第5話
文字数 3,517文字
ファヴュレス
おまけ②俺、ポム
おまけ②【俺、ポム】
クラゲのポムは、今日も気持ちよさそうに漂っていた。
他のクラゲよりも強力な毒を持っているポムを襲うような生物は、この辺りにはいないためか、自由に泳ぎ回っている。
「あー。今日は水温が丁度良いなー」
誰に話しかけるでもなく、ただただ思うがままに浮いていた。
ふと、ポムは海面の方をじーっと見ていて、気付いた。
そうか。今はきっと雨が降っているのだと。
海の中にいると、雨が降っているとか嵐が来ているとか、あまり関係がなくなるのだが、こんな天気の日にも船を出す人間が時々いるのだ。
まあそうだったとしても、ポムは助ける気はまったくなく、自分はいつものように泳いでいれば良いのだと。
「ポム、ロミオさん見なかったか?」
「誰―」
「まずは目を開けろ。アンソンだ」
「あれ、本当だ。アンソンだった。なに、ロミオさん?知らないけど」
「そうか。悪かったな」
「ねーアンソン」
「なんだよ」
「美味しそうな吸盤だねー。一本でいいから足頂戴よ」
「やらねえよ。もしロミオさん見かけたらさ、南の海域で知らないマンボウが迷い込んでるから応援に来てくれって伝えておいてな」
「うーん。見かけたらね。覚えてたらね。やる気があったらね」
ぽか、とアンソンに軽く頭を小突かれたが、ポムはそれでもあちらこちらに漂っていた。
そのとき、いきなり海上から何かが降ってきて、ポムの頭にクリーンヒットした。
「い・・・たい・・・」
ゼラチン質のポムの身体は、正直そこまで痛くはないのだろうが、いきなりのことだったため、痛く感じたのだろう。
何が当たったのだろうと思って、ちょっと顔を下げて見てみると、そこには一人の人間がいた。
無視しようと思ったポムだったが、以前、ロミオに悪さをされたわけじゃないなら助けろ、と言われたことをタイミング悪く思い出してしまい、面倒臭いと思いながらも、人間を助けることにした。
だからといって、クラゲのままでは触手で触れてしまうかもしれないので、人間の姿になると、すいすいと泳いで人間の腰に腕を回し、浮上した。
人間の姿の時であっても、地上では呼吸が出来なくなるため、ポムは鼻より上だけを海面に出して泳ぎ、その人間を近くの島に連れて行った。
島に連れて行くと身体を横にさせ、そのまま去って行こうとした。
「ごほっ・・・あれ?」
すぐに海に戻って行ったポムは、人間が意識を取り戻したことに興味はなく、後頭部を見せながら去って行こうとしたとき、声をかけられてしまった。
「あの!」
「・・・・・・」
ああ、クラゲに戻っておけば良かったかと思ったが、もう遅い。
くるっとそちらに顔を向ける(鼻から下は海に浸かっているが)と、その人間はポムの方へと近づいてきた。
そして少しずつ海に足を入れていき、膝あたりまで浸かると、その場にぺたりと座りこんでしまった。
人間が今入る場所から先は、急に深くなっているため、それを知ってのことだろう。
「あの、ありがとうございました。あなたが助けてくれたんですよね?」
「・・・・・・」
うんともすんとも言わないポムを不思議に思いながらも、人間はポムに触れようと腕を伸ばしてきたため、ポムは反射的に後ろへと移動した。
しばらく黙ったままだった二人だが、またしても人間が話し出す。
「あの、ありがとうございました。私、奴隷船に乗せられていたんですけど、嵐がきて、海に投げ出されてしまって。えと、ミオンと言います。あなたは?」
今更ながらポムは、ああ、だから手錠をつけたままだったのか、と思っていた。
ジャラジャラと邪魔そうなものをつけているなと思っていたが、どうやら自分の判断でつけているのではないと分かった。
人間の世界には“奴隷”というものがいるらしく、人間が人間を飼うなど、とても滑稽な姿だ。
ミオンと名乗った女性に名を聞かれ、ポムは答えようかどうしようかと迷っていた。
教えても良いのかもしれないが、自分達のような存在がむやみに人間にバレるわけにはいかないとも思っていた。
だが、ミオンはそれでも聞いてくる。
「あなた、ずっとそうやっていて苦しくないんですか?息出来てます?」
「もしかしてお名前ないんですか?」
