03

文字数 528文字

 看護師から「枕のところにありました」と五千円札を手渡された時、恭平は、札を真っ二つに破りそうになった。
 何で金なんか置いていく。
 診療費のつもりだろうが、情けなかった。病人で現れて、話もしないうちに、金だけ置いて消えるなんて。
 だったら帰ってくるな――以前ならそう言っただろう。いつの間にか部屋を片づけて何も言わずにいなくなった弟だ。もし再会することがあるとしたら、母の葬式くらいだろうと思っていた。
 着信に気付いて、恭平はスマホを見る。智也からのLINE。重い気持ちで「情報なし」とだけ送った。
 母に連絡しなければ、恭平はスマホを持ち直す。
 つい数十分前、病院に運び込まれたと連絡したばかりなのに、診察も検査もせずに逃げたと知らせたら、母は「そのうち連絡くれるでしょうから、気を落とさないでね」とでも返してくるだろう。桂は、母には時々連絡していたという。こっちには全然だ。
 このまま桂には2度と会えないんだろうか――。
 それも仕方ないんじゃないか、さめた声がする。
 あいつは勝手に出ていったんだし、なぜか戻ってきたけど、また出てった。それだけのことだ、もう放っとけばいい。
 逃げたってことは、桂はおれとは会いたくなかったってことだ。
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