【4】新たな依頼

文字数 4,961文字

 酒場での会話は上手くいかなかったけど、この地域の料理はとても美味しく、良い経験になった。
 わたしが退席した後も、しばらく酒場に残ってたくらいだから、ミスティアも楽しめたんじゃないかなって思う。その間わたしは足踏みして待ってたけど、長くなるなら戻ればよかったかも。
「ヤーレシャッツも色んな食べ物が出回るけど、こういうお土産にもなってない普通の食事の方が、そこの地域や生活が見えるねー。今日お手伝いした畑の野菜買っちゃおうかな、あとスピアドラコの群れとか見てみたいかも」
「そのような難しい事を考えて食事をしていたんですか、あのシャーティさんが。大人の真似をしてるんですね」
「ミスティアちょっとひどいなぁ! 折角歩いてきた本物のザイヒトだよ、貴重な学ぶ機会をじっくりと……」
「考えることは苦手です。知識と思考無しで食べる食事が一番美味しいと思います」
「てことは、ミスティアにも味覚はあるって事だね?」
「体に得られる力や栄養素を宝石が感じているだけなので、口や喉に感覚は無いですよ」
「えぇ……」
 ちょっと残念に思いながら夜空を見上げる。こうやって話しながら道を歩くだけでも楽しいけど、思考の片隅にはまだ、戦場への未練がある。
「明日……遠くから眺めるくらいなら、いいかなぁ……」
 宿も近くなり、呟きが空に溶ける様を眺めると、ミスティアがわたしの肩を叩いて来た。
 顔を前へ向けると、宿の傍の大きめな木の下に見知った顔を見つけた。ぼんやり光る杖を地に立て、いつもの穏やかな表情をしている。
「アンプちゃんだ! こんばんわーっ」
 高く手を振って呼びかけると、アンプちゃんも気付いて手を振り返した。ミスティアと並んで木の下に到着。
「こんばんは。この村でシャーティさんを見るのは新鮮ですね」
 普通な挨拶を返してくるアンプちゃんに、久しぶり~って抱きしめたくなった。けど、まだ旅から一日経ってなかったね。
「シャーティさんを尾行とか、待ち伏せの成功ですか?」
 ミスティアが聞くと、アンプちゃんはくすくす笑った。
「いえいえ。確かに二人が街を出る瞬間、寂しさとかはありましたけど。街から近く、自然の豊かなザイヒトには、元々よく行くんですよ。大地のエネルギーをお借りしたり、村の皆さんから話を聞いて、傷付いた土地を戻したりとか。明日もなかなか大仕事ですね」
 やっぱりアンプちゃんはお仕事というか、お役目を真面目にこなしてるんだ。現地での友達の活躍を見れたのも、外に出たおかげだ。
 そしてふと思いついた。アンプちゃんが遠出する時、わたしはいつも見送ってばっかりだった。でも今なら、わたしの活動範囲も広い。
「ねぇ、アンプちゃん。もしよかったら、その明日の仕事を手伝わせてくれないかな?」
 元々の予定はなくなっちゃったし、良い機会。お願いしたら、アンプちゃんは夜に輝く笑顔を見せてくれた。
「わぁ……! いいんですか⁉ ちょうど護衛が欲しかった所なので、村の方にお願いすることがなくなって助かります」
 どうやら今回は、たまに手伝ってた平和な草むしりとは違うっぽい。明日は村の戦士全員が飛び出す戦だけど、わたしも別の戦いが出来るかも。
「そういえば、明日は平原の方で大きな戦いがあるけど、雇える護衛っているのかな」
 ちょっとした疑問を口に出したら、アンプちゃんは口を開けて驚いてた。
「初耳でした。良かった、偶然居てくれたシャーティさん達しか頼れませんでした」
 何か良い案があるのかと思ったらなかったみたい。なら何があっても明日の予定はこれで確定してたね。
「よし、じゃあ明日よろしくね! ミスティアも、アンプちゃんの言う事聞くんだよ?」
「旅の共が変わりました。アンナプールナさん、これからよろしくお願いします」
「そ、そういう意味じゃないから、ミスティアはわたしのものなんだからーっ!」
「ふふっ、もうすっかり仲良しさんですね」
 アンプちゃんが笑ってくれた。この組み合わせで行く明日を楽しみに、並んで宿へ歩き出した。


