第5話 おぉまぁえぇっ!

文字数 3,124文字


 (斯うして文字にしてみると、まるで執着のやうで、純粋なるエゴのあらわれのやうに思われて、いいえ、違うのです、これも(こい)なのですと、言訳せずには済まなくなってしまうのが口惜しくて、さてはお前、相手を観てはいないのだと嗤われやしないかーー)

 はい、省略。
 またわけわかんないやつ。
 十日後、通信規制が解除されて、私はすぐに電話した。ラインじゃややこしいから、初めて自分から電話した。
 なにがあったかっていうとーー。
 何度目かの五泉。停車中、晴れ渡った空と風のない空気が、時を留めたかのように光を反射させていた。
 そこへ、嶋崎さんが迎えに来た。晴れ間を見て、いてもたってもいられなくなったから。
 自宅は駅近。だからって、普通はたどり着けない。
 防寒具が進化しまくって、配給の効率化も爆速。それでも外出は危険なまま。外へ飛び出した嶋崎さんはすぐに動けなくなった。肩まで沈む沼雪の上ではすぐに体力がなくなってしまう。
 同じ時、晴天に背中を押されて、けーちゃんも外へと飛び出してた。
 けーちゃんは特殊な人工毛で覆われたビートソレッドを使い、雪の上を泳ぐことができた。あっという間に嶋崎さんを助け出し、そのまま嶋崎さんの家へ。
 いつの間に両思いになってたんだよ!って叫びたくなる。
 だって好きじゃなかったら、ありえなくない?
 最初はめっちゃテンション上がったんだけど、好きじゃなくてもありえることだった。
 嶋崎さんは翻訳機を迎えにいっただけ。
 そっちかよ。
 確信した。嶋崎さんは変わってる。待って、悪口じゃないから。
 私は「やばくない?」とけーちゃんに聞いた。
 するとけーちゃんは嶋崎さんの新入生代表挨拶の一部を送ってきた。
 入学後、しばらくすると再生できなくなるから、自分で文字にして、大事に保存してたやつだって。マメだなー。

『私たちが向き合わなければならないのは寒さではありません。文字偏重のコミュニケーション社会です。
 声も手触りも知らない相手に、匂いや熱を伝えなくてはなりません。モノクロームに色を見なくてはならないのです。
 私たちは失われた多くの物事を知らないまま、いったいどうやって語り合えばいいのでしょうか』

 コンテキスト同好会? なにそれって反応だったけど、なんかわかったかも。
 けーちゃんに似てる。
 ……ってこれ、けーちゃんが文字にしたやつだった。あれ? どうなんだ?

『相手が詐欺師であろうと、宇宙人であろうと、人工知能であろうと、容易には知りえないのです。
 同時に、私たちも人間でいる必要はないのです。』

 あ、やっぱ狂ってる?
 と思いきや、神頼み前に書いた文字はそのまんまだって。
 ほらぁ! やばかったじゃん! 代表挨拶で言うことじゃないよ!

『迫り来る不幸があります。
 故に私たちは、予想を覆せると示さなくてはなりません。
 やがて世間は言うでしょう。
「子どもたちは心の交流ができない」
 大人たちは不明なストーリーを指して、これが令和だと名付けるでしょう。
 私たちは百人の友達と極寒の富士山山頂でカチカチに凍ったおにぎりを齧ることはできません。日本中を一回りすることもできません。ただ、世界中を笑わせることは可能かもしれません。
 これから、寒さ以上に厳しい檻が、私たちの前に立ちはだかるでしょう。
 幸にして、私たちは学校法人として日本最大であり、付属校の多い巨大グループに属しています。
 氷河期の影響をものともしない、先見性のあるこの学校を拠点に、先生方のお力を借りながら、必ずや訪れる困難を皆さんと超えていきたいです。』

