【終章】

文字数 3,471文字

 国境を越えてバロンギア帝国の領内に入ったところで一台の馬車が止まった。辺りは薄暗い山道だ。
 馭者台から降りたのは州都軍務部のスミレ・アルタクインである。馬で並走していた月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクが道の先を指差した。
 ここでローズ騎士団のローラたちの死刑を執行するのである。
 幌を捲った。
 そこには騎士団副団長ビビアン・ローラ、参謀のマイヤール、他にもシフォン、ハルナたちが乗っていた。誰もが縄で縛り付けられているので身動きが取れない。馬車に揺られている間にぶつかり合って手足が絡まっている。州都へ送られるはずが、まるで囚人のような扱いだ。
 スミレが縄を掴みローラを引きずり出すと、縄で繋がっていたマイヤールも一緒に転げ落ち地面に転がった。
「あなたたちを助けたのは裁判に掛けるわけじゃない。騎士団の隊員の手前があったから州都に連れて行くと言ったまでよ」
 スミレは残忍な笑いを浮かべた。
「州都にも王宮にも帰しません。ここがあなたの最後の場所になるの」
「ウッヒェ」
「先にクズどもを片付けてくる」
 スミレは爆弾を手にして荷台に上がった。
「爆弾の威力がどんなに凄いか、自分の身体で思い知るがいい」
 そう言って導火線に点火した。
「な、何をするの・・・」
 ローラが目を見張った。
「まとめてぶっ飛ばすに決まってるでしょう」
 スミレが荷台を蹴ると馬車は大きく傾き、そして崖を滑るように落下していった。
 ズドッ、ドッググワーン
 大きな爆発音が響き、騎士団の幹部をたちを乗せた馬車はバラバラになって崖下に消えた。副団長のローラは馬車が木っ端微塵に吹き飛ばされるのを呆然として見ているだけだった。
 部下を乗せた馬車が爆発した。あれでは誰一人として助からないだろう。辺境の部隊が王宮の親衛隊を殺害するなどが許されるはずがない。
 王宮へ帰って軍法会議で訴えてやる・・・王宮に戻れないのか・・・自分もここで殺される・・・
 王宮を出発する時は、まさかこんなことになろうとは想像もしなかった。

「いいことを教えてあげよう」
 スミレがローラを見下ろして言った。
「私は東部州都の軍務部からあなたたちの調査を命じられてきたのよ。チュレスタの温泉で待ち構えて、ずっと監視していたってわけ」
「何ですって」
「ミユウは私の部下。偵察が得意なのでメイドを装って騎士団に潜入させたの、それを知らずに雇ってくれてありがとう。ミユウのおかげで助かったこともあるわ。州都の軍務部から手紙が届いたでしょ、あれはミユウが書き換えてくれたニセモノよ。ホントの手紙がバレたらヤバかったわ」
「ちくしょう、騙したのね」
「これが仕事ですから。あなたたち金遣いは荒いし昼間から酒は飲むし、罪をでっち上げるし。全部、報告しておきますからね」
「スミレさん、報告書する事なんてないんじゃないの」
「そうでした、フィデスさん。ここで死んでもらうのだから。たった一行、事故で死んだって書くだけです」
「さあ、スミレさん、早いとこやってしまいましょう」
 最初は参謀のマイヤールからだった。
「シュロスの城砦には文官のニコレットが残っているわ。お前たちの好き勝手にはさせない」
「ニコレットさんの役目は、生き証人として『事故で死んだ』と証言してもらうこと。そのために手を打ってあるわ。今ごろは月光軍団のフラーベルさんと良い仲になって、こっちの言いなりでしょうね」
 スミレはマイヤールの喉元に槍を突き付けた・・・

