第2話

文字数 1,346文字

小松菜がすぐに売り切れるため、買えなかった客が店にクレームをつける様子がニュースで流れた。また、夜間に畑の小松菜が引き抜かれる事件も多発し、大きな社会問題となった。困り果てて、家庭菜園で小松菜をつくっている近所の一般家庭に頭を下げ、小松菜を仕入れる店も出てきた。

リンゴも同様だった。国産のリンゴはすぐに消えた。店ではオーストラリアやニュージーランド産のリンゴを置いたが、彼女たちは見向きもしない。
「高木繭子は完全無農薬の野菜しか食べないのよ。輸入物なんて話にならないわ」

家電量販店でもジューサーが飛ぶように売れ、特に高木繭子が使っていると噂されるK社のものは、1台10万円するにもかかわらず、すぐに完売となった。手に入らなかった者も別のジューサーを買い求めたため、全国的にジューサーが品薄となった。

リンゴはまだ、輸入物で間に合ったが、葉物の小松菜はそうはいかない。全国的な小松菜不足は、小松菜の価格を釣り上げた。価格はどんどん上がり、普段は一把150円ほどなのが、しまいには1,000円にまで跳ね上がった。
それでも求める者は後をたたなかった。

「ほうれん草でもいいじゃん」
「ほうれん草はアクが強いから生で食べてはいけないのよ。そんなことも知らないの? 馬鹿ね!」
「あー、はいはい。どうでもいいけど、君の稼ぎの範囲内で楽しんでくださいね」

この、役立たずの低給取りが。高木繭子の夫は会社経営をしていて、女優なんかしなくても暮らしていける身分なのよ。その余裕も美しさに表れているのだわ。うちは、共働きでないと絶対やってけないのに……。信子は惨めな気持ちになり、ため息をついた。

小松菜不足を解消するため、高木繭子のシンパ達は、小松菜を切り落とした根っこを水栽培して無理矢理葉を増やしたり、種から栽培することを思いついた。小松菜の種(これも供給不足に陥っていたため、近所の農家に譲ってもらうなど涙ぐましい努力をした)を裏庭やプランターに植えると、小松菜は比較的栽培が容易なため、すぐに増えた。ところが、農薬を撒かないため大量のアリマキと青虫が発生した。

「きゃあああ! 圭太お願い、虫を捕って!」
「農薬撒いたら一発だよ」
「駄目よ農薬なんか撒いたら!……ああ、綺麗になるって大変なのね」

信子は涙ぐみながら、ゴム手袋をした指でアリマキをこそげ取り、割り箸で青虫をつまみ、袋に入れた。青虫の処分はさんざん迷ったあげく、川に捨てた。青虫なんか見たくないしさわりたくもない……信子はモンシロチョウが飛んでいるのを発見すると、殺虫剤をかけた。

塩も問題だった。高木繭子が使っている塩はなにか? 信子が頻繁に掲示板をチェックし、情報収集したところによると、「女王の塩」という100gで5,000円するものらしい。ただしこれも売り切れ状態が長く続いていた。

「ひえー、塩で5,000円! いったいなにが入ってるんだ?」
「女王の塩は還元力がすごくて、つまり、体のサビを取ってくれるのよ。だから、若返り効果も高いってわけ」
「なるほど。でもさ、そういう塩だったらちょっと安くても他にもあるだろ。それでいいじゃん」
「駄目よ女王の塩じゃなきゃ! 高木繭子みたいになれないのよう」
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