07

文字数 708文字

 麻香だよな、あれは。
 恭平は注文をテイクアウトに変更し、カウンターの方を向き続けた。
 麻香はこちらに気付いてないかもしれないが、狭い店の中で、互いに素知らぬ顔をし続けるのも面倒くさい。万一、麻香が声をかけてきても、桂のことは言いづらい。
 平日だが、麻香は誰かの見舞いで病院に来たのだろう。さばさばとした物言いをするから、ドライに見えるが、根は優しくて義理堅い。友達が入院していたら、深刻な状態でなくても、麻香なら放っておかないだろう。
 ここ数年恭平のことはほぼ無視してきたのに、祖母が亡くなる前、道で出会ったら「知り合いが福祉の仕事してて、聞いたんだけどさ」と、声をかけてきた。
 ついあれこれこぼしてしまったが、あれで結構、楽になれた。たった1度、短い時間だったのに。
 煮詰まっていて、でも家族のことだから、周りに愚痴も言えなかった。重いし暗い。身内の恥をさらすことでもある。それを少しでも吐き出せた。
 麻香だったからだな、恭平は思う。
 普段関わりのない相手で、知ったような口をきく人間じゃないのも、口が堅いのも知ってる。
 就職で地元に戻ってきた時に知り合った。この子と一緒だったら、うまくいくんじゃないかと思った。潔くて切り替えが速いけど、優しいし、明るい。でも、きっぱり振られた。
 恭平はコーヒーを受け取り、店内を見ないようにして、外へ出た。
 麻香みたいな人と家族になったら、親たちのようにならずに、楽しい家庭を持てる気がする。
 「ただいま」とドアを開けるのが、うれしいような、ほっとするような、そんな家。
 育った家は、そんな家には程遠かった。
 3年振りに会った弟が思い浮かんだ。
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