【奇襲攻撃】②

文字数 4,336文字

 交渉役のスミレ・アルタクインが副団長のテントに向かった。宿営地にはあちこちに騎士団の隊員が倒れている。毒による食あたりのためだとしても、騎士団は応戦するどころかローラを助けに向かおうともしなかった。

 逃げたはずのメイドがテントに戻ってきて、見張りをしていたマーゴットに、交渉役を連れてきたと言った。メイドの後ろに控えている騎士は重装備だが、剣は抜かずに鞘に納めている。交渉役は「バロンギア帝国、東部州都の軍務部所属スミレ・アルタクイン」であると名乗った。

 スミレはマーゴットの制止を振り切ってテントに入った。そこには、テントの支柱に片手を結わえ付けられたローラがうずくまっていた。
「ヒイッ・・・お助けを・・・ああ」 
 州都の軍務部のスミレだった。
「州都のお役人様か」
 駆け付けたのが騎士団ではなかったのでローラはガックリと肩を落とした。
 スミレとベルネの二人が名乗りを上げ交渉が始まった。
「カッセル守備隊は、ローズ騎士団に対し、即刻、ルーラント公国の領内から引き揚げることを求める」
 ベルネが騎士団は退却せよとの要求を突き付けた。しかし、交渉役スミレの返答は厳しかった。
「そんな身勝手な要求は受け入れられない。ここは、すでにバロンギア帝国の領土である」
 スミレはあっさりと要求を撥ね付けた。
「バロンギア帝国の旗が見えないのか」
 領土になったと言われても、守備隊のベルネはそう簡単には引き下がるわけにはいかない。
「騎士団が国境から撤退するなら助けてもいいが、拒否すればこの槍で突き殺す」
 守備隊が奇襲攻撃を仕掛けた目的はローズ騎士団を追い返すことにある。ローラの首を取るのはエルダの立てた作戦にはなかったことだ。
「やってみなさい。騎士団のローラを殺したら交渉は決裂よ。こちらは全軍で総攻撃するわ。それでよければ早く殺しなさい」
「ううむ」
 ベルネは槍を構えて首を捻った。 
 東部州都の軍人は交渉役だと言いながら、ローラを殺すように仕向けているようだ。月光軍団だけでなく州都の軍までもが騎士団を敵視しているのである。殺すのは得策ではないと思いつつも槍を頭上に掲げた。
「アヒッ、お助けを・・・」
 ローラが懇願した。
 助けに来てくれたと思ったのに州都のスミレは当てにならなかった。交渉どころか、むしろ敵を挑発して怒らせてしまった。シュロスの城砦で牢屋に押し込み、殴ったり辱めたことを恨んでいるのだ。
 これでは守備隊に殺されてしまう。こんな辺境の戦場で命を落とすことになろうとは・・・
「死にたくないんです、助けてください、スミレさん」
 騎士団のローラはなりふり構わずスミレに向かって命乞いをするのだった。
「助かりたいなら方法は一つだけ、守備隊の要求を全面的に受け入れて撤退することです、副団長」
「撤退なんて・・・みっともない」
「そんなこと言っている場合ですか。グズグズしていると殺されます。奇襲部隊はヤル気満々だし」
 思いがけない援軍を得て守備隊のベルネは、
「命が惜しいなら、兵を引いて退散しなさい」
 と、槍を構えてローラに詰め寄った。
 スミレもここぞとばかりに責め立てる。
「槍でひと突きに刺されたのではかないません、ローラ副団長、ここはいったん兵を引いてはいかがでしょうか」
「兵を引く・・・なんというか、ヒイッ」
 こちらに逃げればベルネの槍が突きつけられ、あちらへ逃げようすればスミレが立ち塞がる。狭いテントの中でローラはどうにも行き場がなくなった。
「は、はい、撤収でも、撤退でも、おっしゃる通りにしますので、それでご勘弁を」
 苦し紛れに撤退を受け入れざるを得なかった。
「ここから撤収するだけはダメです。シュロスの城砦ではなく王宮へ帰りなさい」
 なおもスミレに畳みこまれた。
「王宮ですか・・・」 
「シュロスに居座ることは許されません。帰るところは王宮しかない。いいですね、副団長」
 寄ってたかって撤退を迫られローラは要求に従わざるを得なかった。
「はい・・・王宮へ帰ります」
 ローラが力尽きたように首を下げた。

 ベルネがマーゴットに白旗を掲げろと命じた。騎士団が王宮へ帰ると決まったら、後方で待機するエルダたちに知らせるために白旗を掲げることになっていた。
「副団長、白旗を揚げたら降参したことになりますよ。いくらなんでも、それは認められない」
 スミレがわざとらしく白旗を出すのを引き留めた。
「降参したら部下に合わせる顔がない。というか、殺されたら部下の顔も見られないわけだ。お気の毒に、首と胴体がバラバラになって王宮へ帰るということになるのですね」
「待って、待ってよ・・・」
 ローラがスミレにすがりつく。撤退の要求を受け入れたと思ったら、次は降伏しなければならなくなってしまった。さもなければ、ここで首を刎ねられる。
「はい・・・降参・・・降参でも何でもしますって、やだ、もう、赦してください」
 戦わずしてローズ騎士団は降伏したのであった。
 スミレがミユウに命じて白い布を槍の先に結び付けた。
 守備隊と一緒になってローラを追及したので、州都軍務部のスミレが望んでいた結果になった。シュロスの城砦ではなく王宮へ引き揚げると認めさせたのは上々の成果だった。騎士団がいなくなればフィデスとナンリを解放できる。シュロスの奪還まであと一息だ。これから先は自分たちの仕事だ、二人の居場所を突き止めなくてはならない。