 マイヤールは片付けた。次はローラの番だ。
「ローズ騎士団副団長、ビビアン・ローラ。あなたを処刑します」
 フィデスが最後通牒を突き付けた。
 牢獄に入れられ暴行され、自爆攻撃を強いられた恨みを晴らす時がきた。そして、カッセル守備隊司令官エルダを、大好きだったエルダを殺された仕返しをするのだ。
「何か言いたいことはありますか」
 月光軍団のフィデス・ステンマルクが騎士団のビビアン・ローラを尋ねた。
「こんなことが、許されると思っているの」
「許すもなにも、あなたには関係ないわ。騎士団の一行は馬車が転落して全員死にました、事故でしたと、そう報告するんですよね、スミレさん」
「そうです。検死の報告書はたった一枚で済みます。簡単だからミユウにやらせよう。というか、すでにミユウが馬車の中で書いているかもね。あなたが死ぬ前に」
「金か・・・金が欲しいなら、好きなだけ出す・・・だから助けて」
 この期に及んで金銭で命乞いをするローラであった。
「無実の罪を着せられたり、自爆しろと言われたりした。そればかりではなくて、あなたの最大の罪状は・・・エルダさんの命を奪ったことだわ」
「あいつは敵だ、敵の司令官だ」
「お黙り」
 ガツン
「ブゲッ」
 フィデスがローラの顔を蹴った。
「謝るのよ」
 ローラの頭を靴で踏みグリグリと地面に擦った。
「ウゴゴ、ゴフッ」
「謝れ、謝れって言ってるのよ」
 フィデスが剣を抜き頭上に構えた。
「エルダさんが大好きだった。大好きだったのに・・・エルダさんは私を助けてくれた。それなのに、ローラ、お前が、お前が殺したんだ」
「お、お助けを、フィデス様」
「エルダさんの仇だ」
 ・・・フィデスがエルダの仇を討った。
 ローラの処刑は終わった。
「さあ、行きましょう。急げばナンリたちに追いつけるわ」
 晴れ晴れとした表情でフィデス・ステンマルクが言った。
   
   〇 〇 〇
 
 月光軍団のトリルは伝令役として一足早くシュロスの城砦に着くと、城砦の文官のフラーベル、並びにローズ騎士団の文官のニコレットに勝利の報告をおこなった。騎士団のニコレット・モントゥーは副団長の一行がシュロスには戻らず州都へ向かったと聞かされて怪訝そうな顔をした。トリルは月光軍団のフラーベルにだけは、州都へ行く途中、ローラたちを殺害するのだと打ち明けた。そして、物見櫓に上がると月光軍団の旗を掲げた。役目を果たしたという合図である。
 その日の昼頃、月光軍団の本隊が城砦に到着した。物見櫓に翻る月光軍団の旗を見て誰もが勝利を確信したのだった。
 副隊長のフィデスを先頭に城砦の門を潜った。投獄されていたフィデスは自由の身になり城砦の広場を歩んだ。破れた戦闘服、乱れた髪、戦場帰りのその姿にローズ騎士団のニコレットはたじろぐばかりだった。
 州都のスミレ・アルタクインが、騎士団の乗った馬車は州都へ向かう途中に崖から転落し、ビビアン・ローラをはじめ幹部全員が死んだことを告げた。ニコレットがそれを信じないとみるや、月光軍団のナンリが力ずくでねじ伏せ、強引に事実と認めさせた。スミレは王宮へ帰って自分たちが話した通りに報告せよと命じた。月光軍団と騎士団の立場は完全に逆転したのだった。
 放心状態のニコレットを月光軍団のフラーベルがそっと抱きすくめた。
 月光軍団がシュロスの城砦を騎士団から奪還したのである。
 
 城砦の広場で月光軍団の凱旋祝賀会が開かれた。
 副隊長のフィデスが壇上に上がった。
「みなさん、月光軍団はカッセル守備隊を撃破し、捕虜を取って凱旋してきました」
 シュロス月光軍団がカッセル守備隊に勝利したことを宣言した。
「そして、ローズ騎士団は王宮へ帰ったのです。シュロスは、シュロスの城砦は、これまで通り月光軍団が守ります」
 月光軍団の隊員からはもちろん、居合わせた住民からも怒涛のような歓声が上がった。
 次に、スミレが前へ進み出て、東部州都の軍務部所属だと名乗ってから、捕虜の処分を言い渡した。
「カッセル守備隊の捕虜を三人連行してきました。捕虜はこの場で鞭打ち刑に処し、その後、州都へ連行して裁判に掛けることとします」
 再び群衆から大きな歓声が上がった。

 凱旋の祝賀会が続く中、フィデスは一人その場を離れた。
 重い足を引きずるようにして歩いた。向かったのは城門の塔。塔の下層の一室、そこは何段も石を積み重ね、壁の厚さは人が三人手を繋いでも届かないくらいの厚みがある。壁をくり抜いた奥に小さな窓があるのみ、昼でも暗き室内は夕暮れが近づいてさらに暗さを増している。
 監禁、暴行、そして戦場へ・・・フィデスにはシュロスの城砦を奪還できたことの喜びなどどこにもない。
 思い起こすのはただ一つ。
 フィデスはほの暗い窓辺に佇み、エルダの形見となった右手を抱きしめた。
「エルダさん・・・」
 その右手の、腕に繋がっていた辺りからは金属の線が見えていた。



 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(後編) 終わり
 カッセルとシュロス 全巻 完結
 続編 シュロスの異邦人(前・後)
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