08

文字数 1,310文字

 恭平が病院に着いた時の看護師の説明では、簡単な血液検査では貧血気味だとしかわからなかった、詳しい検査はこれからする、という話だった。
 眠ってしまったのでそのまま寝かせていると言われ、救急外来の出入口近くの小さな部屋で、恭平は3年振りに弟と会った。
 確かに桂だった。最後に見た時はまだ少年だったが、成長していた。大人の男というには早いが、やわな印象が消えていた。
 顔色が悪かった。こいつ今何してるんだろう、そう思った。高校を卒業した年齢のはずが、中退したきりならフリーターだろう。何やってんだ――。
 いつもこうだった、恭平は思う。否定し責める、それが桂との関係だった。
 桂は、祖母と父ともそういう関係で、嫌気がさしたか我慢の限界を越えたかして、自分たちを捨てて出て行った。
 恭平たちは捨てられ取り残され、家事を担っていた祖母が体調を崩し、がんだとわかった。家の中の状況は、暗い下り坂を転落していった。
 恭平は、自分がすり減り、崩れそうになっているのを感じながら、どうにか家と会社を往復していた。
 父を見ていて、こいつは妻に捨てられても仕方ないと納得した。無能で無責任だった。万璃がここにいなくて良かったと思った。
 でも桂にはいてほしかったと思っていた。こんな時にいないなんて、本当に役に立たない、と。父が、女手が欲しいだけの理由で、万璃を呼び戻そうかと言い出した時には、こいつやっぱり終わってると思ったのに。
 祖母と父と自分という家族構成になり、家事や介護を体験して、恭平は自分が家族から人間扱いされてないことに気付いた。家を去った家族のことを思った。
 入院した祖母が亡くなった日、まるで虫が知らせたかのように、桂が突然電話してきた。
「ばあちゃんが死んだよ」
 つい口に出たのが、それだった。
 悲しいより、重荷が消えたような気持ちでいた。それを祖母に(うと)まれていた弟に共有してほしかったのかもしれないし、祖母はいなくなったから帰ってきてみたらと、伝えたかったのかもしれない。
 でもその一言の直後、手の中で電話は切れた。葬式にも現れなかった。
 万璃にこの話をすると、妹はうつむいたまま、言った。
「私だったら、『元気なの、どこにいるの』って聞く。桂兄ちゃん、時々連絡くれるけど、どこで何してるかは言わないの」
 祖母の告別式が済むと、父と恭平が後片づけに追われている間に、万璃はいなくなっていた。万璃にまた捨てられた気がした。愛想を尽かされたと表現した方が正しいかもしれない。
 元気だったか、今までどこにいた――。桂の寝顔に無言で語りかけてみて、違うよなと恭平は自嘲した。元気じゃない。
 なぜ連絡もなく突然帰ってきたのか、聞いてみようか――それは後だ、何しに来たと問いつめられてる気になるだろう。
 黙って話を聞いてみるというのは、どうだろう。――多分うまくいかない、恭平はその案も捨てる。桂の話を聞いた記憶がない。弟は口数の少ない子供だった。はっきりしない奴だと、いらいらしていた。
 問いつめず、落ち着いて、穏やかに話しかける。
 そうしたら何とかなるんじゃないかと、思った。
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