 鬼メンタルには感動するかもしんないけど、どこがいいの?って聞かずにはいられない。
 電話越しでも、けーちゃんが胸を張っているのがわかった。
『興味は持つだろう?』
「うんまあ、うん」
 正直、距離はとるっしょ。
 そういえばけーちゃんは作文が苦手だった。ピカピカの小学一年生。初めての作文で、話を盛りに盛りまくったけーちゃんは先生をマジギレさせた。
 新入生けーちゃんは思ったらしい。
『なんで本当のことしか書いちゃいけないんだろう?』
 本当と嘘のボーダーラインを見極められなかったんだって。それから、けーちゃんは無難な文章しか書けなくなった。
 話すと楽しいのに、小論はびっくりするくらい凡庸。けーちゃんは話してこそ。
 嶋崎さんにわざわざ会いに行ったのも、このためだ。
 今頃は嶋崎一家を笑わせて、すっかり馴染んでるんだろうな。
「で、どうなの?」
『あ、電波が……』
「おい! 嘘つくな!」
 わかるけど。
 これはうまくいっている証だ。
 いとこと恋バナしといていまさら照れるか?
 本気ってうけるね。
 けーちゃんが告白できないって叫んだ時、ぜんぜん想像できなかったもん。人懐っこいけど、自分から告白できる性格かな?って。
 神様は最短コースで恋愛を成就させてくれたのかもしれない。
 だって、文字オンリーだったら、けーちゃんは手も足も出なかった。
 IDを交換したのは入学式から三ヶ月後。すぐにコンテキスト同好会に入ればよかったのに。あのけーちゃんがもじもじしてたと思うと笑える。
 ……あ。
 ふいに、気づいてしまった。
「ねえ、けーちゃん」
『…なん……は』
「フリはいいから。もう、要領がいいなんてもんじゃないね」
 私は思いっきり息を吸い込んだ。
「騙したな! なにが呪いだよ!」
『おかけになった電話番号はーー』
「マジで陰謀だったのかよ! サクキョンも知ってたの⁉︎」
 ぶちっ。
 切りやがった。
 そうだよ、おかしいじゃん! けーちゃんが神様を頼るなんてさ!
 将来に向けてきちんと準備するけーちゃん。氷河期になる前から、ネット社会を意識して、プログラミングを学んでいたけーちゃん。どの程度の実力があるか知らないけど、けーちゃんなら、その教室で助けになってくれる友達ができたに違いないんだ。
 乗っ取られてたのは私の方かよ。
 ラインもメモも、けーちゃんの仕業。呪いを本物らしく見せるための証言者が欲しかったから。
 当然、解析したサクキョンは気付いた。そんでまんまと味方に引き入れたってことだ。
 まさか、通信障害はけーちゃんたちのせいじゃないよね? わからない。
 わかるのは、けーちゃんはしっかりと時間をかけて計画を実行してたってこと。
 翻訳機の幻を生み出した時には、もう準備は終わってたんだ。
 きっかけは氷河期。
 テキストデータばかりになる。
 自分にとって不利。
 一番いいのは、インフラが進歩して、大容量の通信が行えるようになること。誰かが成し遂げるのを待っているタイプじゃないから、インフラづくりに参加することはすでに考えてたのかも。高校入学時点ですでに体づくりをはじめてとすれば、就職できたのも不思議じゃないし。
 嶋崎さんに惹かれたのも、同じ危機感を抱いていたから。しかも、自分よりも賢くテキストをあつかえる。
 どうだろ。まさか、恋じゃないとか?
 えっ、なんか怖くなってきた。けーちゃんってとんでもない化け物なんじゃねって気がしてきた。
 名演技だったよ。
 英語の宿題だけはマシなスペルミスっていうのも、日本語以上に難しかったからか。
 全部自作自演だとしたら、コンテキスト同好会は都合がいい。サクキョンが矛盾に気づいたように、神様の言葉にけーちゃんの作為を感じ取れるのは、文章が好きな人。
 嶋崎さんも味方につけて、神様翻訳に磨きをかけているとしたら?
 win-winだけどさ。
 え、マジ? けーちゃんは満足なメッセージを送れないってテイだったでしょ?
 ハイコンテキスト……?
 わかんねー!
 そうだ、寝よう!
 いったん寝よう!
 夜も遅いし、今日はすごく寒いし。
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登場人物紹介

ユナミ(瀬川 ユナミ/せがわ ゆなみ)

高校生。

近所に住むいとこのけーちゃんとは兄弟のような関係。

驚きの恋を目撃することになる。

けーちゃん(瀬川 蛍/せがわ けい)

高校生。

話すのは好きだが書くのは苦手。

容量がよく、神様さえも使いこなそうとしている。

嶋崎 ルチア(しまさき るちあ)

高校生。

けーちゃんの好きな人。

コンテキスト同好会の部長。

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