 守備隊の司令官エルダと隊長のアリスは戦況を見守っていた。奇襲攻撃が始まって間もなく叫び声や怒号が上がったが、それも収まり、宿営地には不気味な静けさが漂っている。作戦が成功した場合は合図の白旗が掲げられることになっている。
 しかし、旗はまだ見えない。騎士団を追い返す方が第一の目的なのだが、フィデスとナンリをの消息も気に掛かる。
 エルダは後ろを振り返った。離れた場所に止めた馬車にはリュメック、エリカ、ユキの三人を押し込んである。護送の馬車には、元リュメックの部下だったシャルロッテことロッティーを見張りにつけておいた。
「ローズ騎士団が降伏したら合図の白旗を掲げる手筈だけど、まだ上がらないわ」
 アリスが宿営地を覗いた。
「長引くようならリュメックたちを交渉の道具にします。三人を敵に引き渡して、それと交換に騎士団は撤退させるわ」
 エルダはリュメックを交渉に使おうとしている。捕虜を確保すれば騎士団としても攻め入った成果としては十分であろうと推測してのことだ。
「戦場に置き去りにされたことは絶対に許さない」
 エルダの決心は固い。
 その時だった、宿営地の大きなテントに白旗が翻るのが見えた。
「白旗が揚がった。騎士団が降伏したんだわ」
 これで目的の一つは達成したのである。

 敵陣を哨戒していた守備隊のスターチは騎士団の隊員を二人確保した。二人を人質にとってベルネたち奇襲攻撃の部隊はひとまず自軍近くまで後退した。
 かくして、カッセル守備隊の奇襲攻撃は成功したように見えたのだったが・・・
 
 その頃になって、ようやくローズ騎士団副団長のビビアン・ローラの元へ隊員が駆け寄ってきた。
 参謀のマイヤールに抱えられてローラはようやく自由の身になることができた。奇襲攻撃を仕掛けてきた守備隊に王宮へ戻れと脅され、命惜しさにハイと答えてしまった。守備隊の隊員は、しばらくテントにいろと言い残して出て行った。そうでなくても出ることができなかった。助かった安堵感から腰が立たなくなっていたのだ。
「白旗が出ていますが、降参してしまったのですか」
「まさか、アイツらに降参するわけないでしょ」
 ローラは嘘をついて降参したことを否定した。
「降参したなんて、そんなデタラメ、誰が言ったのよ、」
「メイドのミユウです。副団長が降伏して王宮へ帰るから騎士団は撤退準備に入るのだと」
「ありもしないことを言いふらしているんだわ。メイドと私とどっちを信じるの」
 自由になったことでローラには強気が蘇った。
 降伏したとあっては月光軍団からも笑われてしまう。このまま引き下がると思ったら大間違いだ、爆弾を使って一発逆転するしかない・・・
 今こそ、フィデスとナンリを利用するのだ。
 
 月光軍団の参謀のコーリアスはローズ騎士団のふがいなさに落胆していた。
 シュロスの城砦では偉そうに威張っていたのに、奇襲攻撃に遭ったら交戦もせずに白旗を掲げて降伏してしまった。王宮の親衛隊など所詮はお飾りに過ぎなかったのだ。だが、騎士団がシュロスから立ち去ればナンリが釈放されるかもしれない。ナンリを牢獄へ押し込んだのはコーリアスにも原因がある。騎士団に言い含められて罪を押し付けてしまったのだった。今度は自分が恨まれる番だ。
 あの二人は取り除いておかなければならない。そしてさらに、守備隊のエルダを目の前にしてこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
 騎士団のローラと月光軍団のコーリアス、二人の思惑が合致した。
 それは、月光軍団のフィデスとナンリを使って反撃することだった。
 武器を積んである馬車から参謀のマイヤールが爆弾を取り出した。六本の筒状の爆弾が細い縄で繋いである。これを身体に括り付け敵陣に突撃させるのである。誰も考えたことのない究極の人間兵器だ。
 コーリアスがフィデスとナンリを連れてきた。マイヤールが命じてフィデスの身体に爆弾を縛り付け、ナンリも同じように六本の爆弾を巻き付けた。
「お前たちに爆弾を巻いて敵陣に送り込むわ。カッセル守備隊に向かって突撃するのよ」
 ローラは勝利のためなら味方の命を犠牲にすることなど少しも躊躇わなかった。

「騎士団が撤退するんだったら、こちらも撤収しましょうか」
 カッセル守備隊の隊長アリスは撤収を進言したのだが、エルダはじっと戦場を凝視している。
「まだ、待って」
 エルダは月光軍団のフィデスに会わずには帰れない。せめて一目だけでも無事な姿を見るまでは、ここから離れるわけにはいかなかった。
 しかし、その思いは打ち砕かれてしまう。
 最初に気付いたのはアリスだった。
 騎士団の陣営から三人が歩いてきた。一人は銀色に輝くローズ騎士団の鎧を着ている。他の二人は何とも奇妙な恰好をしていた。両腕を縛られ、胴体に筒状の物を巻き付けられていたのだ。
 そのうちの一人は月光軍団のフィデスだった。
「フィデスさん」
 離れていても見間違うことはなかった。

 ローズ騎士団の参謀マイヤールは立ち止まって目標を指差した。
「敵の陣営へ走りなさい。お前たちが爆弾になって守備隊を壊滅させるのよ」
「騎士団は、こんなことをさせるか」
 ナンリが必死で抗議する。
「ローラ様の命令よ」
 そう言ってマイヤールは導火線に火をつけた。
「突撃しなさい」
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