第4話
文字数 5,580文字
ファヴュレス
おまけ①ライバル
おまけ①【ライバル】
ジンはシャチが大嫌いだった。
それはなぜかというと、ジンたちサメよりも、シャチ達の方が獰猛であり、野蛮な肉食だというのに、なぜか世間的にはサメの方が怖いというイメージがついているからだ。
それがジンは納得いっていないようで、シャチを会うたびに喧嘩をしていた。
シャチの中にも、ジンのように人間の姿を出来る者がいるのだが、ジンはそれも気に入っていない。
その理由は、とってもチャライからだ。
そしてこの日も、シャチには会わないようにと気をつけていたジンだったが、最悪なことに出会ってしまった。
「おう、ジンじゃん」
「・・・おう」
「なんだよ、んな湿気た面すんじゃねえって!俺達、ダチだろ?」
「いつからダチになったんだかな」
シャチの髪型は全体的にふわっとしているような、短髪とまではいかずある程度長いが、外に向かってはねているため、正確な長さは分からない。
前髪は左分けで、それをわざわざ毎回わざとらしく手で流すのだ。
その動作いらないだろ、と思っていても、ジンは喧嘩をするよりも、関わりたくないという気持ちの方が強いため、何も言わない。
色は白と黒が交互になっているような、そんな感じだ。
そして何より、最近気付いたことなのだが、後ろで一つに縛っているのだ。
後ろだけが長いため、今の今まで全然気付かなかった。
「それより聞いてくれよ。俺ってばこの前もメスからナンパされちゃってさー、まったく参っちゃうよなー」
「ああ、良かったな」
「でもさー、この前の子も可愛かったんだよなー。名前忘れたけど。ああ、そうそう、この前のランキングでも、俺達シャチの方が断然上だったそうだな」
「ああ、そうなんだ」
顔さえ合わせようとしないジンに、シャチはつまらなさそうにする。
しかし、それでもおしゃべりが止まらないのがこいつなのだ。
「この前はセイウチを襲ってさ、その時のこと聞きたいだろ?しょうがねえな。話してやるよ!」
全然聞いていないことを話してくるシャチに、ジンはほとほと呆れていた。
そんな自慢話をようやく聞き終えて、というよりも、途中で逃げてきたのだが、どんよりした気分で帰っていくと、そこには同じようにどんよりとしたジュラシがいた。
「おう、どうしたよ」
「・・・聞くな」
「ああ、そっちもか。俺もさっきシャチにあってよ。疲れたよ。精神的に」
二時間ほど前のことだ。
海の中を気持ちよさそうに泳いでいたジュラシだったが、そこへ水族館でも人気者のイルカがやってきた。
それはそれは可愛らしい様子で来るのだが、ジュラシの周りを泳ぎながら、こんなことを言ってくるのだ。
「鯨って、どうしてそんなに大きいの?」
「鯨って、食べると美味しいんだってね」
「こんなにでかい図体して、芸の一つも出来ないなんて、笑っちゃうね」
「僕たちはいつでもどこでも人間に好かれるよ」
「可哀そうだね。可哀そうだ」
別にジュラシはイルカに対して何も変なことを言った覚えはない。
しかし、鯨と言えば、自分たちとは違う種、例えばアザラシであったり別の種類の鯨に対してであったり、とにかく他の者でも危ないと感じた場合助けることがある。
エコーロケーションという超音波のようなもので会話をしていることからも、鯨も賢いと言われている。
それがどうやら気に入らないらしく、こうしてイルカたちは群れをなしてジュラシを囲み、厭味を言ってくるようになった。
いちいち気にしてもいられなかったため、ジュラシは特に相手にすることはないのだが、だからこそ、いちいち突っかかってくるイルカたちが嫌で仕方なかった。
それでいて、自分たちの方が人気なのだと何度も何度も言ってくるのだ。
ジュラシとしては、人気者になりたいと思っていないし、可愛いと言って欲しいわけでもないのだが。
「お互い、苦労するな」
「そうだな」
「「はあー・・・」」
二人揃って深いため息を吐いていると、そこへロミオがやってきた。
「なんだ、お前ら。暗いな」
「ロミオさん、またあいつらに絡まれたんすよ」
「こっちは群れで絡まれました」
「ああ。お疲れさん」
二人から大体のことは聞いていたが、こうも頻繁に厭味を言われると、さすがにいらっとくるらしい。
しかし喧嘩はするなとロミオに言われているため、大人しく耐えるしかないのだ。
それですっかり疲弊しきった二人を見て、ロミオは考えた。
「よし。わかった」
「何がですか?」