「バーサークイエティ? イエティってあの白熊みたいな?」
「そうです。基本は踊り好きで騒音がある以外に、これといった被害が無い種族です。その中で低確率で生まれたり、成長途中の変異などがあり――人肉の味を覚えたり、単に戦いを求めるようになって凶暴化した個体を指します。普通のイエティを従えて危険な群れになった例もあるとか」
 アンプちゃんの話を聞きながら、平原の端にある緩やかな坂道を歩く。少しづつ標高が上がると、隣に広がる大平原の広さ、吹き抜ける自然の風を感じ、ちょっとバランスが崩れたりする。ぽつぽつと木が生えているけど、ザイヒトのような別の村や建物が見えたのは随分坂を上ってからようやくで、良い意味で何もない感じが街育ちの私をリラックスさせてくれる。
「このあたりの大地のエネルギーが弱くなっていて、生態系や作物に影響が出ている地域があるみたいです。なのでいつも通りこの杖で、豊かな自然を取り戻すのが今日のお仕事です。ただこの先は平原イエティの縄張りみたいでして……」
「ふーん……?」
 アンプちゃんが体に抱えた杖を揺らす。わたしがぼんやりと相槌を打ったら、静かに浮いていたミスティアが首をこちらに向けた。
「つまりシャーティさんの仕事は――アンナプールナさんの仕事の妨げになる恐れのある、イエティの隔離、もしくはバーサークイエティの鎮静化ですね」
「隔離はしなくていいです! まあ、まだ大地のエネルギーの原因が彼らと分かったわけでは無いですけど、護衛が必要だったのはそのためですね。バーサークイエティが誕生していないと分かって、戦いの必要が無くなるのが理想ですけど」
 アンプちゃんが目を細めて申し訳なさそうにしてる。もう何度もお手伝いはしてるけど、それでもたまにこんな顔をするのはアンプちゃんの性格の良さだ。普通のイエティでもちょっと仕事をするには気が散りそうだけど、隔離はしない方針なのも他種族への配慮を感じる。
「うん、分かった。他にも頼みたかったら何でも言って。――でも、ミスティアはしれっとわたしだけの仕事にしないでよ⁉」
 わたしが言ったら、ミスティアは首の向きを正面に戻した。
「多分戦いなんて出来ませんから」
「そんな事言って、普通のイエティの仕事もサボるよね?」
「やる気はあります」
「ほんとかなぁ」
 アンプちゃんが笑って、ミスティアの顔を覗き込んだ。
「適材適所もありますよ。ミスティアさんには私の方を手伝ってもらうかもなので、その時はお願いしますね」
「はい、頑張ります」
「どうしてアンプちゃんには素直なのーっ?」
 不満を垂れながら、それでも楽しく会話を続ける。そんな平和な散歩の傍ら、平原では両軍が並び立ち、睨み合いを始めていた。


