だからひたすら聞き込み調査! 手分けしていくよ!」
「分かったわ! 何かあったら適当に空に合図して、いつもの場所で落ち合うわよ!」
「いつもの場所少なくとも三つ以上はあるよね⁉」
 なんとかなるでしょと二人駆け出す。ふと戦場を振り返ると、予測通りログウィランが地中から飛び出してきて、早速ラムシオンと言い争いをしていた。仲良いなぁ。


 街道から逸れ、広い海を臨む砂浜へ。数は少ないとはいえ、水面を走る黒鉄種もいた。案外四面楚歌だった。
 家では愉快でたまにちょっと酒臭いお父さんが、険しい顔と猛々しい雄叫びで先頭に船を構え、(いかり)を振り回して戦っていた。力持ちとはいえ普通の人間なのに、無茶しちゃって心配だ。けど、とってもカッコいいと思った。
 黒鉄種の攻撃は、船で狭まった行動範囲では避けきれない。飛び出して来た黒鉄のサメ。思わず目を逸らしたくなったけど、サメは何もない空中で弾かれて水へ戻る。その隙に海の漢達が反撃して、サメを沈める。士気が高まったのか、海からは人々の咆哮が轟いた。
「どういう事……?」
 わたしは声を漏らしながら、さらに海を観察する。話を聞ける人はいないかと砂浜近くの人影を確認すると、一人だけこの場にそぐわないくらい華奢(きゃしゃ)で綺麗な、褐色肌の女の子がいた。船も無いのに水面に真っ直ぐ立ち、木製の大きな杖を構えながら、戦いを見守っている。
 その女の子がこちらに気付き、振り向いた。海のように深く澄んだ碧眼がこちらを覗く。感じた神聖さに息を止めそうになった。この感じはレクシアさんに一瞬感じたものと少し似ていて、神族であると察した。
「まあ。あなたはシャーティさんですね。私はキンマモン。この南方の海を守っている者です」
「わたしの事知ってるんですね、お父さんからですか?」
 わたしが首を傾げると、キンマモン様――キンマモンちゃんは朗らかに笑った。見た目相応に可愛いけど、実際おいくつなんだろう。
「皆さんの事は、以前より海の中から見守っていましたよ。長く平和が続いていましたが、未曽有の危機を予知しました。こうして事前に注意喚起し、共に悪を絶つため浮上してきたのです」
 エアフォルなどと比べて戦に混乱が無く隊列が完璧なのも、予知による助言。船のみんなを守ったり、一回だけラムシオンを弾いた力もきっとキンマモンちゃんのものなのだろう。
 でもわたしが生きてきた中で、街にちょっとした事件は頻発していた。それでも今まで会う事が無かったというのを考えると、彼女はよほどの事が無い限りわたし達に干渉しないスタイルで、そして今がその時なんだ。笑顔の次に、きりっと前を見据える守り神ちゃんを見て思う。
「海、大地の端など、防衛の僅かな綻びは、私がこの光で補強します。ですが、きっとそれ以上は民の力だけで乗り越えられるはずです。――さあ、迎えが来ましたよ」
 キンマモンちゃんの上がった目線を追うと、パーラさんがアディちゃんとアンプちゃんを連れてこちらへ飛んで来ていた。
「あっ、みんな……! パーラさんも!」
 手を振ったら返ってきたみんなの表情や、キンマモンちゃんの真っ直ぐな言葉を受けると、情報が揃い、最後の目的地が決まったんだと確信した。
「この地を愛してくれるあなたを信じ、民の未来を託します。私の見渡せる外となりますが、こちらより祈りを絶やす事はありませんよ。それでは、またいずれ会いましょう」
 キンマモンちゃんは柔らかく堂々とした声音を崩さないまま、海の前線へと戻っていく。この地も、海も、わたしを応援してくれてる。期待と思うとずっしり重いけど、しっかりと背負い直すように、背を前へ倒した。
「頑張ってきます! わたし、あなたの見守ってくれたこの世界が大好きです!」
 目を丸くして振り向いたキンマモンちゃんは、今一度最高の笑顔で頷いた。
「――はい!」
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登場人物紹介

シャーティ

明るく元気な人間の女の子。新米トレジャーハンターをやってたりするので、オセロニアっ子らしくアクティブに動ける。話に聞いた世界を自ら体験しながら、強くてカッコいい大人の女になりたい。

ミスティア

謎の技術で動作し、思考する無垢な人形。宝玉に対応した能力を持つ。

出生を始め、自身に関する知識を持たない。少々面倒くさがり。

アルン

人間に興味を持ち、姿を変えた風変わりな竜族。

赤竜騎士として人界を旅し、異種族と関わり、戦いに明け暮れるうちに知名度が上がっていった。

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