第1話

文字数 14,409文字


ファヴュレス
何も知らぬと人生は最も楽しい

 登場人物

       デュエー(ロミオ)

       リマタ

       ジュラシ

       ジン

       アンソン

       ポム

       乙姫

       サミュ

       ルアナ

       篝

       ナターシャ

       サニー



























虹を見たければ、ちょっとやそっとの雨は我慢しなくちゃ。

      ドリー・バートン



































 第一青【何も知らぬと人生は最も楽しい】



























 誰もが一度は夢見るであろう、海の中で呼吸が出来て、優雅に泳げたらと。

 しかし、海の奥深くへと進むほどに、海の中は漆黒の闇に染まって行き、恐怖さえ感じる世界なのだ。

 もしもあなたが海の中で自由に生きられたらと願うなら、きっといつかの未来では、そういう時が来るのかもしれない。





 「まだ着かないのかい?」

 「船長、どうやら昨日の嵐でコンパスが狂っちまったようです」

 「ふざけんじゃないよ。さっさと直すんだよ。誰かに取られちまったらどうすんだい」

 広大な海の上をプカプカと浮いている一隻の船がある。

 そこに乗っているのは大半が男たちなのだが、指揮を取っているのはどうやら女だ。

 金髪の髪で左目は隠れており、はねている。

 左上で少し縛っているところは可愛らしくもあるが、女の耳には大きなリングのピアスがついており、首にも金属のチョーカーがついていた。

 女はナターシャと呼ばれている、ここら辺の海域をなわばりとしている、珍しい女海賊の船長だ。

 ナターシャの海賊船には奴隷たちも乗っており、手足に鎖つきの錠をつけられたまま、作業をしている。

 「野郎ども、見逃すんじゃないよ。見つけたらすぐに報告するんだよ、いいね!」

 「「いえっさー!」」







 一方、名前の無い島にいる篝という男がいた。

 男はたった一人で、数百人は住めるであろう広い島にいた。

 紫の髪を風に靡かせながら、しばらく食べていない食事を取る為、手作りの竿を海に落としていた。

 「あー、全然釣れねえなあ」

 朝から、というよりも、正確にいえば数日前からずっとこうして釣り竿を垂らしているのだが、一匹も釣れない。

 「やっぱり潜って取るしかねえかな」

 篝がいる島は不思議なことに、動いているように感じるのだ。

 それには根拠があって、毎日毎日夜空を見ていると、星の位置が違うのだ。

 それに、最初の頃にはこの島の近くにも幾つか島があったはずなのに、周りの島は一夜にして見えなくなってしまったことがある。

 「よぉし、そうときまれば・・・あれ?」

 篝は服を脱いで、海の中に入って魚を取ろうとしたとき、最近見掛けなかった船を見た。

 声をかけようとも思ったのだが、その船には海賊旗が掲げられており、思わず声を飲みこんでしまった。

 しばらく見ていると、数人の男たちが海の中へと潜って行き、少しすると出てきて首を横に振っているのが確認できた。

 「?何やってんだあいつら」

 同じように魚でも取っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 船からは誰かの声が聞こえるが、誰かは分からない。

