第2話

文字数 2,037文字

[エピソード 2]

 研究はさら進み、変身機は小型化、変身の時間も数十分で済むなど改良された。
 助手のワイが博士に言った。
「僕も被治験者として参加させてくれませんか」
「そりゃ構わないけれど。何に変身するんだね?」
「ちょっと個人的な趣味で……」ともじもじしている。
「まあ、安全性には問題ないからいいだろう。でもちゃんとエフ助手の管理下でやってくれよ」
 エフは博士が最も信頼している助手だ。いろいろな事案も任せている。また気さくで、配下の助手たちの面倒をよくみるので多くの助手たちから慕われている。

 ワイが変身した姿を見てエフ助手は目を見張った。そこには若い女がいた。
「きみはワイくんなのか?」
「そうです。どうなりましたか?」
「いやー、女性になっているよ。誰か個人を特定したのか?」
「いえ、ただ、女にと、念じただけです」
 素地が良かったのだろうか、きれいな女性になっていた。
 ワイには女装の趣味があった。ただ、LGBTの性的指向はない。女性との恋愛経験もあるノーマルな男性だ。時折女装して楽しんでいるだけだ。
 ちょっと手洗いに行ってきます、と言って出ていく。鏡に映った姿を見たかったのだ。手洗いに着くと、迷ったすえ女性用に入った。恐る恐る、でも期待して鏡の前に立つ。白衣を着た女が自分を見ている。顔を近づけていろいろ表情を変える。うん、なかなかいいじゃない、と長い髪を後ろへかき上げた。

 その日は、ワイは元の自分に戻らないでそのまま家に帰った。あの趣味を試したかったのだ。
 衣装を選ぶのは楽しかった。お気に入りの衣装を(まと)う。入念に化粧もした。姿見に映る女性の自分にうっとりする。
 夜、街に出てみることにした。今までは女装しても人前に出る勇気はなかった。
 まず靴店に入る。欲しいと思っていたハイヒールを買い、その場で履き替える。ブティックでは勧められた品を買った。店員は容姿をしきりに誉める。本心だろう。ハイヒールの音を響かせ、スカートをひるがえして歩く。すれ違う人が振り返るのが判る。何人かの男から声をかけられた。家に帰ってからも気持ちが高揚している。一晩中姿見の前で過ごした。ワイは女性の自分に「アイ」と名前を付けた。
 翌日、研究所に出勤するとエフ助手の許可を得て変身機を使った。元の自分に戻ったのだ。少し残念だったたがアイの姿のままで仕事をすることは出来ない。
 なに、またアイに変身すればいいだけだ。
 仕事が終わると、すぐエフ助手の元に行った。
「また治験させてください」
「うん、いいよ。随分熱心だな。で、今度は何に変身するんだ?」
「アイ、昨日の女性です。アイという名前なんです」
「そうか? そうだな。性が変わることでの心理的変化のデータもとっておこう。終わったらレポートをまとめてくれ」
 趣味と研究が兼ねられていいな、と言いエフ助手は喜んで変身機を使わせてくれた。
 帰るとワイは、いやアイは女装をし、いや女装という言葉は可笑しい、女性なのだから。素敵なドレスに身を包み、街へ出た。またして何人かの男から声をかけられた。だが今夜は声をかられてもさほど嬉しさを感じない。むしろ小さな嫌悪感を覚えた。なぜ? と思いながら早々に家へ帰った。着ていたドレスのまま姿見の前に立つ。やはり美しいアイが映っている。アイはいろいろなポーズを眺めて過ごした。
 それから四日経った。ワイは毎回アイに変身した。もう街へは出かけない。綺麗な衣装を着るが、家にいるだけだ。

 五日目、さすがにエフ助手は言った。
「治験はあくまで研究の一環だ。いつまでも同じことの繰り返しは認められない。もうレポートをまとめる頃だよ」
 僕も手伝うから何でも言ってくれ、やつれた顔のワイを心配している。
 やつれたのは寝不足だけではない。ワイは苦しんでいた。患っていると言っていい。この状態を脱することは不可能なことも知っていた。
 だが、エフ助手の言葉でワイは苦しさから脱する手段を思いついた。
「それでは、お願いがあります。今度はエフ助手がアイに変身してください」
「ほぅー、僕の意見も参考にするのか。いいよ」と、快く承諾してくれた。
 エフ助手はアイに変身した。
 ワイはしばらく(まばゆ)そうに見ていたが、「ちょっとそのままで待ってください」というと変圧器から延ばしたケーブルを持ってきた。そして変身機に過電流をかけて壊してしまった。
「あー、なんてことを」エフいやアイは驚き慌てる。
「アイ、ごめんな。こうしないとぼくの想いは叶わないのだ」

 ワイはアイに恋をしてしまったのです。だが、ワイとアイが同じ体を使っているうちは結ばれることは永遠にない。
 思いつめたワイは、アイがエフに戻れないよう、壊したのだが。

 博士は報告を聞いて、呟いた。
「やれやれ、浅はかな奴もいるものだ。変身機の理論とデータまでは壊せないのにな」
 ところで、ワイは、その、アイとやらとは結ばれたのか? 博士は訊いた。

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