「時間ピッタリだったから片方が宣戦布告したんだろうけど、動かないなぁ。黒番を譲り合ってるのかも」
 たどり着いた頂上。始まりそうな戦につい目が行ったわたしは、ザイヒト側の知り合いを探したり、相手側の戦力を確認したりした。遠いからあんまり分からないけどね。
 一般的に戦いの先手は黒陣営、後手は白陣営と呼ばれている。太古の昔、黒の大地の悪魔軍が白の大地を奪おうと襲撃をした事、そして白が逆転して黒を撃退した事。そういった歴史的文化を知りながら、白の大地――特に神や天使の統括するエリアで闇雲に先手を取る行為が、万民に良く見られるかと聞かれればまあ、違うよね。
 戦略面においても逆転戦法は強力って言われてるから、それを差し引いても先手で勝ちに行ける力をつけるのは少し難しい。おかげで天界の統括エリアは、高天原やアスガルドとかと比べても比較的平和。先に攻めない方が指揮が上がって、少し軍の耐久面が高くなるから。
「白陣営の指揮と逆転が欲しいって事は、戦力は互角なのかも。お仕事済ませてから観戦しても間に合いそう――よしっ、待たせてごめんね!」
 振り返って駆け寄る。二人は既に弱まった大地の中にいた。
「心の声漏れてましたよ。シャーティさんの方がサボるのかと心配しました」
「あの街で長く過ごすだけで、そんなに戦況が見れるくらい賢くなるんですね……」
「あ、あはは……まあね」
 ほとんど聞かれてたっぽい。全部人から聞いた話で確証無いから、ちょっと恥ずかしいな。
 わたしの靴が鳴らす、優しい土の音が変わった。緑の地面の世界で、この場所だけ色が薄いというか、灰色って感じだ。心なしか空気も美味しくない。
「何ここ、植物も元気無さそうだし、一部枯れてる……」
 わたしがふらふらと灰の天井を見上げると、アンプちゃん達も歩き出した。
「ここまで局所的にエネルギーが不足するなんて、珍しいです。豊穣神様の不興を買った、なんて話も最近聞きません。ここから増幅の為のエネルギーの素をお借り出来るんでしょうか……」
「話に聞くイエティの姿もありません。ここには私達しか――ん」
 ミスティアが立ち止まったので、わたしとアンプちゃんが目を向けた。その腹の宝玉の中が一瞬揺らめいたように感じた。
 ミスティアがうわの空で停止し、しばらくしてからわたしに向いた。
「シャーティさん。この枯れた自然の付近に、黄光の宝玉の反応があります」
「そんな事分かるの⁉」
「そうみたいなので報告しました」
 黄光といえば、わたしが今神器に付けてる神の宝玉。村で情報は得られなかったけど、偶然チャンスが訪れた。
「なら早速トレジャーハントだね! 方角は分かる?」
「この奥です」
 進行方向に指を指すミスティア。アンプちゃんに了承を求める意思で目を向けると、その身体が少し縮こまっていた。膝を少し曲げている。
「どうしたのアンプちゃん、この土地で気分悪くなっちゃった?」
 もしそうなら一旦退いて――とこちらも膝を曲げたけど、アンプちゃんは首を横に振って杖を握った。
「いえ、これが役目ですから、行かせてください。ただ、その奥の方から嫌な力を感じて……」
 わたしには分からないけど、二人は同じ場所から何かを感じてる。種族的な感覚の敏感さの違いかな。
 実際に生きてきた時間は分からないけど、二人より身長の高いわたしは、勝手にお姉ちゃんだと思ってる。アンプちゃんの事も心配だし、頼りになる人であれるよう頑張りたい。
「分かった。じゃあわたしが先行するから、何かあったら言ってね」
 胸元で拳を握り、大丈夫と伝える。かき分けただけで倒れたまま戻らない草の道を進むと、石の壁の一部が大きくくり抜かれているような場所を見つけた。
「高い岩だね。そしてこれは洞窟かな? ここから見た感じだと、それほど深さは無さそうだけど」
 わたしが穴を覗きながら言うと、アンプちゃんも隣に並んだ。
「大平原の端の境界線で、この壁を越えると別の地域になります。洞窟があるって話は聞いたことが無いです」
「自然の異変と同時発生したと考えましょう、反応は近いです」
 ミスティアもふわふわとついてきて、そのまま先に進んでく。
 続いてわたしも先行出来るように進んだ。普段やる気なさげのミスティアだけど、宝玉があるなら進んで動くようになってる。これが心境の変化か、隠された本能かは分からない。
 洞窟の中からツルハシで掘ったような音が響き、大きな声も聞こえてくる。
 広い洞窟は、外の光が届くほどの近さで行き止まりに到達した。そこには直立姿勢で整列する、白い毛皮の大きな獣――イエティの群れがあった。
「いた。普段は外の自然の方にいたんだよね?」
 わたしが確認すると、アンプちゃんがすぐに肯定の返事をくれた。洞窟に拠点を移したのだろうか。
「反応がこちらに来ます」
 ミスティアの発言に耳を疑う暇もなく、高い足音が群れの中から登場。赤い瞳を光らせたイエティ。
「あれは、バーサークイエティです、か……?」
 アンプちゃんが震え声で言う。
「え……あれって、もしかして……っ⁉」
 わたしは目を見開き、恐る恐る短剣を構えた。ミスティアは何も言わない。
 ――その体全体を覆うのが白の毛皮ではなく、黒の金属である事。その放つ青い光が、かつて見た魔物達と同じである事。
 それに対して動揺するのに心がいっぱいで、その左手に握る黄光の輝きが、お目当ての宝玉である事を喜ぶ余裕なんて無かった。
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登場人物紹介

シャーティ

明るく元気な人間の女の子。新米トレジャーハンターをやってたりするので、オセロニアっ子らしくアクティブに動ける。話に聞いた世界を自ら体験しながら、強くてカッコいい大人の女になりたい。

ミスティア

謎の技術で動作し、思考する無垢な人形。宝玉に対応した能力を持つ。

出生を始め、自身に関する知識を持たない。少々面倒くさがり。

アルン

人間に興味を持ち、姿を変えた風変わりな竜族。

赤竜騎士として人界を旅し、異種族と関わり、戦いに明け暮れるうちに知名度が上がっていった。

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