 そしてまた手錠をつけた男が潜って行くが今度は全然あがってこなかった。

 始めは、すごい肺活量だな、と感心していた篝だったが、人間だとしたら確実に死んでいるであろう時間が経過しても男はあがってこない。

 すると、また別の男が船から海へとダイブして、また潜って行く。

 しかし、やはりあがってこない。

 そうして手錠をつけられた男たちが数人あがってこなくなると、篝は自分も潜るのは止めておこうと、脱いだ服をまた着た。

 奴隷が潜ったきり上がった来ないことに、ナターシャは苛々していた。

 「どういうことだい!!なんであいつらは上がってこないんだ!!」

 「船長、もしかしてこれ、奴らの仕業じゃあ・・・」

 「ああ!?奴らって、もしかしてセイレーンのことかい?馬鹿じゃないのか?そんなもんいるわけないだろ!別の奴潜らせな!」

 「は、はい!」

 しかし、次に潜らせた男もあがったこなくなると、ナターシャは近くにあった酒樽を足で蹴飛ばした。

 中身が零れてしまったが、今はそんなことに構っていられない。

 その時、クスクスと笑う声が聞こえた。

 ふと、船に乗せた覚えの無い男が一人、そこに立っていた。

 「なんだいあんた」

 「サニーと申します。もしよろしければ、私が潜ってさしあげますよ?ただし、財宝が見つかったら、半分くれます?」

 「・・・・・・」

 突然目の前に現れたサニーという男は、とてもなよっちい印象を受けたが、泳ぎが得意だからということなので、潜らせることにした。

 もしも財宝を見つけたとしても、正直に半分くれてやることはないと考えたのだ。

 「わかった。頼んだよ」

 サニーは少し準備運動をすると、洋服を着たまま、海へと潜って行った。

 水分を含んで重くなるからと、大抵の男たちは服を脱いでから海へ潜るのだが、サニーは泳ぎに自信があるからか、脱がなかった。

 「・・・・・・」

 無事に潜ったサニーは、あたりをきょろきょろと見渡す。

 あがって来なかった男たちの姿は勿論、他にも特に何もなかった。

 「!?」

 その時、何かの気配を感じた。

 しかし、三百六十度見渡しても何もいなかったため、サニーは更に進んで行く。

 そして、何やら建物のようなものがあるのを発見した。

 建物というよりも、何処かの都市と言った方がわかりやすいだろうか。

 海の中に広がるその都市は、三割から四割ほどが壊れていて、とてもじゃないが地上にあったら雨風が凌げないようなものだ。

 ここを見たら一旦浮上しようと思い覗いてみると、そこには重いがけない光景が広がっていた。

 腰あたりまでは普通の人間と同じなのだが、下半身は魚のようなヒレや鱗がついており、人魚だと瞬時に分かった。

 だがそれよりも、人魚たちの向こう側には、潜って行った海賊の奴隷たちがいて、すでに顔を青くして死んでいた。

 「・・・!!!」

 瞬間、ぼこぼこ、とサニーの口からは酸素が零れて行った。

 それに気付いた一人の人魚が、サニーの方へと泳いできた。

 サニーは急いで船へと向かって泳いで行くと、人魚に足を掴まれてしまった。

 しかし、呼吸もしなければいけないサニーは、身体を丸めて人魚の髪を思いっきり引っ張ると、そのまま強引に泳いだ。

 「ぷはっ!!!」

 「何か見つけたのかい!?」

 サニーは収穫とばかりに、手にもった人魚を船に何度かぶつけて戦意を失わせると、そのまま船に連れて行った。

 サニーが連れてきたそれを見て、ナターシャたちは驚きを隠せなかった。

 確かにそれは人魚で、額には何か模様が描かれているが、何を意味しているのかはさっぱりだ。

 しかし、人魚は市場で高く売れると、ナターシャはサニーを気に入って船に乗せることにした。

 「良くやったな!こいつを売って、しばらくはどんちゃん騒ぎが出来そうだな!」

 そう言うと、サニーはそれは止めた方が良いと言ってきた。

 「人魚だぞ?価値わかってるのか?」

 「ええ。しかし、ここの海には、それよりももっと価値のあるものが眠っているのです」

 「隠された財宝のことか?そんな見つかるか分からないものより、まずはこいつを売ることが先決だ」

 「いいえ」

 この船において、ナターシャは絶対的な立場であり、言葉を遮るものなど今まではいなかった。

 だからなのか、ナターシャは少し不機嫌そうにしたが、サニーの言葉を聞くと、すぐに目の色を変えた。

 「その人魚は、餌として使います。エビで鯛を釣るように、人魚から財宝を釣るというのはいかがですか?」

 「・・・・・・」

 考える素振りを見せていたナターシャだが、明らかに先程までとは表情が違う。

 案の定、ナターシャはニヤリと笑う。

 「のった」

 「それなら良かった」