「何処から来たんですか?この近くに、あなたの他にも人がいるんですか?」
質問攻めにされ、ポムは嫌になって海へと逃げるために潜ってしまった。
「あ!待って!」
いきなり潜ってしまったポムを呼びとめたミオンだが、その声は届かなかった、
「あー、静かに泳ぎたい・・・」
少し潜ったあたりで、ポムはクラゲに戻ろうとしたのだが、何やら鈍い、何かが当たるような音がして、ふと顔を後ろに向けた。
するとそこには、手錠をしたまま泳いでくるミオンがいた。
このまま逃げ切ろうと思ったポムは、ミオンから逃げるようにさらに速く、深くへと潜り続けて行く。
そのうち諦めるだろうと思っていたのだが、ミオンは苦しさに顔を歪めながらも、ポムを追い続けてきた。
岩陰に隠れたポムは、ミオンが帰るのをそこで待つことにした。
しかしその時、ミオンの前にどこからやってきたのだろうか、肉食魚のゴリアテが現れた。
「・・・!!」
酸素の入った頬を膨らませたまま、ミオンは動きを止めてしまったが、止まったからといって、ゴリアテがミオンを狙わない保証はどこにもなかった。
やばいなー、と思って見ていたポムは、ゴリアテの後ろにこそこそと移動する。
ミオンを狙っているゴリアテは、口を開けてミオンを捕食しようとしたのだが、ポムはクラゲの触手を使って毒をゴリアテの体内に流し込んだ。
ゴリアテはポムの方を見て、今度はこちらに向かってくるが、ひょいひょいと移動しながら、あちこちに触手をあてていくと、ゴリアテはそのうち、意識を失って沈んで行った。
「ゴリアテ珍しいー。迷子かな?」
そうだと、ミオンがいたことを思い出し、ポムはミオンの方を見ると、ミオンは気絶していた。
しかも手錠をつけているものだから、ゴリアテと同じく下へと沈んでいた。
「まったく。人間は厄介だなぁ」
そう言いながらも、ポムは優雅に泳ぎながらミオンを救出すると、また先程の島へと連れて行った。
さっさと海に帰ろうとしたとき、ミオンに裾を掴まれてしまった。
息が出来なくなると思っていたポムだったが、なぜか息が出来た。
ごほごほと咳こみながらも、身体を起こしたミオンは、ポムを見て小さく笑った。
「良かった。またどっかに行っちゃうかと思いました」
「・・・放して」
「え?ああ、すみません」
「俺、人間嫌いじゃないけど、好きでも無いから。もう関わりたくないんだよね」
「あなたも、人間でしょ?」
「煩わしい関係はいらない。俺はあんたのこと知ったところで興味もなにもないから、あんたも俺のこと根掘り葉掘り聞こうとしないで。面倒臭い」
「ごめんなさい・・・」
「俺は束縛されたり干渉されるのが一番嫌い。だから人間を飼う人間の気持ちなんか分からない。それにはっきりものを言わない奴も嫌い」
「ごめんなさい・・・」
「はあ・・・。もういいや。あんたとはもう二度と関わらないだろうから。じゃ」
そう言って、ポムは海へと潜って行くと、後ろでミオンが何か言おうとしているのが分かった。
しかしぐっと言葉を飲み込むと、小さい声で「ありがとう」と言っていた。
それがポムに聞こえたかどうかは不明だが、海に戻ったポムは、さっそくクラゲになってまた流されるまま泳いでいた。
そこへロミオがやってきた。
「地上の空気はどうだった?」
「・・・やっぱりロミオさんの仕業だった・・・。生温くて俺はあんまり好きじゃない。汚れた空気吸わされた」
「はは。悪かったな。お前が人助けしてるのが見えたんでな、折角だから人間みたいに外の空気を吸うのも悪くないかと思ったんだけどな」
ロミオがそう言うと、ポムにしては珍しく、不機嫌そうな顔を向けてきた。
「俺はクラゲ。海の月。地上にふたつも月はいらないでしょ」
「お前は月っていうより、雲って感じだけどな」
そんなロミオの言葉などすでにポムの耳には届いておらず、また自分が思うように泳ぎ続ける。
それから数日後のこと。
「あれ?ポム知らないか?」
「ポムっすか?いや、最近見てないですね」
「あいつ、また遠くまで行っちまったか?」
そこから数千キロ離れた海にて。
「うーん。最近寒いなぁ。どうしたんだろ」
ふと、久しぶりに目を覚まし、あたりを見渡しながら、ポムは諦めたように漂う。
「また知らない場所に来ちゃった・・・」