第9話

文字数 1,077文字

 それから暫くは精神も肉体的にも療養の日々だった。9月30日。夜になって石井からLINEが来た。「タニガキさん、ごめん。刺すつもりなんて本当に無かったんだ。昔、ヤンキーに絡まれた事があって、俺、片手しかないから、それ以来ナイフを持ち歩くようになって、どう言えば許してもらえるかわからないけど、あの日は訳わかんなくなっちゃって、本当にごめんなさい。後、親の事も気にしないで。毒親って言うのかな?過保護すぎて俺の事に全部干渉してきて……正直家出たい。本当にごめんなさい。」
 
 読み終えて、忘れていた怒りが湧いてきた。スマホを壁に投げ付ける。
 お前の家がなんだ?親がなんだ?ナイフを持ち歩く?軽犯罪法違法じゃないのか?
 
 叫びたいが家の中だ。本棚をぶっ倒した。凄い音がしたので、親が駆けつけてきたが、私の表情を見て何も言わず戻っていった。
 
 ベッドに腰かけて熱くなった思考を冷やそうとするが落ち着かない。冷蔵庫に行き以前買っていたビールをアテもなく一気に飲み干した。少し落ち着いてきた。LINEを再び読み返す。「ごめん」と3回も繰り返している。反省はしているのだろう。今は勾留期間が終わったのか、スマホが触れる環境らしい。
 
 暫くして夕食の時間になった。申し訳ないが精神的に辛い時もあり、親に作ってもらっている。いつもは食べながら雑談などするが、その日は無言が続いた。母が言う。「さっきはどうしたの?凄い表情で、本棚なんか倒して。」「いや、俺を刺した奴が謝りのLINEを送ってきて……怒りが湧いてきて…ごめん。後で片付ける」「そうなのか……。」父は無言で聞いている。
 
 少し気まずい食事を終え、その日は風呂にも入らず寝た。うつの症状でよくあるのが、風呂に入るのが辛いという事だ。人に会うわけでもないので、1週間ぐらい入っていない。腹の傷跡が染みたら痛いんじゃという懸念もあった。早めに眠剤を飲み、眠りについた。
 
 それから数日が過ぎ、傷跡もほぼ回復したので、作業所に通う日々が再開した。初日は流石に色々聞かれたり言われたりした。高畑サナエはうつの調子が良くないという事で、暫く休んでいるらしい。
 
 私がいない間に集団面接があったらしく、何人かは施設を出て就労していた。手長足長は足長の方が面接に受かったらしい、手長の山田だけになった。
 
 もちろん石井は来ていない。おそらくもうここを辞める事になるだろう。相変わらずPCの作業は無く、何かのパーツを糊で貼っていく単純作業が続いた。平坦な戦場で生きていく日々。初期村上春樹構文で言わせれば「やれやれ」というやつだ。
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