 穏やかに見える海の中では。

 「ルアナが誘拐された!?」

 「そうなの!人間に連れて行かれたの!」

 人魚たちが大慌てで、海の中を泳ぎまわり、ルアナが人間に誘拐されたと騒いでいた。

 当然、その話は瞬く間に広まって行き、魚たちはその人間を探せ探せと、近くに人間がいないかと探していた。

 「いたよいたよ!」

 「ニンゲンを見つけたよ!」

 「あっちにいた!」

 「魚釣ってた!」

 「引っ張っちゃおう!」

 近くに人間を発見した魚たちは、その人間が垂らしていた糸にわざと引っ掛かった。

 すると、人間は勢いよく引き上げようと力を入れるが、魚はなかなか釣れない。

 それは当たり前で、下では魚たちが大勢糸に喰らい付き、人間を海の中へと連れて来ようとしているのだから。

 そんなことを知らない人間は、ただただその力に引っ張られる。

 「うわああああ!!!」

 そしてそのまま、海の中へと引きずり込まれてしまった。

 「(いっ・・・息がっ・・・!!)」

 頬を膨らませて、なんとか水面へと向かおうとしていた人間だったが、まるで人間に掴まれているように、力強い腕に掴まれてしまい、逃げられなかった。

 そのまま深く深くへと連れて行かれたかと思うと、ずっと息を止めていたせいで、意識を失ってしまった。







 「・・・・・・」

 確か自分は海の中へと引きずり込まれて、ああ、そのまま死んでしまったのか。

 そんなことを考えていた人間だったが、自分が死んだような感覚は全くなく、まだ生きているように思える。

 ゆっくりと目を開けると、周りは確かに海に囲まれているのだが、人間が寝ているところだけは空気がある。

 どういった原理だろうとか、普段ならきっと思うのだろうが、それよりも何よりも、ふと周りを見渡せば、自分と同じような姿形をした者たちがいた。

 一人はニット帽のようなものを被っており、青と白の髪をしており、ワイシャツと思われるものを着ている。

 口の端には牙のようなものが見えるが、今は見えないことにしておこう。

 もう一人は毛先が黄色、他は水色の髪をしていて、首が隠れた黒い服だが、肩から腕は出ている。

 まるで格闘家のような格好をしているが、二人とも男のようだ。

 人間をじーっと見ていたかと思うと、目が開いているのを確認して、いきなり掴みかかってきた。

 「おい、ルアナを何処に連れて行った?」

 「へ?」

 「へ?じゃねえだろ」

 怖い感じで話しかけてきたのは、ニット帽を被った方の男だ。

 もう一人の男は腕組をしたまま、じーっと人間を見ていた。

 「お前が連れて行ったんだろ?ルアナだよ。どうせお前らのことだから、売って金儲けでもしようと思ってんだろ?」

 「る、ルアナって誰?ていうか、そんなに金儲け出来る様なものなの?」

 「惚けやがって」

 自分はやっていないと何度言っても、その男たちは信じてくれなかった。

 「お前、名前は?」

 「な、名前?か、篝」

 「篝・・・?ふーん」

 聞いた割りには興味なさそうにするニット帽の男は、隣にいる男にどうする?煮る?焼いて食う?なんて恐ろしいことを聞いていた。

 そもそもルアナというのが誰なのかも知らないのに、良い迷惑だ。

 逃げられないかと周りを見てみるが、どこもかしこも真っ黒い海に囲まれており、相当深い場所にいることしか分からない。

 こんなところで下手に逃げて、呼吸が出来なくなって死ぬなんて嫌だ。

 篝としては、ただ魚を釣って塩焼きにして食べようと、ささやかな楽しみを満喫しようとしていただけなのに。

 そのとき、ぷかぷかと何かが漂ってきた。

 それは篝でも知っている、きっとクラゲというやつだ。

 そして男たちの前まで来たかと思うと、ぽん、と人間の姿に変わった。

 「・・・!!!」

 それに驚き、口を大きく開いて金魚のようにぱくぱくしていた。

 「ポム、何か分かったのか」

 どうやらそのクラゲはポムというらしく、青い癖っ毛の髪に、ブイネックの服を身に纏っている。

 「誰こいつ」

 篝を見るなり、怪訝そうな表情を向けながら、だるそうにぷかぷか浮きながら岩場に寄りかかる。

 「ルアナを連れて行った犯人だよ。けど全然吐かねえんだ」

 「そろそろ言った方が身のためだと思うよ」

 やっと口を開いたもう一人の男だったが、ポムは「ああ」と脱力しながら声を出す。

 「そういやさあ」

 「何だよ」

 「そいつじゃないよ。ルアナ連れて行ったの」

 「・・・はああああ!?おま、そういうことはもっと早く言えよな!!なんでこのタイミング!?ポム、お前そういうとこあるからな!ロミオさんは許しても、俺はもうちょっと早く言って欲しいタイプだからな!」