「やり返して良いぞ。ただし一回だけだ。それに、喧嘩もダメだ。手を出しちゃいけねぇ」
「じゃあ、どうやってやり返せって言うんですか?」
ジンが岩に頭をがんがんとぶつけながら言うため、ジュラシはやれやれとジンの身体を軽く掴んで止める。
被っていたニット帽が岩にくっつき、ようやくジンの動きが止まった。
「それは自分達で考えろ。良いか。絶対に喧嘩はしないこと。だがお前達の方が上だってことを教えてやればいい」
「「??」」
そう言って、ロミオは去って行ってしまった。
どうすれば良いのかと考えて泳いでいるジンのもとへ、またしてもシャチがやってきた。
「おやおや、また会ったね!もしかして実はファンだったのかな?それならそうと言ってくれれば良かったのに!サインなら幾らでもあげるよ!」
「・・・・・・」
何で今日はこんなにも厄日なのだろうと思っていたジンだが、ロミオが折角一度きりのチャンスをくれたのだ。
どうにかして、今後自分に突っかかってこないように出来ないかと考えていた。
そこに丁度、人魚たちがやってきた。
「人魚たちまで、俺の美しさに魅せられて姿を見せたよ。どうだい?俺と君のこの勝負、俺の完全勝利だろう!?」
はははは、と高笑いをするシャチに、ジンはこう思っていた。
いや、人魚はシャチに会いにきたわけじゃなく、ここを通ってキィヴェリエ都市に向かうところなのだと。
シャチは通りかかった人魚たちに声をかけながら、自慢話を進める。
「君たちを見たあとでは、あの美しいサンゴでさえもかすんで見えてしまうよ」
「もっとそのビューティフルな顔を見せておくれ」
そんな歯の浮くような台詞を次々に述べるシャチに、人魚たちもクスクスと笑っている。
くるっとシャチはジンの方を向くと、ニヤリと笑う。
「どうだい?君には真似出来ないだろう?だから俺は女性にもてる!女性が喜ぶ言葉を知っているからね!」
「・・・・・・」
「ほら、君も何か言ってごらん!人魚たちが正しい判定をしてくれるだろう!」
面倒なことを、と思ったジンだが、喧嘩はダメ、手を出したらダメと言われているし。
ふと、横を見ると先程シャチがかすんで見えると言っていたサンゴがあった。
それを見て、ジンは思った。
サンゴはかすんでなど見えないと。
「俺は、サンゴは綺麗だと思う」
「はは!君は馬鹿か!?この美しい人魚たちを前にして、それを言うのかい!?」
「・・・女の好みは知らねえけど、サンゴを見て綺麗だと思わない方が俺はどうかしてると思うよ。確かに人魚たちも綺麗なんだろけど、だからってサンゴがかすんで見えるはずないだろ。サンゴだって綺麗だ。だから、どっちの方が綺麗だとか、そんなこと言えない」
「くくくく・・・。これだからサメは野蛮でいけないよ。さあ人魚たち!俺とこいつと、どっちの言葉の方がぐっとくる!?正直に答えてくれて構わないよ!!!」
別にこれで負けても良いかと、ジンはふう、と息を吐いた。
余裕そうにしているシャチだったが、人魚たちの答えは満場一致だった。
「ジンの方が良い」
「うん。ジンね」
「どう考えてもジンよ」
「・・・なななななんだって・・・!?」
なぜだなぜだと、いきなり喚きだしたシャチに、人魚たちはずばずばと言って行く。
「だって、男の自慢話ほどつまらないものはないのよ?」
「そうそう。それに、あなたが言ってることって、自分に言ってるようなものよね?自分を褒めてるだけじゃない」
「それに嘘ッぽい。超嘘っぽい」
「ジンの言葉の方が信用出来るわ」
「ジンって見かけより大人しいし、結構小魚たちに対しても優しいし」
「綺麗だって言われるのは嬉しいけど、それでサンゴを貶すなんて最低よ」
「私達、サンゴ好きなの。それに、サンゴがかすむなんて言ったら、リマタが怒るわよ」
「というわけで、私達、あなたのことあまり好きじゃないの。だからそこ、どいてくださる?邪魔」
はっきりきっぱりそう言われてしまい、シャチは大人しく道を開けるのだった。
人魚たちは楽しそうに話しながら去って行くが、残されたシャチはもう地獄に叩き落とされたかのような絶望した顔をしていた。
励まそうにも励ます言葉などなく、ジンは海の中に咲いている花を摘んで、シャチにそっと手渡した。
そしてその場を去った。
一方のジュラシも、イルカたちに囲まれていた。
「ねえねえ、どうしていつも無視するの?」
「そんなに僕達に負けるのが嫌?」
「大きさ以外、僕たちが勝ってることに変わりないからね」
