第3話

文字数 872文字

圭太は読んでいた新聞から目を離し、静かに信子を見据えて言った。

「あのさ、俺、信子に高木繭子みたいになってほしいなんて思ってないよ。高木繭子は確かに綺麗だけどさ、もしここに彼女がいても、俺はやっぱり信子がいいよ」
「圭太……」
「綺麗な女って緊張するから苦手なんだ。でも、信子と一緒にいたら肩肘張らないっていうかさ、なんというか……楽しいんだよ。けど最近の信子は高木繭子、小松菜ってそればっかりで自分を見失ってるような気がして。俺はそのままの信子が好きなのに」

大学の同級生の圭太と結婚して5年。結婚当初は嬉しくて毎週のようにデートしてたけど、お互い仕事が忙しくなって、一緒にいることが少なくなっていた。最近はすっかり熱も冷めて、ただの同居人という感じだった。
口を開けば、いつも圭太に酷い言い方してたし、圭太をないがしろにしてた。
圭太が私をそんなふうに思ってくれているなんて。
信子の目に涙がにじんだ。
人のこと言えないのに、低給取りなんて悪態ついてごめんね。

「圭太って、綺麗な女は苦手なんだ」
「あ、いや……」
圭太は新聞で顔を隠した。

翌朝、情報番組『ドキドキ』に高木繭子が出演するため、信子はテレビを点けた。

「高木さん、昨今の小松菜ブームですが、高木さんの影響力は本当にすごいですね」
「ほほほ。実は今、お肉に嵌まってまして。ほら、お年を召されても元気な方は、お肉が大好きっていうでしょう。実際、女優の先輩で若い頃からお肉を一日も欠かさず食べていらっしゃる方がおられて、私もあやかりたいなと」

その日から、小松菜の価格は徐々に元に戻っていった。信子の家にも平穏が戻った。
でも、信子は小松菜の栽培を続けているし、毎朝晩の小松菜ジュースは欠かさない。
圭太が、
「信子、肌、綺麗になってきたな。小松菜効果か」
と言ってくれたのだ。

青虫用のプランターを別に作って、モンシロチョウに育てる楽しみも生まれた。
以前は見るのも嫌だったのに。
余裕があるってこういうことなのね。
でも、絶対にさわらないけど!


【完】


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