 「あー、ごめーん」

 「なんだ。じゃあこいつ違うんだ」

 良く分からないが、どうやら無実の罪だと分かってもらえたようだ。

 何か文句を言いながらも、男たちは篝を解放した後、さて誰が海面まで連れて行こうかと話していた。

 もう誰でも良いから早くしてくれと思っていると、なにやら気配を感じた。

 そして長い髪をした女が来たかと思うと、その後ろから大きな男がやってきた。

 「ロミオさん!」

 ロミオと呼ばれた男は、紫と黄色の長い髪をしており、髪には真珠が連なったものが数本絡まっている。

 王冠も被っているし、耳にも三角形のピアスをつけており、首にも何やら立派そうなネックレスをしている。

 ロミオが来た途端、男たちはお辞儀をして膝をつく。

 偉い人なのかと思っていると、ロミオが篝の方を見て微笑んだ。

 「何か粗相をしたようだな。俺が責任を取ろう。申し訳ない」

 「え?あ、いえ」

 ロミオは男たちに何があったのかと聞くと、ルアナが人間に誘拐され、その犯人がこの男だと思ったと正直に話した。

 その会話の途中で、ようやくルアナと言うのが人魚だと言う事が分かった。

 「ジン、アンソン、お前たちはもっと慎重に動くよう心がけるんだな」

 「「はい」」

 ニット帽を被った男がジン、もう一人の男がアンソンというようだ。

 この時も、ポムは一人優雅に浮いていた。

 「紹介が遅れたね。俺はデュエー。だけど周りはロミオって呼ぶんだ」

 「ロミオさんは海の覇者で、あの有名なポセイドン様の末裔です。失礼のないようにしてください」

 急に隣にいた女にそう言われ、篝は身体をシュッと背筋を伸ばせた。

 それを聞いていたロミオは大きく笑いながら、篝の前の岩に腰を下ろした。

 「こいつはリマタって言ってな。俺の側近だ。で、こいつらはジン、アンソン、それからポムだ」

 ジンはサメで、ライバルはなぜか肉食なのに可愛いと言われているシャチだそうで、縞模様が大嫌いだとか。

 アンソンはタコとイカをかけあわせた種らしく、海の中の変装名人と呼ばれているらしく、頼んでもいないのに擬態をして見せてくれた。

 ポムは先程見た通りクラゲで、人間のような姿をしているが、触ってみるとゼラチンのようにぷにぷにしている。

 だが、毒のある触角を持っているからあまり触らないほうが良いと言われ、もっと早く言ってくれと、心の中で思っていた。

 「他にも仲間はいるんだが、まあ、とにかく今はルアナを何とかしないとだしな」

 「そういえば」

 何かを思い出したのか、ポムがだらーんと身体を漂わせながら口を開いた。

 「連れて行ったのは海賊だよ。その人間が海賊船に乗ったのを見たって、カモメが言ってたからー」

 「ポム、そういうことは早く言うんだぞ」

 「ごめーん。忘れてた」

 海賊を見つけるのは簡単なことではないらしく、それは普通の船との見分けがつかないからだ。

 海面から見ればすぐに分かることでも、船底しか見えない彼らにとっては、一度海面に姿を見せるというリスクを背負わなければいけない。

 もしもその時に姿を見られてしまえば、今回のルアナのように捕まってしまい、売られるという最悪の事態もあり得る。

 「そういや、ジュラシ見かけませんけど、何処か行ってるんですか?」

 「ああ、ちょいとパトロールにな。そろそろ戻ってくるとは思うんだけどよ」

 そんな話をしていると、ロミオが篝を見て、話しかけてきた。

 「何処から来たんだ?」

 「えっと、島」

 「島の名前は?」

 「名前、ない。地図にも載ってないし、動いてるのか、多分今頃もどっかに行っちゃってるかも・・・」

 「名前が無くて動く・・・」

 篝からの話を聞くと、ロミオだけでなく、他の者たちまでもが顔を見合わせて、何か話していた。

 そういえばここに連れて来られてしまったから、帰る島が無くなっているかもしれないな、と心配していた。

 「パッピ―だな」

 「パッピ―ですね」

 「パッピ―だ」

 「パッピ―」

 なにやら不思議な単語を言い始めたロミオたちに、篝は一人首を傾げる。

 「ぱっぴー?」

 「パッピ―は俺達の仲間でもある。まあ、言ってみれば首長竜だ。間違いないだろう」

 「首長竜って、そんなもの現代にいるわけ?滅んだんじゃないの?」

 「まあ、滅んだと思われても仕方ない。けど、パッピ―のような存在は確かに現代においても実在する。そして人間が発見した島の中には、パッピ―の背中もあることだろう」

 「・・・背中」

 ここでようやく、篝は納得した。

 パッピ―という名の首長竜の背中に自分が住んでいて、だから動いているような感覚もあり、見える景色が常に違っていたのだ。

 「それにしても、なんでパッピ―?」

 何よりも気になったのは、パッピ―という名前そのものだった。

 「あー、誰がつけたんだっけ?」

 「ロミオさんじゃなかったんでしたっけ?」

 「俺じゃねえよ」

 「じゃあそんな変な名前、ポム・・・?」

 「えー、そうかも。でもパッピ―ってパッピ―な感じじゃないよー」

 「どういうことだよ」

 結局、誰がどういう理由でつけたのかは分からなかったが、篝がパッピ―の住人だと分かると、そこまで連れて行ってもらえることになった。

 「そうだ。折角だから、ちょっと案内してやるよ」

 「え?案内?」

 そう言うと、ロミオは篝に呼吸が出来る酸素ボンベのようなものを取りつけると、腕を引っ張って行く。