「鯨はみんな弱虫なんだね。逃げ腰なんだね。そうやって生きてきたんだね」
ああ、いい加減にしてほしい、と思っていた。
自分が何をしたのだと、ジュラシはため息を吐いていた。
しばらく泳いでいると、イルカたちが何やら騒ぎ始めた。
「見てみて!客船だよ!」
「本当だ!僕達の姿を見てきっと大騒ぎするよ!」
「飛ぼう飛ぼう!」
確かに、数百メートル先には、大きな客船が見えた。
それが分かった途端、ジュラシの周りにいたイルカたちは一斉にそちらへ向かい、自分たちが人気者であることを証明しようとしたのだ。
「あ!!!イルカだ!」
「ママ!イルカさんだよ!!!」
「珍しいわ!写真撮らなくちゃ!」
客船に乗っている人間たちは、イルカを見つけるや否や、すぐさま騒ぎだした。
しかし、これはイルカにとって当たり前のことで、仕組んだことと言っても過言ではない。
ひゅんひゅんっと次々に飛んで行くと、人間たちはとても喜んだ。
滅多に見ることの出来ないイルカたちの群れに遭遇出来たことで、運が良かったとか、奇跡だとか、そう思っているのだろう。
「ほらね!僕たちはとっても人気!」
「僕達はスターなんだ!君みたいな鯨とは訳が違うんだよ!」
「もっともっと僕達を見て!」
人間慣れもしているイルカたちは、客船の左右前後からパフォーマンスを見せる。
これでもかというほど見せていると、急に、人間たちの視線はイルカでは無い場所へと向かった。
イルカたちは何だろうと思ってそちらを見ると、そこにはジュラシが潮を吹いていた。
「鯨もいるぞ!!!」
「うそ!嘘でしょ!どうしよう!カメラカメラ・・・」
「みなさん!イルカよりも珍しい、鯨が近くにいますよ!ジャンプもしてくれるかもしれません!!!」
「くじらさーん!!!」
ジュラシが現れたことにより、人間たちの注目は一気にジュラシへと向けられた。
イルカたちはなんとか自分達に視線を戻そうと必死になってジャンプを繰り返すが、もはや手遅れ。
ジュラシはぐん、と身体を浮かせると、お腹を見せながら大きく水しぶきをあげて海へと潜る。
尾びれを思い切り水面に叩きつければ、そのしぶきは客船にまで届き、人間たちは大喜びをする。
「もう一回!もう一回見たい!」
「すごーい!!初めてみた!!」
「かっこいー・・・」
海中にいるジュラシは、今度は少し身体を沈めて、そこから一気に上昇すると、先程よりも身体が良く見え、また勢いよく水しぶきをあげる。
わー!と人間たちの歓声が聞こえると、そのまま潜ってしまった。
「ママ!もう一回みたい!」
「もう潜っちゃったわ。ほら、イルカさんがいるでしょ?」
「えー!イルカより鯨が見たい!」
その言葉を聞いた途端、イルカたちは戦意喪失したのか、大人しく海へと戻って行った。
それからというもの、イルカたちがジュラシに近づいてくることはなかった。
「おう、最近どうだ?」
「「ロミオさん」」
ジュラシはイルカが、ジンはシャチが、最近はとんと顔を見せなくなったことを伝えた。
「おお、良かったじゃねえか」
「それが、そうでもないんです」
「あ?なんで?」
「それがですね」
一安心だと思ったロミオだが、まだ心なしか元気が戻らない二人に首を傾げる。
しかし、その理由はすぐに判明した。
ロミオと話をした後、二人の様子を窺っていると、そこへシャチとイルカがやってきた。
また何か厭味でも言いにきたのかと思いきや、シャチはジュラシの方へ、イルカはジンの方へと向かった。
「ジュラシ、どうすればジンよりも格好良い海のハンターになれると思う!?いや、俺としてはもうジンより上だと思ってるんだけどよ、女受けは悪いみたいなんだ。俺の方が綺麗な顔してるのに、なんでジンの方がもてるんだ!?おかしくないか!?」
「ねえねえジン、僕達の方が小さくて可愛くて人気に見えるよね?」
「なんで人間は大きい方が好きなの?」
「僕たちも最近は自重して、あんまり人間の前に姿を見せないようにしてるんだけど、やっぱりついついサービス精神旺盛だから飛んじゃうんだよね」
「僕達もダイナミックなジャンプに挑戦してみる?」
状況を簡単に説明するとすれば、ジンに敗れたシャチは、ジュラシに相談をしに、ジュラシに破れたイルカたちが、ジンに相談をしに来ているのだが、その内容はほとんどが自慢話だった。
それを見ていたロミオは、二人を憐れむような目で見て小さく頷いたあと、助けることもなく、背を向けて何処かへと行ってしまった・・・。
「「あいつのとこに行け」」