第2話:水俣病の原因論争1

文字数 2,056文字

 水俣病はいわば量的問題で起こったものであり自然界における摂取と排出のバランスの崩壊で発生したものであった。当初は原因が分からず「奇病」と呼ばれていたが、地名をとって「水俣病」と呼ばれるようになった。有機水銀であるメチル水銀への曝露によって中毒となった場合、主に中枢神経系が障害され、「メチル水銀中毒症」が病名となる。ただし、同物質による公害によって引き起こされた

 、すなわち公害病と認定された場合は特に「水俣病」と呼ばれる。公害病では、環境に排出されたメチル水銀が食物連鎖によって生物濃縮され、それを経口摂取することで発症するが、妊婦が摂取した場合、胎盤を経由して胎児にも影響し、「先天的に」同様な障害を持つ児が生まれることがある。この場合は「胎児性水俣病」と言う。原因物質は容易に確定されなかった。

1958年7月時点では、熊本大学医学部研究班は原因物質としてマンガン、セレン、タリウム等を疑っていた。当時、水銀は疑われておらず、また前処理段階の加熱で蒸発しており検出は不可能であった。しかも有機水銀を正確に分析し物質中の含有量を測定する技術は存在していなかった。しかし翌1959年7月22日、熊本大学水俣病研究班は、武内忠男や徳臣晴比古らの研究に基づいて、「水俣病の原因は有機水銀であることがほぼ確定的になった」という発表を行った。これは、排水口周辺の海底に堆積するヘドロや魚介類、患者の体内から水銀が検出されたことによる。

 1959年10月、水俣病発見者細川一院長は、院内猫実験により、アセトアルデヒド酢酸製造工場排水を投与した猫が水俣病を発症していることを確認し、工場責任者に報告している「この時点ではメチル水銀の抽出までには至っていない」。しかし、工場の責任者は、実験結果を公表することを禁じた。1962年8月11日、当時は東京大学工学部大学院生であったU氏は、写真家のK氏とともに水俣工場附属病院の医師KJ氏を訪ねた際、猫の実験に関するノートを発見した。

 K氏はKJ氏が、中座した隙に接写レンズでノートを撮影。63年3月、U氏は、現代技術史研究会『技術史研究』に富田八郎「とんだやろう」のペンネームで「水俣病」の連載を開始した。連載は67年8月の第38号まで13回にわたり水俣病とチッソの関係が多くの論文、データのとともに明かされた。公式見解としてメチル水銀化合物と断定したのは、68年9月26日であった。

 これは水銀中毒であることは確かだが、当時、数ある有機水銀のうちのメチル水銀が原因であるという確証が得られなかったためであった。この物質がメチル水銀であったことはすぐに判明したものの、初期の曖昧な内容が東大医学部などの反論を招いた。そしてそれに対する再反論作成の必要に迫られるなどして、原因特定の遅れを招くことになったためである。なお当時の文献や引用した文献では、原因物質は単に「有機水銀」と表記されていた。


 水俣病はメチル水銀による中毒性中枢神経疾患であり、その主要な症状は、四肢末梢神経の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、振戦「手足の震え」がある。患者には重症例から軽症例まで多様な形態が見られ症状が重篤な時は、狂騒状態から意識不明になり、さらには死亡する場合もある。一方、比較的軽症の場合には、頭痛、疲労感、味覚・嗅覚の異常、耳鳴りなども見られる。

 メチル水銀で汚染されていた時期にその海域・流域で捕獲された魚介類をある程度の頻度で摂食していた場合は、上記症状があればメチル水銀の影響の可能性が考えられる。典型的な水俣病の重症例では、まず口のまわりや手足がしびれ、やがて言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴などの症状が現れる。それが徐々に悪化して歩行困難などに至ることが多い。これらは、メチル水銀により脳・神経細胞が破壊された結果であるが、血管、臓器、その他組織等にも作用してその機能に影響を及ぼす可能性も指摘されている。

 また、胎盤を通じて胎児の段階でメチル水銀に侵された胎児性水俣病も存在する。ところが、1959年7月に有機水銀説が熊本大学や厚生省食品衛生調査会から出されると、チッソは「工場で使用しているのは無機水銀であり、有機水銀と工場は無関係」と主張し、さらに化学工業界を巻き込んで有機水銀説に異を唱えた。これは当時、無機水銀から有機水銀の発生機序「メカニズム」が理論的に説明されていなかったことによる。

 病気の発見から約11年が経過した1967年になり、ようやくチッソ工場の反応器の環境を再現する事で、無機水銀がメチル水銀に変換されることが実験的に証明された。しかし、これは、実験的であり、いまだ「理論的」にではないことと言わざる得ない点もある。しかし排水と水俣病との因果関係が証明されない限り工場に責任はないとする考え方は、被害の拡散を防ぐための有効な手段をほとんど打てずに時間が過ぎていった、こうして重大な問題を抱えることになった。
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