 ジンたちはそれぞれ本来の姿へと戻ると、ロミオを取り囲むようにして泳ぐ。

 ただし、ポムは自由に泳いでいるが。

 水圧に耐えられるのかと心配していたが、特に変化は見られなかった。

 「あそこが人魚の溜まり場で、キィヴェリエ都市ってんだ」

 「キィヴェリエ?」

 そこは都市という名にふさわしく、まるでそこに国が一つあるようだ。

 「俺達が小さい頃からここにあってな。話では、約七千万年前に繁栄していたとされている都市らしい。なぜ滅んだのか、海の中にあるのか、それは謎だ」

 「へー」

 ローマの街並みのような、とはいっても、実際にローマなど行ったことがないため、想像でしかないが、イメージとしてはローマのような街並みだ。

 風化というか、ずっと海の中にあったからか、あちこち破損しているし、住むには不便なことがありそうだが、それを差し引いたとしても綺麗だ。

 「かつて、このキィヴェリエに住んでいたとされている人間がいたんだが、その人間も滅んだと言われている。けど、人魚たちにとっては城みたいなもんでな、気に入ってよくここにいるんだ」

 次行こうと言って、ロミオはまた篝を連れていく。

 ロミオが次に案内したのは、自分のお気に入りである沈没船だった。

 「これはドロシー・ルアン号。十五世紀ごろに造ったとされている船だが、嵐にやられたのか、海賊にやられたのか、はたまた別の原因なのかは分からない。けど船内には珍しいもんが沢山あって、俺は気に入ってる」

 「わあ、でか・・・」

 ドロシー・ルアン号は、とにかく大きかった。

 人間が何百、何千人と乗れるのではないかというほどの大きさで、船内に入れば一つ一つの部屋も広かった。

 街頭のようなランプもついていて、廊下には絵画が飾ってあったのか、今は廊下でぐしゃぐしゃになってしまっているが。

 船首には鶴か白鳥か、そのような鳥の形をしたものがあしらわれている。

 「こんなに大きな船が沈むなんて」

 「ここまで大きいと、そう簡単には沈まないだろうけどな。岩礁に当たったか、操縦ミスか。とにかく、こんなにでかい船でも沈むことがあるってこった」

 よく、トレジャーハンターなどが沈没船に訪れて、一攫千金を狙うなどという話があるが、果たしてそれは本当だろうか。

 なぜなら、今篝がいる沈没船は、確かに立派だし大きいのだが、宝があるようには全く見えない。

 「こういう船に宝とかってあるの?」

 「ん?宝?ああ、たまに来る人間が探してる、金になるものか」

 ロミオたちのいる場所は、人間が潜ろうと思えば潜れる深さらしく、時々宝を手に入れようとする人間が来るらしい。

 だが、誰一人として宝らしきものを持って帰ったところは見ていないという。

 「それが宝を運ぶ船ならまだしも、人を乗せるだけの船だったなら、宝なんてあるわけないだろうにな。人間のロマンってやつなんじゃねえのか?」

 「まあ、分かる気はする」

 そもそも、島にいる、というかパッピ―という名の首長竜の背中で一人で暮らしている篝にしてみれば、ロマンよりマロンが良い。

 「ここが多分船長室だ」

 そう言ってロミオが案内したのは、書類やら本やらが沢山ある部屋だった。

 日誌のようなものまであるが、すでに文字も滲んでいるし、まともに読めそうにない。

 「ここにある本を読むと、人間がどれだけ海を恐れているかってことが分かる」

 「・・・恐れてるっていうか、それは船長の仕事だからじゃないの?客乗せてるなら、事故を起こさないようにするために、海のことを調べて事故を防ぐ。それだけだろ?」

 「どうもお前等人間ってのは、強さの意味を吐きちがえるところがあるからな」

 「?」

 続いてロミオが篝を連れて行ったところには、巨大なリュウグウノツカイが数匹泳いでいる場所だった。

 それは何メートルとか、そんな簡単な数字では表せないような大きさで、篝は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 「見た目より大人しい奴らだ。安心しろ」

 どうやらそこは海底火山が起こった場所らしく、中には空洞があるらしい。

 ロミオはそこへ連れて行こうとしたのだが、篝は断った。

 そんな場所に入っていって、また火山が噴火したらと心配したのだ。

 ここはもう噴火はしないと言われたが、どうも信用出来ない。

 「まあ、無理に連れて行きやしねえよ」

 ケラケラ笑いながら、ロミオはすいすい泳いで行くのを眺めていたら、ふと、篝は脳裏に疑問が浮かんだ。

 「なんで人間の姿になれるの?」

 「俺はもともとこれが姿だ。あいつらは、なんていうか、呪われてるのとは違うんだけど、人間の姿になるという罰を与えられた」

 「罰・・・?」

 生きるか死ぬかの世界において、ロミオたちは命を食べ、その命で自分が生きていることを感じる。

 命を無駄にしないためにも、自分が食する分だけを捕まえる。

 「無駄に命を奪うのは、人間くらいだ」

 「・・・・・・」

 そう言われてしまうと、言い返せない。

 罰の意味をそれ以上はなにも教えてはもらえなかったが、ロミオは「それにしても」と篝の方を見て笑った。

 「この辺で釣りって、あんまり釣れねえだろ」

 「そうそう。釣れない!なんで?」

 「俺の縄張りだからな。ま、海全体が縄張りといえばそうなんだが、この辺は特に気に入ってて良く来るんだ。海底火山もあって、人間もちょくちょく潜ってくる。だからこの辺の魚は利口だぜ?」

 「知らなかった・・・。もう三日三晩何も食べてないから・・・」

 空腹を思い出すと同時に、ぎゅるるる、とお腹が鳴った。

 するとロミオは海藻を沢山くれた。

 「じゃ、俺はそろそろルアナ救出もしないといけねえから、パッピ―のとこまで送って行くよ」

 「あ、それなら、俺海賊船見つけたら教えるよ。俺の方が早く見つけられるかもしれないし」

 「そいつぁ助かるよ」

 ロミオに連れられて泳いでいると、何かの尾びれのようなものを見つけた。

 「これがパッピ―の足だ」

 ぽん、とロミオが叩くと、前方の方からぐるっと何かが動いてきて、なんとも可愛らしい顔の生物が近づいてきた。

 とはいえ身体は大きいため、顔もそれなりに大きいのだが。

 「パッピ―、お前の背中に住んでる人間だ。よろしく頼むぞ。あと、この辺に海賊がいるみたいだから、気をつけろよ」

 ロミオの言葉に、パッピ―はにこっと笑い、何度も何度も頷いた。

 パッピ―の顎あたりを摩ると、それはもうまるで飼い犬のように懐いており、そんな光景を見ていた篝は呆然とする。

 パッピ―の背中に無事に乗る頃には、ロミオはもう海の中へと潜ってしまい、篝はもらった海藻を食べていた。

 パッピ―はというと、背中だけを海面に出して、首はずっと海中にあるようだ。

 これだから気付かなかったのかと思い、篝は少し泳いでパッピ―の様子を見てみると、どうやらパッピ―は草食のようで、岩についた海藻や苔を食べていたが、時には貝も食べていた。

 「お前、パッピ―っていう名前だったんだな。ならここはパッピ―島だな」

 クークーと鳴きながら、パッピ―は優雅に静かに泳ぐ。

 島にあがって着替えた篝は、海賊船を探し始めた。

 「確か、なんか派手な旗だったよな」







 篝をパッピ―のもとへ帰した後、ロミオのもとへとリマタがやってきた。

 「ロミオ様、あの人間を帰して良かったのですか」

 「ああ。害はないさ」

 「ですが」

 「いいんだ。それよりも、今はルアナを助けることが先決だ」

 この広い海原で、たった一隻の海賊船を見つけることは、困難だった。

 「シャチやイルカにも協力してもらおう。それに空からも探してもらう」

 「ロミオさん、シャチはジンが嫌だって言いますし、イルカはジュラシが嫌だって言いますよ。変なライバル心持ってますから」

 「俺もカモメとかあんまり好きじゃないよー。あいつら、飛べるってだけで超偉そうなんだもんー」

 ロミオの言葉に、アンソンとポムがそう言うと、ロミオはため息を吐いた。

 「嫌だとか嫌いとか言ってる場合じゃないだろ。今は協力してもらって、一刻も早くルアナを助けることだ」

 ぶーぶー言っていた二人も、姿を変えると海へと漂って行く。

 その頃、ルアナを捕まえて満足していたナターシャは、サニーの言葉を信じて、海底に眠るという財宝の話を聞いていた。

 「それは本当なんだろうね?嘘だったら承知しないよ?」

 「本当ですよ。一生豪遊してもしたりないほどの値打ちだと聞いてます」

 「そりゃ愉しみだねえ」

 そう言ってちらっと横を見ると、半身浴をしているように見えるルアナの姿。

 こちらを見て睨んでいるが、他の男連中はルアナの妖艶な姿に目も心も奪われているようで、今ではナターシャよりも良い扱いをしている。

 「紅茶飲む?」

 「馬鹿野郎!レディは爽やかなレモンティーだろ!」

 「ほうじ茶」

 「カシスオレンジなんてどう?」

 「お前等五月蠅いよ!黙ってな!」

 「・・・おばさんになると、若い子がちやほやされてるのを見てヒステリー起こすのね」

 「なんだって・・・?」

 ナターシャは立ちあがると、ツカツカと歩みよってきて、近くにいた男の腰から銃を抜くと、ルアナに向けた。

 威嚇とばかりに一発撃つと、男たちはひいい、と言いながらその場を離れて行く。

 「あんたを生かすも殺すも私次第なんだよ。覚えておきな」

 「殺したきゃ殺しなさいよ。人間なんかに飼われて生きるくらいなら、ここで死んだ方がマシよ」

 「強気なところがまたいい!」

 「お前等は黙ってな!」

 ふん、と顔を横に動かして顔を逸らしたルアナは、何かを感じていた。

 振動を感じるような、地響きというのか。

 「良い度胸だね。なら、ここで死んでおくかい?」

 「殺してしまったら、財宝が手に入りませんよ?」

 「なに、殺さない程度に痛めつけることも、殺しても生かしているように見せることも、私には出来るんだよ」

 「恐ろしいことを言いますね」

 ふふふ、とサニーは渡っていると、少し離れた場所にイルカの群れを見つけた。

 「見てください。イルカですよ」

 「イルカなんて美味しいのかい?」

 「あなたの頭にはそれしかないんですか」

 船の横を泳いで行くイルカの群れを眺めていると、急に船が大きく揺れた。

 どしん、というか、ずん、というのか。

 とにかく重い様な音がしたのだ。

 「!?なんだい!?」

 「船長!何かが海底から船に体当たりしています!!」

 「ったく!なんだってんだい!」

 「・・・・・・」

 わーわーと船内は慌てふためいているが、ただ一人、サニーだけは頬杖をついて、海面をじーっと見つめていた。

 「ジン、もう一回だ」

 「また!?なんでこんなときにジュラシはいねえんだよ!!!こういうのはあいつの方が得意だろ!?」

 「ずべこべ言うな」

 海中では、ナターシャのいる海賊船を見つけたと篝から連絡があり、船底をジンが何度も体当たりしていた。

 船を揺らして沈めようとしているようだ。

 徐々に揺れが大きくなると、船員たちや奴隷は次々に海へと落ちて行った。

 「うわーーーー!!!」

 「助けてくれ!!!」

 海へ落ちた船員や奴隷たちは、ポムの触手の毒や、アンソンの吸盤付きの手足によって海へと引きずり込まれていった。

 船が大きく揺れたことによって、ルアナが入っていた浴槽のような場所から、タイミングを計ると、海へと勢いをつける。

 「ちょいと!人魚が逃げるよ!捕まえな!」

 「船長!これじゃあ無理です!」

 「ったく。こういうときにほんっと役に立たない奴らだよ!!」

 ぐらつく足場になんとか安定を求め、ナターシャは銃を構える。

 そしてルアナの横をスレスレに当たると、もう一度狙いを定める。

 「逃がしゃあしないよ!!」

 「べー。逃げるもん」

 「こんのがきゃあ!!!」

 何発も連続で撃ったが、揺れもあってか一発も当たらなかった。

 その間に、ルアナは無事に海へと潜って行った。

 「ルアナ!無事だったか!」

 「うん!ありがとう」

 徐々に空も暗くなってきて、そのうちに嵐がやってきたため、ジンやポムたちはルアナを連れて撤収した。

 「くそ!!サニー!逃げちまったけど、どうすんだい!財宝は手に入らないのかい!」

 「・・・いいえ。まだ手はあります」

 「ったく。嵐が来やがった!!」

 ナターシャはすぐに舵をきらせて嵐から逃れようとする。

 一方のサニーはというと、ただただ激しく揺れる海面を眺めながら、口角を歪ませていた。

 「サニー!これで財宝が手に入らなかったら、どうしてくれるんだい!!」

 「・・・ご安心を。私には奥の手がありますので」







 「ルアナ良かったー!」

 「もう食べられちゃったかと思ってた!」

 「怖いこと言わないで」

 怪我もしていないようで、ルアナの周りには人魚仲間が集まっていた。

 きゃっきゃと楽しそうにしていると、ルアナが顔つきをかえてロミオのもとまで来た。

 「どうした?」

 「ロミオさん、人間なんてみんな同じよ。どうにか出来ないの?」

 「そうよ!今回みたいに、また私達を連れて行こうとする人間がいるかもしれないわ!」

 まったく女ってのは、と思いながらも、それを口にしてしまったらダメなことを知っているロミオは、笑って誤魔化した。

 すると、ルアナは自分一人でもなんとかすると言いだしたため、ロミオは止める。

 「あいつらはどうせ海の中では死ぬんだから、船が通ったら全部静めてやれば良いのよ!私たちに任せて!」

 「ルアナ、それをやったら、人間と同じだぞ」

 「なんで・・・!」

 「無駄に命を奪うな。それに、今じゃあ自然を保護しようと活動している人間もいる。そういう人間まで殺すことは、俺が許さない」

 「・・・!!!」

 いつもは優しそうな表情をしているロミオだが、こういう話になると、急に怖くなる。

 だがすぐにいつもの顔に戻ると、「それに」と言ってつけ足した。

 「今回、ルアナが捕まった海賊船の居場所をみつけたのは、人間なんだ」

 「・・・?人間が?」

 「ああ。パッピ―に乗ってる人間でな、そいつが協力してくれたんだ。紫の髪をしてる男だ。会ったら礼を言えよ?」

 「・・・・・・」

 納得いかないのか、ルアナは唇を尖らせて拗ねてしまったが、ルアナが無事に戻ってきたことで、人魚たちはパーティーの準備を始めた。

 「それより、ジュラシとは連絡取れたか?」

 「はい。明日あたり帰ってこれるそうです」

 「そうか。なら良かった」

 ドンチャン騒ぎを始めるルアナたちの横で、ジンたちは怖いから何処かに行ってと言われていた。

 許されたのはポムくらいで、パーティーには参加していると言い難いほど、自由に浮いているだけだった。

 アンソンはジンに掴まって泳いでいると、邪魔だから止めろと言われるが、何がなんでも放すまいと力強く掴まっていた。

 そんな中、ロミオはリマタにも自由にして良いと伝えると、一人でドロシー号の方へと泳いで行った。

 ドロシー号の船底へと進むと、そこには大きな穴が開いている。

 それが岩礁によるものなのか、それは分からない。

 「・・・・・・」

 ドロシー号の船長の日誌によると、この船には財宝が積んであったそうだ。

 しかし、突如船は沈没し、誰一人として助からなかったと言われた。

 天候も悪くなかったはずなのだが、なぜそんなことが起こったのか。

 「ロミオさん、やっぱりここにいましたか」

 「アンソン。どうした?ジンに振り落とされたか?」

 「ジンの運転が荒くて岩にぶつけられたんで、離れました」

 どうやら、ずっとひっついていたが、ジンが身体を捩りながら泳いでいたせいで、あちこちの岩にぶつけられてしまったようだ。

 諦めて離れたアンソンは、ドロシー号のもとへとやってきたのだ。

 「何を調べてるんです?」

 「んー、いや。それより、またあいつら来ると思うから、充分気をつけるように伝えてくれ」

 「あいつらって、あの海賊たちですか?来ますかね?一度危険な目に遭うと、そう簡単には近寄って来ないと思いますけど」

 「来るよ。強欲な奴っていうのは、恐怖よりも欲の方が勝るもんさ」

 そう言うと、ロミオは何処かの船室へと入っていってしまった。

 両腕を腰におき、ロミオを見送ったあと、アンソンは海の中を泳いで行った。







 「まったくなんだってんだい!急に船は揺れるし、人魚は逃がしちまうし、最悪だね!碌なことがないよ!」

 なんとか嵐から逃げたナターシャは、嵐によって身体はずぶ濡れになったため、身体にタオルを巻いていた。

 女性らしからぬ鼻水を垂らしており、ぶえっくしょん、と大きなオヤジ臭いくしゃみまでしている。

 イライラしているのもあってか、船員たちでさえ今のナターシャには近づこうとしなかったが、ただ一人、サニーだけは怖い者知らずで近づいて行く。

 「随分と機嫌が悪いですね。みなさん怖がっていますよ」

 「あんたもあんただよ!なんで人魚が逃げる時、なんとしてでも捕まえなかったんだい!ニヤニヤしてさ!」

 ぶえっくしょい!とまた大きなくしゃみをしたナターシャに、サニーはポケットからハンカチを取り出して手渡した。

 それを受け取ったナターシャは、遠慮なしに鼻をかんだ。

 「まだまだこれからですよ」

 「あんた、何かまだ隠してるのかい?全部話しな」

 「そう言わずに。心配しなくても、財宝が見つかれば、折半ですから」

 そう言ってにっこりと笑うサニーだが、その笑顔にもいけ好かないナターシャは、ハンカチを捨ててやった。

 「安心しな。あんたが私を裏切ったら、あんたを殺してやるから」

 「それはそれは。物騒ですね」

 くくく、と喉を鳴らして笑うサニーに、ナターシャは今日一番のくしゃみをぶつけてやった。

 そして、夕陽が沈んで行く。




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登場人物紹介

デュエー(ロミオ):海の覇者。誰にでも平等に接し、面倒見も良い。


『そんな大層な肩書きはいらないよ』

リマタ:珊瑚の女性

デュエーの側近みたいな感じ。


『畏れ多いです』

ジュラシ:鯨の男性

おおらかで忠誠心が強い


『海はいいよ、泳ぎやすい』

ジン:鮫の男性

鼻が利き行動力がある


『やれやれ』

ポム:海月の男性

自由気ままでよく迷子になる


『迷子?大丈夫?』

篝:巻き込まれ青年

釣りをしていたはずなのに。


『世の中にはまだ知らない世界があるんだな』

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